約束を繋ぐヒマワリ
お祖母様は花が大好きで、この庭園に季節ごとの花を植え、自ら手入れをしていた。
お茶会では、私が選んだ花を机の真ん中に飾るのが恒例だった。
二年ぶりに目にした庭園を懐かしんでいると、思った通りの人物が。
ゆったりと椅子に座し、花々を眺めているよう。
「お爺様」
私の声に顔を上げたお爺様が、嬉し気に目元を緩める。
「おかえり、リアナ。ちっとも戻ってこんから、このまま二度と顔を見れずに死ぬことになるのかと思ったぞ」
「私もお会い出来て嬉しいです。ですがお爺様、先日、また"行ってくる"の伝言ひとつで他国に渡ってらしたと、お父様からお手紙をいただきました。本当はそろそろゆっくりとして頂きたいものの、せめて直接伝えに来てほしいと、私からもお願いしてほしいと」
「ワシが"魔道具"と聞いてじっとしていられるような性分ではないと、リアナだってわかっているだろう? こればっかりは諦めてもらうしかない。それこそ、死ぬまでな。まあ……挨拶については、頭に置いておくかの」
(本当、お爺様ったらお父様に対しては素直になれないのだから)
ありがとうございます、と笑んだ私に、お爺様は取り繕うようにして手を叩くと、
「さあさあ、座ってくれ。ここまで疲れただろう。すぐにお茶を用意させよう」
お爺様の引いてくれた椅子に腰かけた刹那、使用人の男性がワゴンを押して現れた。
記憶よりも白髪の増えた彼は、私の姿を見るなり「お久しぶりにございます、リアナ様」と深々と頭を下げる。
私が生まれる前からお爺様に仕えている、古株の一人。
彼は眼前の机に、緩慢な仕草でティーセットを並べていきながら、
「お紅茶と焼き菓子をお持ち致しました。表にいらしたお連れの方と馬にも、お休みいただいております」
(先回りをしたかのような手際の良さは、健在ね)
カップに紅茶を注ぐ彼に「ありがとう。助かるわ」と告げると、彼は慈しむような眼差しで微笑み、
「どうぞ、ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」
再びワゴンを押して彼が去ると、お爺様は「さて」と紅茶に口を付ける。
「婚約の破棄はいつ頃が希望だ? 今すぐにというのなら、急ぎサインをしよう。侯爵家に戻る必要もないぞ。馬車と御者だけ帰して、荷物は届けさせれば良い。ワシが手紙を書こう」
「お待ちください、お爺様。私が婚約破棄を望んでいるというお話は、いったいどなたから」
「この地を離れた当初から数々の"噂"に耐えていた孫娘が、突然戻ってきたのだ。見切りをつけたと考えるのが自然だろう」
(こんな田舎にも届くほどの"噂"になっていたのね)
私は苦笑を零して、「お爺様」と切り出す。
「とても、悩んでいるのです。この婚約を、そしてこれからをどうすべきか。私自身で選択をするためにも、お爺様と話がしたくて参りました」
お爺様に贈り物があります。
そう告げて、バスケットから取り出した包みを慎重に解き、机上に乗せる。
「私が考案し、販売を始めた"キリコグラス"です」
「おお、これが……!」
グラスを手に取ったお爺様が、目を輝かせて様々な角度から観察する。
と、私を見遣ってニヤリと口角を上げ、
「どうやらうまいこと、あの魔道具が作動したようだな。かつてあの居酒屋で見たものと、良く似ている。」
頷いた私は首元からペンダントを引き上げ、
「ご報告が今になってしまい、申し訳ありませんでした。"サカズキ"の件も、入手先を誤魔化そうと咄嗟にお爺様の名前をお借りしてしまって……」
「いい、いい。ワシのことは都合よく使えばいいのだ。これからもな」
「ありがとうございます。それと、もう一つ。お爺様にお渡ししてほしいと、三樹様から預かってきました」
「なっ! 店主が、ワシに?」
明らかな動揺を浮かべながらも、お爺様は差し出した小箱を受け取った。
じっと見つめるその心情は、私には推し量れない。
ほどなくして、意を決した指先が小箱の蓋を開いた。
途端、お爺様が感極まったように笑みを咲かせる。
「そうか。約束を覚えていてくれたのだな」
小瓶を取り出し、机上に乗せる。
「これは……"ニホンシュ"ですね。三樹様の国でもヒマワリが咲くのですね」
ラベルに描かれた見事なヒマワリは、この日本酒の名前になっているのかしら。
この庭園のヒマワリはまだ成長中で、花開くにはもう少し時間が必要なよう。
「リアナ、このカードを読んでくれるかの。ペンダントの所持者なら、可能なはずだ」
受けとったそれには、たしかにあの国の言葉と思しき文字が並んでいる。
三樹様が書かれたのかしら。
(本当だわ。不思議と読める)
「武の井酒造の四季シリーズ、春夏秋冬の夏にあたる一本で、ヒマワリ酵母を使った純米吟醸酒です。ぜひ庭園で、瑞々しくも優しい味わいと、爽やかな香りを楽しんでください。――ヒマワリの花を使った"ニホンシュ"ということですか……!?」
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