彼女を知る異世界の店
あの頃と比べ、社交界におけるロイド卿への印象が多少なりとも好転したのは、王家が小規模ながら"魔道具"の研究班を立ち上げたことがきっかけだったと記憶している。
そして祖父が、ロイド卿の元へ通うよりも多く、その研究班の立ち上げを王へ嘆願していたのも。
他国……たとえば、ケルシュバイン帝国では"魔道具"を扱うことが可能な人物がいると聞くが、この国では未だに研究班ですらほんの僅かに起動させられるかどうかだと聞いている。
そのためにロイド卿はやはり、本物かどうかもわからない"ガラクタ"を集め続けている"変わり者"、と呼ばれ続けているのだが。
(強い人だな)
周囲に惑わされることなく、己の"好き"を貫く強さ。
俺に足りなかったもの。そしてもう、間違えたくはないもの。
自由に広がる満天の星々は切ないほどに美しく、今、この瞬間。隣に彼女がいたならと。
叶うはずもない願望を、つい、空想してしまう。
「……好きです、リアナ嬢」
手の内のブローチを握りしめ、やりきれない想いを夜風に溶かす。
「あなたが、あなただけを愛しているんです。どうか……どうか、もう一度だけ。この想いを伝えるチャンスを、俺に」
刹那、夜が明けた。
違う、ブローチを握りしめていた掌が眩い光を放っている。
驚愕に手を開いた途端、ブローチがふわりと宙に浮いた。
「!? いったい……っ!」
ブローチにはめられた宝石が、いっそう光り輝く。
閃光が伸び、薄暗い部屋の中央に黄金の扉が現れた。
「これは……本当に、"魔道具"だったのか」
信じられない心地でふらりと近寄り、その夢のような造形にそっと触れる。
(幻ではない)
「どういうことだ……っ! この国では、"魔道具"を正しく扱える者など……っ!」
脳裏に、ロイド卿の言葉が響く。
『リアナへの想いが本物なら、役に立つはずだ』
(ロイド卿は、この魔道具の効力を知っていたのか。まさか、彼は――)
同時に、強く確信する。
(これは、俺に与えられた"最後のチャンス"なのかもしれない)
期待と緊張にごくりと喉を鳴らしつつ、万が一のためにと剣を携えた俺は意を決して扉に手をかけ――開けた。
奇襲に備え剣を構えるも、殺気は感じられない。
扉の先は、どこかの室内のようだ。それも、どちらかといえば店の類に近しい――。
「いらっしゃいませ……って、あれ?」
「!?」
ひょこりと現れた人物に、剣を握りなおす。
男はそんな俺にぱちくりと瞬くと、「わあ、剣だ」などと呟き、
「もしかして、ロイドさんのお知り合いかな? それとも、リアナさんの?」
「なっ……! 二人を知っているのか!?」
「ああ、やっぱり。これも何かの"縁"だし、よかったらこちらにどうぞ。ウチはお酒と、つまみになるお料理を出してる店でね。ご馳走しますよ。あ、剣は置いて来てくださいね。こちらでは、違法なので」
「…………」
(罠、ではないように見えるな)
カウンターの席をひとつ引き、微笑みを携えて待つ優男からは悪意など微塵も感じられない。
戦闘能力が高いようにも見えないが……無論、魔法や術の類を使われなければの話だ。
(……悩んだところで、わかるはずもないな)
剣を置き、いつの間にか転がり落ちていたブローチを拾い上げ、扉から踏み出す。
席へと向かうと、店内には他にも数名の、客と思われる人間がちらほらと座している。
それぞれの机に乗る品を見るに、なるほど確かに、それぞれが思い思いに酒と食事を楽しんでいる。
俺が周囲を観察している間にカウンターを回った男は、
「私は三樹といいます。ここの店主で、以前はロイドさんに、今はリアナさんにご贔屓にしてもらってます」
「リアナ嬢が、贔屓に? この……異国の店に、一人で来ているのか?」
「はい。それも、異世界にあるこの国にね」
「異世界……」
にわかには信じられない情報が多すぎて、頭の処理が追い付かない。
店主はそんな俺に理解を示すようにして微笑むと、
「リアナさんとの関係を聞いてもいいかな? ウチに来れたってことは、それなりに親しい間柄だと思うのだけれど」
「あ……俺は、リアナ嬢の婚約者で」
「リアナちゃんの婚約者!?」
「!?」
轟いた女性の声に顔を跳ね向ける。
と、少し離れた席に座していたのであろう女性が、どうしてか怒りの形相で近づいてきた。
(彼女もリアナ嬢を知っているのか?)
俺の眼前で歩を止めた女性が、ダンッ! と音を立てて片手をカウンターに叩きつける。
怒りの圧を漂わせながらにこりと笑み、
「どういうつもりか知らないけど、リアナちゃんを弄ぶのはヤメテくれない? それとも、リアナちゃんを苦しめるのが趣味だったり?」
「な……っ、弄んでなどいない! 彼女は大切な女性だ! 苦しめるつもりなど……っ」
「なら、どうして他の女との噂が立つわけ? しかも、その女との関係を否定しないまま付き合いを続けてたって何? それで"誤解"だなんて、都合が良すぎでしょ」
「それは……っ」
握りしめた手の内で、爪が食い込む。
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