瞬きの間の勝負
ゼシカ様の眼下に騎士が立つ。
激しい戦いを勝ち抜いた彼の服は汚れ、顔にも怪我を負っている。
にも関わらず、階段を上り、木剣を捧げる表情からは苦痛を感じない。
堂々と立ちあがったゼシカ様は彼に近づき、木剣を受け取った。
「これでわたくしが二本、受け取りましたわ」
一礼をして去る騎士を見送ることなく、ゼシカ様は弾んだ調子で私達へと振り返り、
「あと一度、わたくしが選ばれれば、今回の"剣姫"はわたくしに――」
「あ、お待ちください……っ!」
「!?」
私は急ぎ立ち上がり、騎士を呼び止める。
気づいた彼はその場で立ち止まると、不思議そうに振り返り私を見上げた。
私は階段の目前まで進み出て、
「額から血が出ておりますわ……! このハンカチを使ってください」
驚いたように瞠目した騎士は、血の流れる額の傷を隠すように手を遣り、
「ごっ、ご令嬢のハンカチが汚れてしまいます!」
「構いません。このハンカチは差し上げますので、止血なさってください」
きっぱり言い切り腕を伸ばしていると、騎士は遠慮がちに再び戻ってきた。
おずおずとハンカチを受け取り、深く頭を下げる。
「か、感謝いたします、クレコ伯爵令嬢。慈悲深きお優しさは、この心にしっかりと刻ませていただきます……!」
「そんな、どうかお気になさらずに。しっかり治療を受けてくださいませ」
「は、はい! 必ずっ!」
何度も頷いた彼は額にハンカチをあて、急ぎ階段を駆け下りていった。
医療班が控えているはずだから、きっと大丈夫ね。
席に戻ろうと踵を返した途端、アシェル様と目が合った。彼女は笑みを深め、
「困ったものね。私の大切な友人の素晴らしさに、多くの人々が気付いてしまったわ。今以上に人気になってしまったら、彼女は私と遊んでくれなくなってしまうんじゃないかしら」
(アシェル様ったら)
私はクスクス笑いながら、自分の席に座する。
「その"友人"も、いずれ大好きな方と気軽にお会い出来なくなってしまうのではないかと不安を抱いていたのですが……。アシェル様も望んでくださっていると知れたので、もっと甘えるように助言おきます」
アシェル様も小さく噴き出すようにして、「それがいいわ」と満足そうに笑む。
すると、「ふん!」と苛立たし気な声。ゼシカ様だわ。
少々乱雑な仕草で自席に戻ると、ギロリと私を睨み、
「重要な儀式の最中だというのに、呑気ですこと! 張り切って着飾ってきたというのにたったの一度も選ばれないからって、自分勝手な行動は謹んでくださらない?」
「どの立場で――っ」
「アシェル様」
反論しようとしてくれたアシェル様を、宥めるように名を呼んで制止する。
確かに、儀式の進行を止めてしまったことに変りはないもの。
「申し訳ございません、ゼシカ様。以後気を付けます」
三戦目の勝者はセド様だった。
軽やかな足取りはまだ余力が残っていそうで、観覧席へ手を振りながらやってくる。
セド様は私達へと通じる階段の下で立ち止まると、私を見上げた。苦笑交じりに肩を竦め、
「すみません、リアナ嬢。俺、まだ背中の心配をしたくないんで」
(背中の心配?)
階段を上がってくるセド様に合わせ、選ばれたアシェル様が立ちあがった。
捧げられた木剣を受け取りつつ、
「セド卿は、出世には興味がなくて?」
「まさか! ただ俺は、自分の気持ちに正直なタイプなんです。この木剣は、気高く美しい社交界の功労者様へお捧げします。俺が麗しいご令嬢方との出会いを楽しめるのは、秩序が保たれているおかげですから」
「……確かに、卿はご自分に正直ね」
にっと笑んだセド様が、その目を私に向けパチリと片目を瞑ってみせる。
「また別の場で、俺のための時間をくださいね。それと、次の試合はよく見ておいてやってください。アイツ、かなり気合入ってるんで、すぐ終わっちゃうと思います」
(次って……フレデリック様の試合よね?)
フレデリック様がお強いのは知っているけれども、最終試合ともなればお相手もかなりの実力者のはず。
(やっぱり、想い人が見ているとなれば、素敵な所を見せようと意気込むものなのかしら)
ましてやゼシカ様はすでに、二度も木剣を受け取っているものね。
嫉妬が更なる気合いの源になっているのかもしれない。
フレデリック様が闘技場の中央に立ち、試合が始まる。
次の瞬間、最終試合の興奮に沸き立っていた会場が静まり返った。
私を含め、誰もが夢でも見ているかのような驚愕に包まれている。
なぜなら――騎士の一人の喉元には、突きつけられた木剣。
握る主は、フレデリック様。
試合開始からほんの数秒で、フレデリック様の勝利が決まってしまった。
一斉に沸き立つ歓声に、場内の空気がビリビリと震える。
(こ、こんなにお強いだなんて……っ!)
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