第二話 知らなかった父の話
第二話 知らなかった父の話
次の日、登校してから先輩に言われたことを思い出した。といっても、まだ入学したばかりで、友達なんか一人もいない僕は、弓道部に勧誘なんてできるはずがなかった。
授業で話したりするタイミングなどもあったが、勧誘できるほどの仲でもない。まだ友達もできていないのに、 「弓道部に入らない?」なんて言えるはずがなかった。
僕は、そのまま何事もなく部活に行くことにした。勧誘を一人もできていないことに、ほんの少し罪悪感を抱きながら。
「やっほー由来!。誰か勧誘した?」
放課後道場に行くと、今福君がいた。帰りのホームルームが終わるのが早いのだろう。
僕は、勧誘できていないことを伝えると、「そうだよね」といった共感の返事が返ってきて少し安心した。
先輩は、まだ来ていないようで、道場の鍵が開かない。僕たちは、昨日のように外で待つことになった。今日は、昨日よりも暖かく、外で待っているのもきつくはなかった。ただ、早く弓を握りたかった。
「家でゴム弓とかするの?」
「一応は。父さんが庭にネットの巻藁作ってくれて、それで練習したりもしてる…」
「すご!。お父さん天才!?」
そんな弓道部ならではの話をしていると、今回は先輩ではなく、一人の男性が小走りで来ていた。僕たちは、その人を一応知っていたので、道場の扉から一歩後ろに引いた。男性は、 「チャラチャラ」と鍵の音を鳴らしている。いくつかの鍵を持っているのだろう。家の鍵、車のカギ、他にもいくつか。
「すみません…。今開けますね」
走って来ていた男性は、弓道部の顧問の先生だった。
僕たちは、顧問の先生に続いて中に入り道具を置いて、一度集められた。入部したばかりの僕たちに、いろいろと話すこともあるのだろう。
「改めて、こんにちは。今日は、藤井さんが補修ということで、急遽私が鍵開けに来ました。本当にすみません、遅れてしまって」
顧問の先生は、そう言って僕たちに、深々と頭を下げた。入部届を出しに行った時からわかっていたことだが、結構気弱で腰が低い人だ。
「そんな頭下げなくていいですよ先生!。そんなことより、先生の名前とかを教えてください!」
ド直球に言葉をぶつける今福君は、悪気はないのだろうけど、先生を困らせている。
「そうですね。私は、 『神崎 瑞』といいます。主に、二年生の社会科を教えています。お恥ずかしながら、弓道の経験がありません」
先生は、なぜか今福君のスピード感に乗れていた。僕は、そっちのほうが興味深く思った。
「そういえば、先輩から聞いたんですけど、頼み込んでる人ってどんな人なんですか?」
今福君は、次々に訊ね始めた。先生は、流石にそのスピードには、少しだけ戸惑いながらも話をしていた。
僕は、ただ話を聞いているだけだった。先生の話では、昔からの友達がまだこの辺りに住んでいるらしく、その人が弓道五段の今でも弓を引いている人らしい。若手ながらも、小さい頃から弓を引いていた結構すごい人のようだ。ただ、ここ二ヶ月ほどずっと頼み込んでいるが、 「面倒だ」の一点張りで拒否されているということだった。
顧問の先生は、見た目からして二十代後半なのだが、その先生と同い年ぐらいの人となると、結構な凄腕の人と考えられる。そしてそんな人が、こんな強豪でもない弓道部のコーチになってくれる訳がないとも思った。現にそうなのだろう。
僕としたら、自分の射を追求できるからコーチがいてもいなくても変わりがないのが、できるならいた方がいい。高校生と未経験者の先生だけでは、限界が知れているから。
「その方の名前を教えてもらってもいいですか?」
僕は、好奇心で聞いた。少しだけその人に興味が湧いたのだ。どんな人が、どんな弓を引くのか一度見てみたいとも思った。この近くに住んでいるのなら、どこかの道場で引いているかもしれない。
「石神 賢一。私の中高の同級生です。そこまで仲が良かったわけでもないのですが、高校の時、趣味が同じで結構話す仲だったんですが、コーチの件は断られ続けてしまって…」
僕は、聞いた名前に少し引っかかった。どこかで聞いたことのある名前だった。弓道関係の時に聞いたのだろうか。いつ聞いた名前なのかも忘れるほど昔の記憶な気がしている。どこで、誰から聞いた名前なのだろう。
まだシャッターの開いていない道場内は、天井の蛍光灯からの光で照らされていたが、少し薄暗かった。先生の話を聞いた僕たちは、そのまま準備をして練習を始めた。
僕たちが巻藁矢を引いてるぐらいに、先輩が一人できた。もう一人の先輩は、まだ休みのようだ。
先生が未経験者なこともあり、僕たちの射を見ても何もわからないのだろう。ただ無言で僕たちが弓を引くのを見ているだけだ。ただ、よそ見をすることなく、しっかりと僕たちの射を見ている。
よくよく見ると、持っていた荷物の中に教本も入っていた。未経験者ながらに、勉強をしてくれているのだろう。
