自分を褒めてあげられる道を
「人生、常に良い結果だけを得られることなどないと思いますよ。どんなに慎重になろうとも、"失敗"は避けられないかと」
「!」
亀さんの言葉にはっとする。
見つめた顔は穏やかな笑みを浮かべ、
「僕はですね、いかに"失敗"に気づき、受け止め、次への原動力にするかが大切だと考えています。それこそ"失敗"は怖いものですから、そうだと認めるのも難しいのですよ。けれどもこのままではいけないと気付ければ、工夫をしたり、引き返したりもできますでしょう? 気付かなければ、もっと酷い状況に陥ってしまうかもしれない」
僕の努力は、"指標"でもあるんです。
亀さんは静かに続け、
「頑張って、頑張って、それでも駄目だったら、"駄目"を受け止める。そして"自分はよく頑張った"と、自分をしっかり労う。自分の努力を一番に知っているのは、自分ですからね。リアナさんもぜひ、ご自分の選択が望んだ結果に辿り着かなかった時に、それでも自分はよく頑張ったと褒めてあげられるよう、努力を惜しみなく費やせる道を選ぶために悩み尽くしてみてはどうでしょう」
(望んだ結果に辿り着かなかった時に、それでも自分はよく頑張ったと褒めてあげられる道)
考えてみれば、悔いることはあれど、"努力した自分"を褒めるだなんて考えたこともなかった。
「自分の努力を一番に知っているのは自分……おっしゃる通りですね」
一日でも早く"相応しい婚約者"にならなければと、令嬢としてのマナーレッスンはもちろん、領地やお屋敷に関する仕事も必死に覚えたわ。
指導してくださった方々も、ノイマンも、ベスティ侯爵夫妻もとても褒めてくれたけれど、きっとそれは"社交辞令"なのだと。
"最後の婚約者候補"である私への気遣いなのだと思って、もっと頑張らなければと自身を律していた。
更には"噂"の的になりながらも、社交活動を休むことはなかったし、ほとんど帰ってこないフレデリック様と歩み寄ろうとまで。
(……私は、よく頑張っていたわ)
そう、頑張った。頑張り尽くした。
そしてこの二年間で身に着けた知識が、今の私を手助けしてくれている。
フレデリック様とは望んだ関係を築くことは出来なかったけれど、この二年間の努力は決して無駄ではなかったわ。
(私は、頑張った)
なら、この先は。
私はどんな未来のために、頑張りたいのだろう。
「……ありがとうございます。私、早く答えを出さなければとばっかり……」
相反する感情を一つに絞る必要はない。
たとえ"失敗"だったとしても、頑張った自分を褒めてあげられる選択を。
"正解"を決めるのは、私自身なのだから。
「私……お爺様の所へ行ってきます」
刹那、香穂様が驚愕の声を上げた。
「リアナちゃん、もしかして家出!? それならアタシの家にお泊りでも大歓迎だよ」
「ありがとうございます、香穂様。家出ではなく、お爺様に確認したいことがありまして。……もう少し、自分自身に目を向けて悩んでみます」
お爺様は、いつ刺繍が苦手だと伝えたのかしら。
他にも、私は知らなくとも、フレデリック様とお爺様だけが知っている事実があるのかもしれない。
フレデリック様の言葉が足りないのは、不満だけれど……。
(知らないままでは、きっと後悔するわ)
「急ぎ、お爺様にお手紙を出さなくては。活動的な方なので、気が付くとよく他国に渡っているのです」
残っていたお酒をくっと煽ると、
「あ、待ったリアナさん。忘れるところだった」
思い出したようにした辰彦様が、自身の鞄から小袋を取り出した。
「これ、リアナさんに渡そうと思ってたんだった。覚えているかわからないけど、前に約束していたクッキー」
「! 辰彦様のお手製の……! 私の感想が知りたいとおっしゃってくださった時のですね」
受け取った小袋の上部を開けて、覗き込む。
刹那、想像もしていなかった中身に思わず声を上げてしまった。
「これがクッキーなのですか……!?」
ピンクや淡い水色のハートに、黄色いお星さま。
紫のお花も、とっても素敵!
「なんて愛らしい形に、色まで……! 辰彦様のクッキーは芸術的なのですね」
「そっか、リアナさんの国はまだ……。いや、喜んでもらえてよかった。"アイシングクッキー"ってやつなんだけど、今度会えた時にでも感想を貰えると助かる」
「わかりました、お約束いたします。"アイシングクッキー"……食べてしまうのが勿体ないほどの愛らしさですね」
ありがとうございます、と礼を告げた次の瞬間。
「~~~~ごめんリアナさんっ! ちょっとだけ待っててくれるかな……!」
突如慌てたようにして立ち去ったのは、三樹様。
皆でぱちくりとしながら様子を伺っていると、再びバタバタと戻ってきた。
その手には、長細い小箱が。
三樹様はどこか思い詰めた顔で私を見下ろすと、意を決したようにして、
「リアナさん。これ、日本酒なんだけれど、ロイドさんに渡してもらえるかな? ……私も、"仕方ない"って思えるまで、出来ることはしたくなってしまって」
「あ……」
三樹様は、突如として姿を見せなくなったお爺様をずっと気にかけてくれていた。
おそらくは、"元気にしている"と知った、今でも。
(不思議だわ。この国はお爺様にとっても魅力的なはずなのに、どうして通うのをやめてしまったのかしら)
三樹様はきっと、同じ疑念を長いこと拭いきれずにいるのね。
そしておそらくは、叶うなら、もう一度会いたいとも。
「……確かに、受け取りました」
この小箱に収められているのは、三樹様が長年抱え続けていた想いと勇気。
――三樹様自身が、悩み尽くした末の"選択"。
「必ず、お爺様にお渡しします」
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