特別なハンカチの行方
息を整えるフレデリック様に、アシェル様が「私は先にエステラ嬢を探してくるわ」と去っていく。
フレデリック様は背筋を正し、
「パーティーには必ず向かいますので、待っていてください。それと、このハンカチは俺が貰っても構いませんか?」
「ハンカチ?」
疑問に思いつつ、差し出されたそれを覗き込む。
(これは……額を怪我していた騎士に渡したハンカチだわ)
「どうしてそれをフレデリック様がお持ちに?」
「これは、リアナ嬢のハンカチです。リアナ嬢が、渡したものです」
「え、ええ。あの騎士の方にも、差し上げますとお伝えしました」
「……理由がどうであれ、リアナ嬢のハンカチを他の男に渡したくはありません。"婚約者"である俺ですら、手にしたことがないものですから」
複雑そうなフレデリック様の表情に、思い当たる。
この国の女性は想い人や恋人、家族といった"特別な人"に刺繍をしたハンカチを贈る習わしがある。
(でも、おかしいわ)
「ですが、フレデリック様は以前、私のハンカチは不要だと……」
侯爵家に移り住んで間もない頃、フレデリック様にどんな模様がお好みなのか訊ねたことがある。
首都の令嬢は、婚約者に刺繍入りのハンカチを贈るのが当然だと聞いたから。
ところがフレデリック様は渋い顔をして、
「刺繍入りのハンカチでしたら、俺には必要ありません」
確かにそう言った。
成り行きの婚約者のハンカチなんて受け取るのも嫌だ、という意味なのだと思い、それ以降は尋ねることも勝手に用意することもなかったけれど。
目の前のフレデリック様は驚いたように瞠目して、勢い良く頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした……! あれは、そういう意図ではなく……っ! いえ、俺が、全面的に悪いんです」
フレデリック様は少しだけ目線を上げ、
「ロイド卿から、リアナ嬢は刺繍に不慣れだと聞いていたんです。指を何度も刺すのが不憫で、クレコ家では刺繍をさせるのは止めたのだと。ですので、"刺繍入りのハンカチは不要"だと言ったんです。ハンカチよりも、あなたの指が大切でしたから」
「そ、んな理由で……?」
(お爺様ったら、いつの間にそんな話をしていたの!?)
「"そんな理由"ではありません。知らなければ、大切なリアナ嬢の指を傷だらけにしていたのですから。……俺が言葉足らずだったせいで誤解を招いてしまい、すみませんでした」
チラリと目線だけで後方を見遣ったフレデリック様が、「そろそろ戻らねば」と私に向き直る。
「そういった事情でしたので、このハンカチは俺がもらい受けます。十分に気をつけて、楽しんできてください」
ハンカチを丁寧に懐にしまい込んだフレデリック様が、一礼をして背を向ける。
その姿によくわからない熱がこみあげてきて、ほとんど反射的に「フレデリック様」と呼び止めた。
早く戻らなければいけないだろうに、当然のように足を止めた彼が、不思議そうに振り返る。
私は考えるよりも先に口を動かし、
「そのハンカチは、マルガレット様のお店で買ったものなのです。私の刺繍ではありません。ですので……後日、別のハンカチをお渡しいたします。刺繍の出来栄えには、期待しないでくださいませ」
なんとか言い切った刹那、フレデリック様が私との距離を詰めた。
なんとも嬉し気に瞳を輝かせながら私の両手を掴み上げ、
「嬉しいです、とても。ですが無理はせずに、怪我をしないことを優先してください。俺は、いつまでも待てますので」
(そ、そんなに喜んでくれるなんて)
嬉しいけれど、私に負担をかけたくはない。そんな相反する心情をありありと浮かべるフレデリック様に、つい笑みが零れる。
胸にほわりと広がる温かさに言葉を付ける前に、「呼ばれていますよ、フレデリック様」と声がした。
「ルーベンス様……」
その名を呼んだ私の側に立ったルーベンス様が、「先ほどはお疲れ様でした、リアナ嬢」と微笑む。
途端、フレデリック様が睨むようにして、
「パーティーまではまだ時間があるはずですが」
「リアナ嬢の事業に関する、重要な用事があるんです。ですよね、リアナ嬢」
「は、はい。あ、ルーベンス様。アシェル様とエステラ様にお話をしてきてもよろしいですか? 共に散策をするお約束をしていまして」
「もちろん、構いませんよ。お二人でしたら先ほど囲まれているのをお見掛けしましたので、ご案内します」
ルーベンス様が軽く腕を曲げ、エスコートの体勢をとる。
この国では、何も珍しいことではない。むしろ、ご令嬢を連れ立つとなれば、相手が"誰であろうと"紳士的に振舞うべきだと考えられている。
だから何も、不自然なことはない。
「では、フレデリック様。お気をつけていってらっしゃいませ」
告げた私に、フレデリック様はしぶしぶといった風にして手を離した。
「……はい。また後程、お会いしましょう」
にこりと微笑み、ルーベンス様の腕に手を添える。
歩を進めていくほどに、どうしてか振り返りたくなったけれど、そのまま前だけを見つめ続けた。
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