二兎を成立させる選択肢
私の戸惑いに気づいた香穂様が、「わかる。アタシも初見では黒くてびっくりしたし」と頷き、
「身近すぎてあまり気にしたことがなかったけど、味噌って種類が豊富なんだよね。白色の白味噌ってのもあるし」
「白色まで!? なんとも多色な調味料なのですね」
たしかに、と辰彦様が同意して、
「地域ごとに主流の色や味が違ってたりするしな。八丁味噌は味噌の中でも独特な部類だから、リアナさんがこれまで食べた味噌とは印象がかなり違うと思う」
(これまでとは、またひと味違った"ミソ")
そんなの、とっても気になるわ……!
("ミソ"と"ニホンシュ"の美味しさは、よく知っているもの)
箸ですくうように牛すじを掴みあげ、いざ、口内へ。
(これは……なんて深い味わい……!)
「濃厚ながら、これまでいただいた"ミソ"とは違ったほのかな酸味と、渋み……も感じます」
「さ、ここで一口」
三樹様に促され、お酒を含む。
私は思わず感動に目を見開いて、
「すごいです……! お料理の独特な風味に負けないどころか、こんなにもピッタリだなんて……!」
「そう! 八丁味噌と二兎、それぞれの酸味の相性が抜群なんだ。これだけ印象的な料理とも合わせられる力強さも、二兎の良さでね。さらには温度や時間の経過で味わいが変化していくのも、また面白いんだよ」
「味わいの変化まで……。多くの"二兎"を込めることで、新たな"兎"を生み出していくお酒ですのね」
「その通り。いったいどれだけの"兎"になるのか、計り知れないよね」
頷いた三樹様は、目元を和らげて、
「私はね、これも人生における一つの在り方だと思っているんだ。譲れない信念も、挫折による譲歩も。意図的にしろ偶発的にしろ、自分の内に生まれたあらゆる要素が組み合わさったからこそ体感できる"彩"ってものが、あるんじゃないかなって」
「いろどり……」
「もちろん、唯一を追求したからこそ到達できる景色もある。いずれにせよ、"正解"を決めるのは自分自身なんじゃないかな。矛盾を受け入れるも、拒むもね。大切なのは、自身が好きだと思える選択なのかどうかだと思うんだ。日本酒がどれ一つとまったく同じ味わいにならないのと同じで、人の生き方も、それぞれのものだから」
「うーーーん、深い!」
くっと日本酒を煽った香穂様が、「アタシが間違ってた。なにも一つに絞るだけが答えじゃないよね」と拍手をして、
「リアナちゃん、いっそのこと婚約者と求婚中の彼、二人を手玉にとってみるのはどう!?」
「へっ!?」
「いや、それはさすがにダメだろ」
「清純天使枠だったリアナちゃんに悪女属性が追加……っ! とっっってもいいと思う!」
「いや、絶対に駄目だ!」
焦った様相の辰彦様が珍しく声を荒げ、
「どっちかが束縛監禁系だったらマズいなんてもんじゃないだろ!? 俺達はリアナさんを助けにいけないんだぞ! 話を聞いていると、婚約者のほうはちょいちょい独占欲の片鱗あるし……!」
「えと……たとえあの方に独占欲があったとしても、私に向けられることはないかと」
理解の出来た部分だけ事実として発すると、辰彦様ははっとした顔で口を噤んだ。
と、香穂様は「辰彦……」と瞬いて、
「随分と詳しくなったじゃん」
「…………香穂が必要だって言うから、それなりに"勉強"したんだ」
「うんうん。努力のかいあっていい分析だったよ」
気まずそうに視線を逸らす辰彦様の様子から察するに、お二人はしっかりと意志の疎通が出来ているよう。
(やっぱりお二人には、特別な絆があるのだわ)
微妙な空気を切り替えるよにして、よし、と三樹様が朗らかに手を打った。
「せっかくだし、この店で一番に人生経験が豊富な人からも、話を聞いてみようか」
亀さーん、と手招いた三樹様に顔を向けた亀さんは、「はいはい、どうしましたか?」と柔い笑みを浮かべ歩を進めて来る。
「リアナさんが今、今後の人生を左右する大きな選択を迫られているそうでして。とっても悩んでいるんです。亀さんからも、アドバイスをいただけませんか?」
「お役に立てるかはわかりませんが、そうですねえ」
亀さんは頭を傾けて、腕を組む。
「僕も未だに悩みが尽きないものですが、これまでの経験上、気を付けていることがあります。それは、時間の許す限り悩み尽くすことです。そして、必ず自分で選択する。そうすると、あれだけ悩んで選択したのだからなんとか良い結果に繋げたいと、自然と努力するようになるんですね。それでも上手くいかなかった時は、これだけ頑張っても駄目だったのだからと、諦められるものですから」
「……努力をしても」
発した私に皆の目が向く。
私はそれでも言葉を続けて、
「努力をしても報われなかった時というのは、ひどく、苦しいものです。だからこそ自分の意志よりも、少しでも"失敗"を避けるための選択が重要なのではないのですか?」
たとえフレデリック様の言葉が真実だったとしても、彼がこの二年、私よりもゼシカ様を優先していた事実は変わらない。
少なくとも、私が初めから"婚約者"としての関係を築きたいなどと望まなければ、あんなにも追い詰められることはなかった。
(そのおかげでこのお店に辿り着けたとはいえ、結果論にすぎないわ)
必要な経験だった、と割り切るにはまだ難しい。
私にとっては、選択を誤り続けた二年間だった。
(同じ失敗はしたくないという恐怖が、どうしても拭えない)
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