20.追及
「ねぇ、ねぇ、レイちゃん! 何を考えているの?」
「本当にユフィが通えるようになるの?」
「自分を負かせた人の事のために動くなんて……君って案外、情が厚いんだな」
「……なんで、あなたたちまで付いてくるわけ?」
前を歩くレイチェル様が後ろを向いて溜息をついた。今、私たちは学園長に会うために歩いていた。
試験監督が私が入学できないのは惜しいと思ってくれたのか、レイチェル様の案に乗ってくれた。そして、それが気になった三人も着いてきてくれることになった。
「私たちでも力になれることがあれば、力になるわ」
「……だったら、私の案に賛成してくれればいい」
「だーかーらー! どんなことを考えてるの!? 先に教えてよー!」
「ミレイ、落ち着け。ちょっと考えれば、どんなことを考えているか分かる」
「言葉ではっきりと聞きたいの!」
「……全く、騒がしい。本当にあなたたちは上位者なの?」
また、呆れるようにため息を吐いた。騒がしいのはミレイ様だけど、お陰で場が明るくなって話しやすい雰囲気を作ってくれている。
私もレイチェル様と話したいけれど、今は話し辛い。私の事で動いてくれているのに、浮かれてなんていられないからだ。
すると、目の前に大きな建物が見えてきた。それは、今まで私が見たどんな建物よりも大きく、立派だった。
白い石造りの壁が青空へ向かって高く伸び、その中央にはいくつもの尖塔がそびえ立っている。大きな窓には綺麗なガラスが使われ、陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
正面にある巨大な門から校舎へ続く道も綺麗に整えられていて、その先には王城にも負けないほど威厳のある建物が建っている。
「わぁ……」
思わず声が漏れた。ここが、王立グランセリア魔法学園。こんなに凄い場所で、私はこれから魔法を学ぶはずだった。そう思うと、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
「学園長室に案内しよう」
試験監督はそのまま私たちを案内してくれた。
◇
「学園長、失礼します」
試験監督が扉を開けた。その部屋へ恐る恐る入ると、執務机の向こう側に窓を見て立っている男性がいた。
「実は――」
「話さなくても分かっている。聞いていたからね」
試験監督の言葉を遮るように、背後から低く落ち着いた声が聞こえてきた。その人は振り返った。
白髪の混じった黒髪をオールバックに整え、厳つい顔には年齢を重ねた者だけが持つ風格がある。その立ち姿からも強い威厳が感じられ、思わず背筋が伸びてしまうような人物だった。
「私が学園長のアーヴェル・クロイツだ。まずは、試験合格おめでとう。君たちのような優秀な人物が王立グランセリア魔法学園の生徒になることを誇りに思う」
厳つい表情を崩さず、私たちをお祝いしてくれた。だけど、空気が重くて、素直に喜べない。
アーヴェル様がコツコツとこちらに近づいてくる。そして、集まった私たちを見た。
「昨日、今日出会った者たちが一人のために集まるなんて珍しいな。それほどまでに、ユフィを学園に通わせたいのか?」
平坦な口調なのに、威圧を感じる。責めているわけじゃないのに、責められているように感じた。
だけど、そんな空気にも屈さずにレイチェル様は前に出る。
「別にこの子のためじゃないです。私が困るんです」
「困る? ユフィがいなければ、君が首席じゃないか。それは君が欲しかった席じゃないか?」
「私が欲しいのは一番という席じゃなくて、一番という認識です。私は誰よりも優れていないといけないんです」
その言葉に力を感じた。まるで、それが自分の存在価値だと言っているようだ。レイチェル様はどうして誰よりも優れてないとダメなのだろうか?
「……私の事なんてどうでもいいです。それよりも、話を聞いていたとおっしゃっていましたね。だったら、ユフィを学園に通えるようにしてください」
「学園に必要な能力は魔法が優れている事も、知識が豊富な事も必要だ。だが、その地位を維持する力も必要なのだよ。ユフィにはその力がない」
アーヴェル様は淡々とした口調でそう言った。
「優れた者には、それに見合った責任が求められる。自分の生活を支える力も、必要な物を手に入れる力も、人との繋がりを作る力も、時には自分の立場を守る力さえも必要になる。金銭も、その一つだ。今の君は魔法では誰よりも優れている。だが、学園に通うための金すら用意できないのであれば、残念ながら、それが君に不足している能力なのだよ」
胸がズキッと痛んだ。魔法ならできる。でも、お金のことは何も考えてこなかった。私には、それがそんなに大事なことだとは思えなかった。
「金がないという理由だけで君を切り捨てたいわけではない。だが、金がないという事実を『才能があるから問題ない』と見過ごすこともできないのだ。それを許せば、君はいずれ別の何かで躓く。その時、誰かが助けてくれるとは限らない。……地位に見合う力を持てない者を、私はこの学園に迎え入れるつもりはない」
図星だった。
何も言い返すことができない。お金がないのは事実だし、私は魔法以外のことをほとんど知らない。田舎で一人で暮らしていくことだけを考えて、それ以外のことを何も考えてこなかった。
だから、アーヴェル様の言葉は胸に刺さった。魔法が使えるだけでは駄目なのだ。学園に通うだけの力がない。それを言われてしまえば、私には何も言い返せない。
「……はい」
俯いて、小さく返事をする。すると――。
「その理屈は、おかしいと思います」
隣からレイチェル様の声が聞こえた。思わず顔を上げる。レイチェル様は真っ直ぐにアーヴェル様を見つめていた。その表情には迷いがない。
「ほう。どこがおかしい?」
「この学園に通う者は、全員が生徒です。入学を認められた時点で、この学園で学ぶ権利を持つはずです。なのに、ユフィには金がないから、その権利を与えられない。そうおっしゃっているように聞こえます」
「学ぶ権利と、学園が無償で面倒を見る義務は別の話だ。学園にも運営がある。教員を雇い、教材を用意し、施設を維持する。そのためには金が必要なのだよ」
「ええ。それは分かっています。ですが――」
レイチェル様は一歩も引かなかった。
「その責任を負うのは誰ですか? 生徒ですか? 違うでしょう。この学園を運営し、生徒を受け入れると決めているのは学園側です。だったら、その生徒が学べる環境を用意することも、学園側の責務ではないでしょうか」
その言葉に部屋はシンと静まり返った。




