彼女の故郷へ
二年ぶりに訪れたリアナ嬢の故郷は、記憶のそれと同じく美しい自然が広がっている。
だが今の俺には、心も身体も休めている間はない。
休息もほとんど取らずにガロンを走らせたものの、徐々に傾きつつある太陽は間もなく山の背に隠れそうだ。
せめて、リアナ嬢が向かったというロイド卿の別邸に一度でも訪れたことがあれば、もう少し早く辿り着いていたのかもしれない。
幼少期を含め、これまでクレコ伯爵家の本邸にしか赴いていなかった自分が恨めしい。
「ここか……?」
想像していたよりも素朴な屋敷に、戸惑いが勝る。
特に、花に溢れた外観がよりロイド卿自身の雰囲気とかけ離れていて、やはり違うのではないかと疑念を強く抱かせた。
(もう少し、周囲を見てみるか)
ガロンの方向を変えさせた、刹那。
「これはこれは、久しいなフレデリック。随分と急いで追いかけてきたものだな」
「! ロイド卿……!」
現れたその人に、急ぎガロンから飛び降りて駆け寄る。
「リアナ嬢は……!? お願いします、彼女と話をさせてください!」
俺は勢い良く低頭し、
「全て、俺の責任であることは重々承知しています! ですがどうしても、諦めきれないのです! お叱りはいくらでも受けます。ですのでどうか、婚約の破棄についてははもう一度リアナ嬢と話を――!」
「まったく、思い込みの激しさは爺さん譲りかの。リアナはまだ、迷っているぞ」
「迷って、いる……? 俺との婚約を解消するために、ロイド卿に頼みに来たのでは?」
「無論、それも選択肢の一つではあるがな」
(本当に、リアナ嬢はまだ心を決めたわけではないのか)
「そう、でしたか……」
安堵を自覚した突然に身体が重くなり、知らずと張っていた肩がストンと下がる。
ロイド卿は呆れたように息をつくと、俺の肩をポンポンと叩き、
「入りなさい。その様子では、ろくに休まずに馬を走らせてきたのだろう」
「あ……ですが、まずはリアナ嬢に、承諾を」
「リアナは本邸に向かった。二年ぶりの再会に水を差すものじゃない。お前さんは今晩、ウチで休むといい。"お叱りはいくらでも"と言ったしな」
高圧的な笑みに、背筋がヒヤリと冷える。
だが、ロイド卿の言い分はもっともだ。ガロンにも随分と無理をさせた。
「……ご面倒をおかけします」
初めて足を踏み入れたロイド卿の"城"は、年月を刻んだ木の温もりが心地よい屋敷だった。
それでもやはり、真っ白なレースに、至る箇所に飾られた生花とどうにも彼の印象とはかけ離れている。
(庭園の花を飾っているのか)
お祖母様はお花が大好きなの。
そう、憧憬に輝く瞳を緩めて笑む、幼い頃のリアナ嬢を思い出す。
この内装は、きっとその方の意志を継いでいるのだろう。
あまり顔を合わせる機会がなかったが、"変わり者"と称されるロイド卿も、夫人の前では愛を捧げる一人の男だったということだ。
案内された客間は、ベッドと小さな机が入る程度の大きさながら、窮屈さは感じず、落ち着く空間になっていた。
温かな湯を浴びて、着替えにと渡された服に袖を通す。
今更ながら、着替えどころか何一つ持たずに押しかけてしまった事実に気が付いた。
ロイド卿が若い頃に一度着ただけだというそれは、少し丈が足りないものの、着心地がいい。
「大変、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。後ほど必ずお礼を――」
夕食をと呼ばれた食堂で、現れたロイド卿に深々と頭を下げる。
彼は「いい、いい」と手を振ると、椅子に腰を落とし、
「他に気が回らないほど、必死にリアナを追いかけてきたのだろう? まったく、もっと早くからその情熱を見せていれば、こうはならなかっただろうに」
呆れ交じりに告げたロイド卿の合図で、食事が運ばれてくる。
「派手なもてなしはできないが、時には素材本来の味を楽しむのもいいだろう」
並んだ皿に乗る料理は確かにどれもシンプルな調理のようだが、特に野菜類は見るからに色が良くハリがある。
礼を告げ、口に含む。思った通り、生の葉物やトマトはもちろん、ローストされた根菜も瑞々しく、ポタージュの味も濃い。
ほんのりと広がる苦味と甘さも、その鮮度の高さを表していて、心と同時に頬が緩まる。
「美味しいです。どれも新鮮で……子供の頃にいただいた時も驚いたものですが、より、身体に沁みるような心地がします」
「そうだろう。うちの領民が日々試行錯誤しながら何年も育てている、自慢の作物だからな。ワインもなかなか出来がよくての。ほれ、試してみろ」
では、とグラスを傾け、香りを吸い込んでから口をつける。
(これは……野菜とよく合う)
穏やかな酸味が野菜の甘みを引き立て、果実らしい爽やかな甘さが苦味を拭っていくようだ。
ロイド卿は俺の反応に満足げに頷き、上機嫌で食事を口に運ぶ。
「現当主である息子は、ワシと同じく領主としての手腕はいまいちでの。だがあやつは領民と共に切磋琢磨し、小さな進歩を喜び合う柔軟さがある。王都の貴族からすれば威厳のない当主だろうが、ワシからすれば、いかに贅を誇示するかばかりに固執している愚か者共より、よっぽど優れた主に思えるものだ。家族を心から愛しているしの」
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