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婚約者の騎士様に放置されたので異世界で日本酒を楽しみます~本当に好きなお相手とどうぞお幸せに~  作者: 千早 朔


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仲が悪いにの会い続けていた男達

 うん、うまい。

 味わいながら咀嚼していくロイド卿の姿に、幼い頃、クレコ伯爵邸で共に食事をした際の記憶が重なる。

 同時に、なんとも美味しそうに食べ進めていく、幼いリアナ嬢の姿も。


 今頃彼女も、愛する家族と久しい再会を喜び合いながら、ずっと恋しかったであろうこの地の食事を存分に味わっているのだろう。

 彼女が愛した多くを奪った張本人が連れ戻しに来ているだなんて、夢にも思わずに。


「引き留めてくださり、ありがとうございました。……僅かに残っている可能性すら、台無しにする所でした」


 胸に押し込めていた息苦しさがせり上がってきて、水中から顔を出すような心地で言葉を紡ぐ。


「……頭では、分かっているのです。リアナ嬢のためを思うのならば、この婚約は解消すべきだと」


「……婚約の申し出を受けた時にも伝えたが、決めるのはリアナとお前さんだ。離れるべきだというのなら離れれば良いし、共に手を取るというのなら、支え合えば良い。冷たいようだが、"正解"を知る他者など存在せんぞ」


「……肝に銘じます」


「フレデリック、まだ見ぬ後悔を恐れるでないぞ」


 言い聞かせるような声色に、はっと視線を上げる。

 ロイド卿はワイングラスを回し、揺らめく液体を眺めながら、


「選択と後悔は表裏一体。何かを選べば、選ばなかった道における可能性を捨てたも同然なのだから、後悔をするなというほうが無理な話だ。ワシとて未だに後悔を重ねる。どうせ後悔をするのなら、少しでも自分の心に素直な道を選んだほうが諦めもつくというものだ。特に……"選択"をの余地があるのなら、尚の事な」


 静かに下ろされたグラスが、コトリと机上を鳴らす。

 ロイド卿は俺を見据え、


「こうして迎えに来なかったとしても、お前さんは悔いていたはずだ。だがワシはな、フレデリック。お前さんが待つのでなく、なりふり構わずに飛び出してきたことを喜ばしく感じてしまったのだ」


 ゆえに、少しばかり手助けをしてやろう。

 そう言ってロイド卿が、ジャケットのポケットから何かを取り出した。


「手を」


 戸惑いつつ、手を差し出す。

 ロイド卿によってそっと乗せられたのは、軽くて小ぶりな――。


「ブローチ……?」


「リアナへの想いが本物なら、役に立つはずだ。好きにするといい」


 さ、しっかり食べるんだな。

 それ以上は話題にしないと漂わせて、ロイド卿が食事を再開する。


(ロイド卿がくれたものだ。意味があるに違いない)


「感謝します、ロイド卿」


 掌で黙するブローチが、その身にはめられた小さな石を光らせた。


(特に変わった箇所はなし、か)


 部屋の窓を開け、涼やかな夜風を堪能しながら眩い星空を見上げる。

 月明りにかざしたブローチは、相も変わらず沈したまま。

 年期を感じさせる佇まいから魔道具の可能性を考えたが、俺の早とちりで、普通のブローチなのかもしれない。


 窓枠にもたれ、胸中のわだかまりと共に息を吐きだす。

 ロイド卿と話せば話すほどに、祖父と親しくしていたのか不思議でならない。


 ベスティ侯爵家の家名に誇りを持ち、貴族しての責務に厳格だった祖父。

 彼は領地への視察は最小限にすべきで、ましてや領民と喜怒哀楽を共にするなど、領主としての威厳が損なわれると否定的だった。


 ただ、それは決して領民を蔑ろにしているからではない。

 むしろ、いつだって爵位を持つ者としての責任を忘れるなと教えられた。


 大戦時代、一時は国王から宰相の任を与えられたという祖父は、当主の座を父に譲った後も時折国王の呼び出しを受け、その知恵を貸していた。

 そんな祖父が自ら文を出し、馬車に揺られ会いに行く相手。


 だというのに、祖父はロイド卿のことを語るとなるといつだって不機嫌だった。

 わざわざ会いに行った当人が、目の前にいようとも。

 口を曲げ、睨みつけるようにして、


「いい加減、首都へ来い。お前にはその資格があると何度も言っているというのに、まだ決心がつかんのか。この強情め!」


 喧嘩腰の祖父に、ロイド卿もまた腕を組んだまま顔を背け、


「ワシはこの地を好いていると、何度も言っている。もう来るな、石頭め!」


 どう見ても良好な関係とは言い難い態度だが、リアナ嬢によると、ロイド卿がこうして指定された日に必ず伯爵邸にいること自体、珍しいのだとか。

 祖父も理解していたのか、暫くするとまた文を出しては、俺を連れて会いに行くのだ。


 一度、祖父に尋ねたことがある。

 どうしてロイド卿に会いに行くのか、と。

 祖父は眉間の皺をますます深めて、重々しい声で告げた。


「正当な報酬を受け取らんヤツが、気に入らないからだ。……フレデリック、頼まれてほしいことがある」


 祖父はいつだって威厳と活力に満ち満ちている瞳を、僅かに陰らせ、


「ヤツは本当ならば、社交界はおろか、この国に住まう民の全てに感謝されるべき偉業を成し遂げた男なのだと、覚えていてくれ。有事にも役に立たず、贅を尽くすだけが"貴族としての権利"だと勘違いをしている愚か者どもが、軽々しく"変わり者"だと嘲笑してよい男ではない。お前だけは、心に刻んでおいてくれ」


(結局、その"偉業"の詳細を教えてくれることはなかったが)

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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