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婚約者の騎士様に放置されたので異世界で日本酒を楽しみます~本当に好きなお相手とどうぞお幸せに~  作者: 千早 朔


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大切な人の元へ

 ギル卿は驚いたように瞠目したものの、すぐに「そうか」と背を向けた。


「キミの気持ちはよく分かった。……残念だ。キミの執務机に目を通してもらいたい報告書を置いておいた。早いうちに頼む」


「承知しました」


 去っていく背を、低頭しながら見送る。


(もっと早く、こうするべきだった)


 昇進のためにと狡猾な欲を出し、曖昧な好意で接し続けていたのは俺の弱さだ。

 そのせいで多くの人が傷つくと、理解できていなかった。

 本当に守るべき、大切なものも。


「――マズいぞマズいぞマッズいぞフレデリック……っ!!」


 叫びながらドタバタと駆けてきたのは、厩舎に置いてきたはずのセド。

 なぜかガロンの手綱を引いている。ガロンは渋々といった風に歩を進めているものの、迷惑そうだ。

 セドは荒い息を繰り返しながら、俺の眼前で立ち止まり、


「優秀で有能な唯一無二の親友様に感謝しろよ、フレデリック! 今しがたお前んトコの使用人が急用だって訪ねてきたもんだから、代わりに用件を聞いたんだよ」


 ぐいと俺に向けられたのは、ガロンの手綱。


「すぐに家に戻れ、フレデリック! リアナ嬢が、実家に戻ったらしい……!」


「な……っ!? っ、頼む、ガロン!」


 すぐさまガロンに飛び乗り、手綱を操る。


「助かった、セド! 悪いが俺の執務机も確認しておいてくれ!」


 後方から「執務机だって!?」と叫ぶ声がするが、振り返る暇はない。

 前だけを見据え、屋敷に向かってガロンを走らせる。


(リアナ嬢が実家に……!? この二年、たったの一度も"帰りたい"とすら言わなかったのに)


 自ずと導き出される可能性は一つ。


(婚約破棄を願いに戻ったのか……!?)


 急ぎ辿り着いた屋敷の門前で、ガロンから飛び降る。

 すると、待ち構えていたかのようにノイマンが飛び出してきた。


「坊ちゃま!? もしや、お嬢様の件でお戻りに……!?」


「その様子だと、リアナ嬢が実家に戻ったというのは本当なんだな。彼女は、どうして」


「それなのですが……」


 ノイマンは言いづらそうに視線を彷徨わせてから、「申し訳ありません」と低頭する。



「早とちりをした者が、急ぎ坊ちゃまに知らせねばと独断で馬を走らせたようでして。ご迷惑をおかけいたしました」


「だが、リアナ嬢は出ていったのだろう?」


「お爺様であらせられるロイド様に、直接お届けしたい品があると伺っております。ご実家にも、お嬢様が始められた事業について一度ご説明に戻りたいと。一時的なご帰宅ですので、当家の馬車をお使いになっております。数日後にはお戻りになると……」


「――駄目だ」


「坊ちゃま?」


 彼女は優しく義理堅い。そして、何よりも賢い人だ。

 "婚約の破棄を申し出に行く"などと言えば、世話になったノイマンたちが悲しむと考えたのだろう。

 実家よりも先にロイド卿の元へ向かうというのが、何よりも現状を物語っている。


「ノイマン。急ぎ休暇申請を書くから、騎士団へ届けてくれ」


(すまない、リアナ嬢)


 どうか、ほんの僅かでも。剣の先ほどでも構わないから、迷っていてほしい。

 この期に及んでも俺は、あなたを諦めるなんて出来ない……!


「俺も、ロイド卿の元へ向かう……!」



***


(なんだかすっかり懐かしい景色に感じるわ)


 揺れる馬車の窓から見えるのは、海原のごとく広がる草花に、背の高い木々。

 白い雲の浮かぶ青空には、時折鳥が羽ばたいて行く。


 時間がゆっくり流れていくような、のどかな田舎の風景。

 私にとっては見慣れた、安堵できる――大好きなお爺様のいる場所。


 若かりし頃から魔道具を集めていたというお爺様は、クレコ伯爵邸から歩いて小一時間ほどの場所にある小さなお屋敷を気に入り、自身のコレクションを守る"城"にしたのだそう。


 お父様の結婚後、早々に当主の座を譲られてからは、長年仕えている数名の使用人を連れて、お祖母様と共にそのお屋敷に住まうようになり。

 お祖母様が亡くなられた後も、お爺様はそのお屋敷で暮らし続けている。


 私も幼い頃から何度も通い、お祖母様とお茶をしたり、お爺様のコレクションを見せていただいたりと思い出深いお屋敷なのだけれど……。


(もしかしたら、あの"コレクション"の中には私のように、三樹様から貰った品もあったのかしら)


 馬車が止まる。

 程なくして扉を開いてくれたのは、是非ともお任せくださいと同行をかって出てくれた侯爵家の御者のひとり。


「到着しました、リアナお嬢様。お身体は問題ありませんでしょうか」


「ええ。道の悪い箇所も多かったでしょうに、快適でした」


 ありがとう、と彼の手を借りて馬車から降り立った私は彼にしばらくこの場で待つよう伝え、バスケットを抱えて屋敷の扉ではなく、裏手の庭園へと歩を進める。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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