大切な彼女と向き合うための手毬寿司
コン、パカ、コン、パカ。
小気味よい音を響かせ、小さなボウルに卵が割り入れられていく。
それを受け取ったフレデリックさんが、菜箸でチャッチャッと卵を解し混ぜると、綺麗な黄色の卵液が出来た。
辰彦が続ける。
「卵には白だしと、片栗粉を入れる。片栗粉は破れにくくするためだな。んで、このフライパンに薄く広がるように入れてくれるか?」
「薄く広がるように……」
緊張の面持ちでフライパンの側に立ったフレデリックさんが、慎重に卵液を流しいれる。
横から辰彦が「いい感じ、いい感じ」と励ましながら、フライパンをくるくると回して卵液を広げていく。
「そんなモンでストップ。焼きすぎ注意を気にしつつ、表面が乾いてきたら菜箸を使って……ひっかけて、ひっくり返す。ちょっと待ったら出来上がり」
ひょいとフライパンを操り、用意してあったお皿に出来たての薄焼き卵が乗せられた。
「ん、いい感じ。綺麗な黄色に出来たな」
「おお……!」
フレデリックさんが目を輝かせる。
「なんて繊細で美しい仕上がりなんだ。辰彦が料理を好いているのは知っていたが……俺の国なら、一流の料理人として即座に王家から声がかかるだろう」
「んー、俺は自分が作りたいモノだけを作るのが性に合ってるから、仕事には出来ないだろうな。よし、んじゃ次はフレデリックの番」
「俺もやるのか!?」
「そもそも、フレデリックが作らないと意味がないだろ? サポートはしてやっから」
(フライパン片手に卵と格闘する異世界騎士……)
真剣な表情でわたわたとしながら薄焼き卵を完成させ、細切りにしていく姿を興味深く観察していると、
「どう? 順調?」
「あ、三樹さん。おかえりなさい」
大きな袋を携えて買い出しから戻ってきた三樹さんが、気付いた二人の会釈を受けて「頑張ってるね」と微笑む。
辰彦がフレデリックさんにこの"手作り弁当で誠意を見せよう作戦"を提案した際に、三樹さんが自ら、店の厨房を使ったらどうかと申し出てくれた。
三樹さんはリアナちゃんのお爺さんとも交流があったようだから、きっとアタシ以上に思うところがあるのだろうけど。
(少なくとも三樹さん的には、フレデリックさんは手助けしてもいい相手ってコトかあ)
だろうな、って納得してしまうのが、心の底から嫌なんだけど……!
「うし、揃ったな。んじゃ大トリの巻きをしていくか。三樹さん、用意してもらった刺身もらいます」
「はい、どうぞ」
(三樹さんが"用意してある"って言ってたのって、お刺身のことだったんだ。あ、生ハムもある)
辰彦が冷蔵庫から取り出したお皿の上には、カットされたマグロとサーモン、そして生ハムが乗っている。
事前に辰彦から刺身の存在を知らされていたらしいフレデリックさんは、驚きつつも嫌悪するではなく、興味津々といった目をしている。
(こういうトコロが、リアナちゃんがこの人をすっぱり切れない理由なんだろうなあ)
好きなモノを否定されるのは、辛い。
アタシの知るリアナちゃんは好奇心旺盛で、チャレンジ精神にも溢れている。
だけども彼女の言葉から察するに、リアナちゃんの国ではその多くを我慢しなければならないようだから、"普通"とは異なるモノを否定しない、というのは、それだけで心強いのだと思う。
「最後にもう一度、ラップの出番だ。ラップの上に好きな具材を置いて、握っておいた酢飯を乗せる。くるっと包んで、丸くなるように形を整えたら……これで完成。あとでお重に詰めるから、ラップはとらずにいったんこのままでな。んで、リアナさんに持って行く用のは、俺は作らないから。フレデリック、頑張って」
「な!? さ、最後の仕上げこそ、重要ではないのか?」
「重要だから、フレデリックが一人で頑張るんだろ。俺が作ったやつはこの店で食べよう」
「だが……」
フレデリックさんは視線を落とし、
「俺が作ったモノでは、見目が悪くなってしまう」
「はあ?」
思わず、というか、心底イラっとして声が出た。
自国では随分とお偉い立場のようだけれど、アタシには関係ない。
戸惑いの顔を向けて来るフレデリックさんを思いっきり睨みつけ、
「リアナちゃんが、見た目で価値を計る人間だとでも?」
「そうではない! そうではないが、リアナ嬢にはあまりに多くの苦労をかけてしまった。俺のためにと、こうして時間を作ってくれている辰彦や香穂嬢、店主だってそうだ。もらった善意の全てを込めるには、俺の腕ではあまりに未熟なのではないかと……」
「未熟なのは当然でしょ。初めてなんだから。その"未熟"な姿を知られたくないって言うのなら、結局何も変わってないし。リアナちゃんと、夫婦になりたいんでしょ? 恋人じゃなくて」
好きな人にカッコ悪い姿を見せたくない、って考えも理解は出来る。
出来るけど、リアナちゃんは真面目だから、完璧には完璧で応えなきゃって頑張りすぎてしまうに違いない。
……実際、この店で出会った頃のリアナちゃんが追い詰められていた理由の一つだった。
「支え合っていく一番のパートナーになろうってのに、弱さを見せてくれない人に自分の弱った姿を見せられないでしょ。フレデリックさんの考える夫婦像が互いに完璧を追求していく姿なら、アタシは協力できない。むしろ、今すぐにリアナちゃんとの婚約を破棄して」
「か、香穂、フレデリックはそういうつもりじゃ……」
「いや、香穂嬢の言う通りだ。この"ベントウ"はリアナ嬢と向き合い、手を取り合っていく未来を請うためのものだ。また取り繕っていては意味を成さない。目を覚まさせてくれて感謝する、香穂嬢」
丁寧に頭を下げ、真剣な顔つきでラップを手にするフレデリックさん。
それこそ魔物討伐でもしているかのような緊張感と集中力で、広げたラップに具材を配置している。
(ほーんと、真剣な顔)
アタシはおもむろに向けたスマホで、パシャリと一枚。
もちろん、盗撮じゃない。
料理中の写真を撮ってもいいって、本人から許可を貰っている。
丁寧に、そっと握って。
完成した手毬寿司に「出来た!」と頬を緩めたフレデリックさんに、辰彦が手を叩く。
「良い感じだぞ、フレデリック。このきゅうりとか、見栄えする握りがあるから教えてもいいか?」
「ああ、頼む。リアナ嬢は目新しい食材を好むから、出来るだけ多くの種類を持ち帰りたい」
(なぁんだ。リアナちゃんのコト、ちゃんと知ってるじゃん)
アタシからすれば本当に、心の底から、たった一度でもリアナちゃんを傷つけた人とはサヨナラして、新しいお相手を見つけてほしいと思う。
けれどこれはリアナちゃんが大好きな"友人"である私の意見であって、良いも悪いも、誰との未来を望むのかも、決めるのはリアナちゃんだ。
アタシはいつだって、リアナちゃんの味方でいたい。
「あーもうホントやだ! だいたい幼少期に片思いしつつからの成長して再会婚約だなんて、正直めちゃくちゃ好きシチュなんだって!」
スマホを掴んで勢い任せに立ちあがり、
「ちょっとコンビニ行ってくる! すぐ戻るから、アタシの分の手毬寿司もよろしく!」
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