婚約者な残念男のクッキング
目が合うと嬉し気に"香穂様"と呼んでくれるリアナちゃんの存在は、アタシにとって全てが特別。
最初はその珍しい姿や独特の雰囲気に一目惚れして、とにかく話してみたくなって、我慢できずに勢いで声をかけた。
どうせ、居酒屋で出会っただけの相手だし。
引かれても、ですよねって納得で引き下がるつもりだった。
むしろ、これまでの経験上、そうなると思ってた。
奇跡的に仲良くなれたのは、リアナちゃんがアタシを受け止めてくれる、"優しい人"だったから。
リアナちゃんは本当に可愛い。
優しい目元を好奇心でキラキラさせるところも、素直に受け止めて、向き合ってくれるところも。
笑ってくれた時なんて、それこそリアナちゃんの周りにぶわっと咲く花々が見える。
大切な大切なお友達。
だから彼女の……"ワケあり"な部分には、あえて触れないようにしていた。
誰にだって踏み切れられたくはない領域があるものだし、アタシにとって重要なのは、"目の前の"彼女だったし。
だからリアナちゃんが、ずっと内に秘めていた悩みを打ち明けてくれた時は、その線の中にアタシを入れてもいいって。
これ以上にない信頼を寄せてくれたんだって、嬉しかった。
だからこそこんなにも大切なリアナちゃんを振り回しては苦しめている"婚約者"とやらが、憎くて憎くてたまらなかった。
その気持ちは、今も変わらないのに。
「なーんでアタシはこうして応援にきてんだろ」
馴染んだ居酒屋のカウンター席で頬杖をつき、いつもなら絶対内側にはいないはずの男二人を眺めて呟く。
"準備中"の札がかかった日中の店内は、よく見るそれよりも明るくて、それなりに体格の良い二人が調理する姿は居酒屋飯よりもガッツリ男飯が出て来るほうがしっくりくる。
と、そのうちの一人、エプロンをつけた辰彦がしっかりと声を拾ったようで、怪訝そうな顔を向けてきた。
「いや、応援なんてしてないだろーが。香穂はそこ座って、ずっと飲んでるだけだし」
「ちゃんと"味見"っていう大切なお仕事をしてますー! リアナちゃんに喜んでもらうためのお料理なんだから、女性の意見は貴重でしょ」
「香穂嬢の指摘通りだ」
カウンターの内のもう一人。
リアナちゃんの婚約者たるフレデリックさんは、同じくエプロン姿のまま姿勢を正して頭を下げる。
「心より、感謝する。俺では……また、一人よがりな味で満足してしまうだろう」
(あ~~も~~ほんっっっとこういうトコロがさあ!?)
「ホラ! 三樹さんに大事な大事な仕込み時間をずらしてもらってるんだから、アタシとお喋りしてないで早く次作るっ!」
「す、すまない!」
「あー、あれは自分の中のジレンマと戦っているみたいなモンだから。気にしなくていいかんな、フレデリック」
腹立つ。
辰彦の読みが的中しているのが、余計に腹立つ。
(ホント、すっかり仲良くなっちゃってさあ!?)
リアナちゃんを懐柔して利用しようとしている腹黒男だとか、根っからの不義理男なら思いっきり嫌えたのに。
さすがにこれだけ接していれば、嫌でもわかる。
あの男は心底リアナちゃんに惚れているものの、選択を誤ってばかりの残念男なのだと。
(リアナちゃんがあれだけ悩むのも、納得)
この婚約者は、これまで必死に取り繕ってきたのだろうから。
主に、拗らせすぎた激重な愛やら恋やらを、なんとか隠す方向で。
(嘘ではない。けど、まるっと真実でもないなんて、なんて面倒くさい)
「よし、準備は整ったな。んじゃ、次は"手毬寿司"を作るか」
「テマリズシ? この間見せてもらった"スシ"とは違うのか?」
「そう言うと思って、用意してきましたよ。香穂、アレを頼む」
得意げな辰彦の合図に、「ハイハイ」と事前に受け取っていた用紙を広げる。
何に使うのかと思っていたけれど、フレデリックさんに教えるためだったんだ。
「左側に印刷されてるのが通常の"寿司"って呼ばれる形で、右側が辰彦の言う"手毬寿司"ってヤツ。手毬っていうのは、この下の小さなボールみたいなやつのこと」
途端、フレデリックさんは狼狽えて、
「一目瞭然でありがたいが、こんな立派な図画をこんな短期間で用意してくれたのか……? 辰彦はもしや、名誉ある画家や建築家の息子なのか?」
「いや、全然。そもそも絵じゃなくって、写真っていう記録媒体を使ったものでさ。あ、その手毬寿司は俺が前に作ったやつな。ま、ともかくこの国では難しいことじゃないから。料理、初めていいか?」
「あ、ああ! ……こんな美しくも愛らしい見目の"スシ"ならば、リアナ嬢も喜んでくれるだろう」
アタシに軽く礼を告げ、辰彦の側に寄る姿は、まるで身体の大きな小鴨のよう。
「まずは気持ち固めに炊いておいたご飯をボウルに入れて、寿司酢をぐるっと回しかける。しゃもじを使って、こうして米を切るようにして混ぜて、全体に馴染ませる。はい、フレデリック」
「随分と鼻がツンとする香りだが……いや、辰彦の見立てが外れたことはない。切るように混ぜる……こうか?」
「お、いい感じいい感じ。んじゃ、俺はこのうちわで仰いでっと。全体が混ざってきたら、米をひっくり返すのも忘れずにな。……こんなモンかな。したら、ラップで丸めていくか」
「ラップ?」
辰彦が取り出したラップを一枚受け取り、フレデリックさんが「なんだこの薄く透明なものは!」と驚きの声を上げる。
正直、予想はしてた。
辰彦も同じだったのか、なんともドライな反応で、
「説明してっと時間がかかるから、調理に集中していくぞー」
「そ、そうだな。すまない。これをどう使うんだ?」
「この上に一口分程度の酢飯を置いて包んだら、くるっと回して丸い形にするんだ。力いっぱいやると米が潰れて味が落ちるから、形が崩れない程度の力加減でな」
「わ、わかった」
初めこそ慎重に握っていたフレデリックさんも、数をこなすうちにスピードアップしていって。
あっという間に白く丸い酢飯が、お皿の上に並んだ。
「よし、軽くラップをかけておいて、次は具材を作るぞ。きゅうりはピーラーを使って薄く削る。こんな風にな。ホイ、指を削るなよ」
「おお……! この"ピーラー"という道具はなんとも便利だな。食材とこれさえあれば、こんなにも簡単に薄くスライスできるとは」
「こっちの"スライサー"ってのも凄いぞ。この色付き大根を滑らせて……はい、あっという間に輪切りの完成」
「なんと……! お、俺もやってみていいか? ……見事だな。力を入れていないのに、美しい輪切りがどんどん完成していく……!」
(この二人でお料理系通販ショッピングしたら、最高金額叩き出しそう……)
「これもうっかりからの指の巻き込み注意だかんな。で、この色付き大根には顆粒だしを、さっきのきゅうりには塩を少々振りかけてっと。うし、したら錦糸卵を焼くか」
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