婚約破棄を回避するために
「いや、すでに特別好かれてるわけでもなければ、なんなら婚約破棄目前な状態じゃん。心配するほどの好感度なくない?」
「ヴッ」
正論が胸にグサリと突き刺さる。
おもわず背を丸めた俺を心配してか、辰彦は俺の隣席へと移動してきた。
俺の肩へ腕を回し、
「好いた相手には、出来るだけカッコよく思われていたいよな。わかる。けど、なけなしのプライドを守っているうちに、別の奴がリアナさんの心を掴んじまうぞ。リアナさんが他の男と結婚しても、祝福できんのか?」
「! 俺には……出来ない……っ! 彼女と結婚するのは、俺でありたい!」
「だろ? だったら言葉を尽くして、態度で示して、リアナさんがもう一度"婚約者"としての未来を考えてみてもいいかなって思ってくれるまで、出来ることは全てやらねーと! 俺も似た立場だし、フレデリックさんには上手くいってほしいんだよ」
「辰彦……! 俺も、辰彦が再び婚約できることを心をから祈っている……! 香穂嬢! 辰彦は真摯な男だ! ぜひとも再度の縁を考えてみてはどうだろうか!」
「再度もなにも、付き合ってただけで婚約なんて一回もしてないし。顔に出ないで酔うタイプ? 三樹さん、チェイサーあげて」
香穂嬢が眉間に皺を寄せるも、辰彦は「そうか」とひらめいたように、
「その手があったか。香穂、俺とは付き合えないって言ってたよな? 恋人じゃなくて、俺の婚約者になってください」
「うーん、お断りさせていただきます」
「なぜだ!?」
叫んだのは、俺。
そんな、こんな、間髪入れずに……!
「辰彦はいったいどうしたら、香穂嬢と結婚できるんだ……!?」
「いや、これは手ごたえありだ。"うーん"っていう検討が入ったからな。そっか、こっち路線だったか」
「てか、そっちばっかり楽しそうでズルいんだけど。アタシだって、リアナちゃんとキャッキャしたいー!」
両手を上げた香穂嬢の隣から、にこにこと笑む、白髪交じりの男が歩いてきた。
「皆さん、今夜はずいぶんと楽しそうですね。すみません、三樹さん。お酒の注文をいただきまして」
「ああ、私がやりますよ。任せっぱなしにしていて、すみませんでした」
小さな用紙を受け取った店主は、陶器の小さな水差しのような容器を取り出しながら、
「そうだ、亀さん。よかったら、悩める若人たちに夫婦円満の秘訣を説いてやってはくれませんか? 貴重な経験者の話が出来るのは、亀さんだけなので」
「あ、アタシも気になる! 年を重ねた今でも仲良いし、それでいてお互いに自立しているっていうか、亀さんと奥様の関係ってかなり理想的なんだよねえ」
「いやあ、照れますね。妻には妻の意見があるでしょうし、一言で"円満"とも言い切れない日々の積み重ねですが……」
店主と入れ替わるようにして、亀さんとやらがカウンターの内に入ってきた。
思案するように顎先に指を添え、
「そうですね。やっぱり、言葉を交わすのが大切だと思いますよ。うちなんかは、よっぽどのことがない限り晩酌の時間を持つようにしてましてね。僕の作ったつまみを肴に、二人で顔を突き合わせながらお酒を飲んで、それぞれのことを話すんです。その日にあったことだとか、行ってみたい場所だとか。時には叱られたりなんかもありますが、どれも、コミュニケーションですからね。話さなくなってしまったら、やっぱりどんどん他人行儀になっていくと思いますよ。夫婦とはいえ、別の人間ですから。相手を尊重するにも、大切にしていることだとか、苦手なものだとか、知っていなければ出来ませんからね」
お力になれましたかね、と気恥ずかしそうに頬を掻く亀さんの背後が、光輝いているかのようだ。
「貴重なお話、感謝します」
頭を下げた俺の脳内は、衝撃にぐわんぐわんと揺れていた。
(思い返してみれば、父上と母上はよく二人で話をしていたな)
昼夜問わず動き回っていることが多い両親だったが、就寝前に共に食卓で酒を楽しんでいたり、母上が、父上の書斎に紅茶を運んでいることもあった。
単に仲の良い夫婦なのだと思っていたが、あれも、夫婦として必要な努力だったのか。
「やはり俺は……もっと、話しをする機会を持つ必要があるようです。互いを、知るためにも」
長年連れ添っている夫婦ですら、意識的に理解し合うための努力を続けているのだ。
足りないどころではない。すでに、二年以上を無駄にしてしまっている。
「香穂嬢と辰彦の言う通りだ。リアナ嬢が俺の好意を表面上のものだと勘違いし、婚約破棄すら俺のためになり得ると考えているのは、そもそも俺が、俺自身を隠しているからだ。俺が変わらなければ、リアナ嬢の認識する"俺"も変わるはずがない」
リアナ嬢が、いつまで侯爵邸にいてくれるかもわからない。
辰彦の言うように、なりふり構わず出来ることはなんでも――。
「なあ、ちょっと提案なんだとさ。フレデリックさん、料理ってできるか?」
「料理? 野営任務などでは、簡単な食事を作るが」
「本気だって気づいてもらうためにも、これまでと趣向を変えてみるのはどうかと思って」
辰彦は輝かしい笑みを浮かべ、俺の肩にポンと手を置いた。
「弁当、作ろう」
「…………ベントウ?」
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