29.しばらくの間のお別れ
「じゃあ、戻ったらあの二人にも伝えておくわね」
「は、はい……色々とありがとうございます」
「いいの。ユフィのことは放っておけないから」
私はロゼリア様に頭を下げると、転移陣を発動させた。ロゼリア様が光に包まれて、シュンと消えてしまった。これで、あの宿屋に戻っているはずだ。
「ふー、ビックリしたぁ。突然、守るとか言われて戸惑っちゃったよ」
一人になると思わず独り言が出てしまう。どっちかっていうと、平民の私がお貴族様をお守りしなくてはいけないのでは? そんな事を考えてしまう。
「でも、どうしてあんなに親身になってくれるんだろう? ロゼリア様のお人柄……なのかな?」
出会った時からそうだったけれど、ロゼリア様はとても親身になってくれていた。ただの平民の私にだ。
正直言って、あんなに良くしてくれる人がいなかったから戸惑っている。本当に素直に受け取っていいものだろうか?
「うぅ、こういう時どうしたらいいか分からないよ。村で親しい人はいなかったから……」
同年代の子とどう接すればいいのだろうか? しかも、相手はお貴族様だし……。
「ハッ。こうしちゃいられない。村長さんのところへいかないと!」
我に返ると、私は急いで家を出ていった。
◇
小走りで村長の家へと向かう。近づいてくると、その家の前に一組の家族がいた。どうやら、村長さんとお話をしていたみたいだ。
その家族はこちらに気づくと、挨拶をするわけでもなく、スッと視線を逸らした。だけど、その子供が――。
「あっ、魔法かぶれだ! 逃げろ!」
ふざけてそう言って、走り去ってしまった。村では魔法は忌避されているから、村人の反応は良くない。だから、こんな日常が茶飯事なのだ。
ちょっとだけ嫌な気持ちになると、村長の家の扉をノックした。すると、村長が顔を出してくる。
「おや、ユフィじゃないか。王都に行ったんじゃなかったか?」
「一旦帰ってきました。えっと、ご報告があるのですが……いいですか?」
「もちろんじゃ。さぁ、お上がり」
そう言って、村長は私を家に招き入れてくれた。ダイニングテーブルの椅子に座って、お互いに向かい合わせになる。
「それで、報告とはなんじゃ?」
「えっと、その……王立グランセリア魔法学園の試験を受けて、受かりました」
「おぉ、それは本当か! 良かったのう、良かったのう!」
報告をすると村長は嬉しそうに笑って喜んでくれた。その姿を見てちょっとだけ恥ずかしい気持ちになる。
「ユフィは魔法を頑張っていたからの、その成果が出たんじゃろう。おめでとう」
「あ、ありがとうございます。私も受かるなんて思ってもみなかったので驚きました」
「ゼロムスはユフィが必ず受かると信じていたぞ」
ゼロムスさんが? ……なんだか、嬉しい。
「そうか、だったらユフィは王都に行くことになるのう……」
「……はい。学園の寮に住まわせてもらうことになりました」
「そうか、それは良かった。お金は大丈夫か?」
「はい。特待生っていうものになって、お金を支援していただくことになりました」
「おぉ、それは凄い。本当に良くやったのう、偉いぞ」
私の話を親身に聞いて、嬉しい言葉を返してくれる。それが嬉しくて色々と話してしまいそうになる。だけど、村長さんは忙しいから、手短にしないと。
「えっと、それで……しばらく家に帰れそうもないので、家畜を手放そうと思います」
「うむ、それがええじゃろう。家畜は買い取ってやるから、安心していい」
良かった……。あの子たちを手放すのはとても心細いけれど、きっと他でもやんと生きていけるはずだ。
「あと、足りないものはないか? 何か、必要な物はないか?」
「えっと、知り合いが手伝ってくれるので大丈夫です」
「なんと! 手伝ってくれる知り合いがいると!? ……そうか、ユフィは向こうで信用できる人に出会えたんじゃな」
驚いた村長はしんみりとした様子でポツリと話す。
「この村では魔法が忌避されておるから、ユフィが避けられていた。思うような関係を築けずに苦労したじゃろう……」
「い、いえ……。私にはゼロムスさんがいましたし、村長も良くしてくれました」
村で仲の良い人はいない。寂しくはあったけれど、それでも大丈夫だった。二人がいてくれたから。
村長さんは申し訳なさそうな顔をして、俯いた。いつも、私に見せていた顔。だけど、その表情が次第に明るくなる。
「ユフィ、この村を出て、しっかりと関係を築きなさい。それはきっと、ユフィのかけがえのない財産になる」
「関係、ですか?」
「関係というのはな、何か特別なことをして築くものではないんじゃよ。まずは相手の話を聞いて、自分のことも少しずつ話す。そして、一緒に笑ったり、困った時に助け合ったり……そういう小さな積み重ねが、いつの間にか大切な関係になっていくんじゃ」
「小さな……積み重ね」
「うむ。最初から深く分かり合える相手など、そうそうおらん。何度も話して、何度も一緒に過ごして、少しずつ相手を知っていくんじゃ。時には喧嘩をすることもあるじゃろう。それでも、仲直りをしてまた話す。それを繰り返すうちに、『この人なら大丈夫だ』と思えるようになる」
村長さんは、穏やかに笑った。
「そうして築いた関係はのう、お金では買えん。どれほど立派な家に住んでも、どれほど大金を持っていても、人との繋がりだけは金で手に入れることができんのじゃ。嬉しい時に一緒に喜んでくれる者がおり、苦しい時に手を差し伸べてくれる者がおる。それは、とても尊いものじゃよ」
「……尊いもの」
「そうじゃ。だから、怖がらなくていい。うまく話せなくてもいい。失敗してもいいんじゃ。大切なのは、相手を知ろうとすること。そして、自分のことも知ってもらおうとすることじゃ」
その言葉を聞いて、私は少しだけ胸が温かくなった。
「ユフィ。お前はこれから、たくさんの人と出会うじゃろう。その中には、親切な者もいれば、どうしても気の合わん者もおる。それでも、一人でも二人でもいい。心から信じられる相手を見つけなさい」
「……はい」
「ゼロムスがお前に魔法という財産を残してくれたように、人との縁もまた、一生お前を支えてくれる財産になる。だから王都では、魔法だけではなく、人との出会いも大切にするんじゃぞ」
「……分かりました」
私は小さく頷いた。人との関係なんて、考えたこともなかった。
でも――王都で出会ったロゼリア様たちとの時間を思い出すと、少しだけ分かる気がした。誰かと一緒に笑うことが、こんなにも嬉しいものだったなんて。
「村長さん。私、頑張ってみます」
「うむ。それでいい。頑張りなさい」
村長の言葉を胸に刻み、私は王都で暮らす決意を固めた。