「では、気を付けて帰ってください」
時間は、弓を引いているとすぐに過ぎて行ってしまう。気がつけば部活が終わる時間で、僕たちは片づけをして、拝礼をすませ帰路に着いていた。その間僕は、石神賢一さんのことがずっと引っかかっていた。それは、家に帰ってからもだった。
家に帰りつくと、お父さんがすでに帰り着いていた。今日は、久しぶりに家族三人でご飯を食べる日だった。
「今日何かあったの?。もしかして、中たらなかった?」
お母さんが、そう訊いてきた。石神賢一さんのことでモヤモヤしているのが、顔に出ているのだろうか。それでお母さんを心配させてしまったのなら、凄く申し訳ないと思った。
「いや、今日顧問の先生からコーチに誘っている人の話を聞いて…。石神賢一さんって人らしいんだけど」
僕は、箸を右手に持ちながら話した。お母さんは、石神賢一という名前を聞いても何もピンと来ていなかったので、全く知らないようだ。だが何か反応を示したのは、冷蔵庫にお茶を取りに行ったお父さんだった。お父さんは、戻ってくるなり「ケンか…」と言って、コップにお茶を淹れた。
お母さんは、一度何かを考えたような顔をしてから、何かを思い出したような顔になった。お父さんの発言で思い出したのだろう。だとしたら、お母さんも何かを知っているのだろう。
「ケンちゃんね!。確かにコーチに向いてる気がするけど」
お母さんは、急ぎ足でどこかに行き、銀色の少しさびた缶を持ってきた。お母さんが戻ってくる前に、お父さんが無言で部屋に戻っていってしまった。
お母さんが持ってきたその中には、いくつもの写真が入っていた。そして、お母さんが僕に差し出した写真は、五人の袴を着た高校生ぐらいの人たちと、その横に並ぶスーツ姿の父がいた。
「これは?」
「この一番右にいるのが、石神賢一くん。みんなからケンって呼ばれてたの。この時代の凪原高校弓道部も顧問の先生が未経験者でね、お父さんが指導に行ってたの」
僕は、お母さんの言葉が衝撃的だった。お父さんが弓道の指導者をしていたということも、弓道をしていたということも。全てが衝撃だった。お父さんは、これが嫌で部屋に戻ったのかもしれない。
お母さんは、そのまま話をしてくれた。お父さんが昔弓道の指導者をしていたこと。石神賢一さんから尊敬されるほどの弓引きであったこと。今では、ほとんど弓に触れていないこと。一切僕に弓道をしていたと言うなと言われていたこと。
「お父さんが僕に弓道をしていたことを言わなかったのは、探求し続けることを忘れてほしくなかったそうだ。身内がやっているとなると、何でもかんでも訊いてしまうということをさせたくなかったらしい。僕が「自分の射を追求したい」と言い出すまで黙っておくようにとお母さんに言っていたらしい。
「お父さんね、 「弓道をしようかな」ってあんたが言った時、心の底から嬉しかったんだから。自分が弓道をしてるって言ったわけでもないのに、弓道の道を選んでくれたって夜にいいお酒開けちゃって(笑)」
お母さんは、楽しそうにはなした。お父さんのそんな話を聞いたことがなかった僕は、お父さんが弓道をしていたこと、喜んでくれたこと、黙っていてくれたこと、色々なことが嬉しかった。お父さんがもし「俺も弓道をしていた」と言っていたら、お父さんが恐れたように、探求することを止めて訊いてばかりになっていたはずだ。今の僕があるのは、お父さんの選択のおかげなのだ。
お母さんが笑いながら話していると、お父さんが戻ってきて一枚の紙を渡してきた。その紙には、どこかの住所が書かれている。よく読んでみると、ご近所さんだ。
「ケンの家だ。俺が言うよりも、由来が行って話した方がいいだろう。行ってみろ。あいつとは、話もうだろうし」
お父さんは、それだけ言って、また部屋に行ってしまった。石神賢一さんをコーチにするのはいいが、自分で行けということなのだろう。でも、お父さんが言うのなら、こっちの方が効果的なのかもしれない。
僕は、時間があるときに、石神賢一さんの家を訪ねてみることにした。
お父さんは、あれからそれ以上弓道について話してくれることはなかった。お母さんも、あれからお父さんの弓道時代を語らなかった。僕は、ただ一つだけ聞きたかった。
「なんで、弓道をやめたんだろう…」
それだけが気になった。石神賢一さんが尊敬するほどの弓引きだったということは、それなりに実力があったと考えられる。なのにどうして、弓を引かなくなってしまったのだろうか。いつから引かなくなったのだろうか。
「僕が原因なのだろうか…」ついには、そう思ってしまった。
こんばんは、河島です。今回の話は、弓道に全く興味のなさそうだった父の過去話でした。主人公の抱く疑問は、いつか晴らされるのでしょうか?。どんどん進むこの物語を楽しんでいただけると幸いです。次回は来週のどこかで公開する予定です。Xで告知などもすると思います。




