気の乗らない招待状
「どうした、セド。お前の剣はこの程度ではないだろう。さっさと構えろ」
「あのですね、フレデリックくん。朝から鍛錬場に引きずられて来たかと思えば妙に絶好調な第一騎士隊副隊長の手合わせに付き合わされている状況で、"どうした"は完全に俺の台詞なんですよ。てか、なんでまた鍛錬なんだよ!? 婚約解消の件は!?」
「ああ、それなんだが」
剣を下げた俺は懐から刺繍入りのハンカチを取り出し、セドに見えるよう掲げてみせる。
「婚約の解消はナシだ。今度は大事なものを間違えないように、二人で関係を築いていくことを誓った。共に支え合える"夫婦"を目指す」
「まあ~~~~幸せそうにしちゃって。その様子だとお前の思い込みってワケでもなさそうだし、良かったな、フレデリック」
「ああ。……お前にも世話になった。感謝している」
思えば、セドが俺とリアナ嬢との関係を危惧して、俺を強制的に帰宅させたことが始まりだった。
あれがなければ、確実にリアナ嬢との縁は切れていただろう。
セドは二ッと歯を見せ笑むと、
「優秀で有能な親友サマのおかげで命拾いしたな、フレデリック。そんで? 愛しの婚約者ちゃんは何を刺繍してくれたんだ?」
ひょいと近寄ってきたセドの手が触れる前に、「駄目だ」とハンカチをしまい込む。
「ちょお!? 見せびらかすために持ってきたんじゃないのかよ!?」
「"リアナ嬢が刺繍入りのハンカチ"をくれた、という事実はもう見せびらかした。それ以上のことは、俺だけが知っていればいい」
「……フレデリック、お前ってほーんとこと婚約者ちゃんに関しては表情筋が緩むよな。こんだけ分かりやすけりゃ、ゼシカ嬢もいい加減諦めるか」
「ゼシカ嬢に特別な愛情を抱いたことはないと、ギル卿に説明し頭を下げた。ギル卿に説得もお願いした。じき、新しい相手が見つかるはずだ」
「お前が!? ギル卿にそこまでハッキリと!? いやあ……本当に腹をくくったんだな……。ま、俺はお前が一般隊員に落とされようとも、変わらず親友だから安心しろよ」
「そうだな、信頼している。その上で、お前にしか出来ないことを頼みたいんだが」
途端、俺の肩に腕を回していたセドの頬が引きつり、
「もうひと訓練は御免だぞ」
「俺とリアナ嬢との婚約破棄はなくなったと、社交界で"噂"を流してほしい。俺達は紆余曲折を経て、互いに唯一無二の絆を深めたと」
「だいぶお前側の私情が入ってそうだが……。わかった、復縁を祝福して引き受けてやる。結婚式では一番の良席を用意しろよ。あと今日の鍛錬に付き合うのは終いだ」
(……もう少し、動きたかったが)
鍛錬用の剣を片付け始めたセドに、しぶしぶ俺も従う。
社交界の"噂"は俺では太刀打ちできない。
セドの協力が必須だからだ。
「"噂"といえば、ルーベンスのことはどうするんだ? リアナ嬢を熱心に口説いてるそうじゃんか」
「リアナ嬢にとって良き仕事仲間なのは承知している。彼女の仕事の邪魔はしたくない。それに、リアナ嬢は俺と向き合ってくれると言ったんだ。彼女の言葉を信じる」
「ま、確かに嫉妬任せに二人を引き離しでもすれば、婚約者ちゃんはますますお前を嫌いそうだしな。お前のゼシカ嬢しかり、あちらは婚約者ちゃんがなんとかするのを待つが正解だろうな」
鍛錬に現れた別の騎士にその場を譲り、俺とセドは執務室へと歩を進める。
途中、すれ違う騎士たちの反応を見るに、どうやらまだ俺は"第一騎士隊副隊長"のままのようだ。
(例えギル卿が決断を下そうとも、俺は俺の出来ることをするまでだ)
あれほど固執していた地位を失いそうだというのに、心は穏やかだ。
俺が騎士団での地位を落としたとて、リアナ嬢は変わらず俺自身と向き合ってくれると知っているからだろう。
(良く見られたいなどと欲を出さずに、もっと早く全てを話していたら――)
「――フレデリック、セド。お前たちほどの実力者が早朝から手合わせとは、他の騎士にも見習ってもらいたいものだな」
「! ギル卿」
俺とセドは姿勢を正し、歩を進めてくるその人に低頭する。
「急ぎの任務ですか」
「ああ、いや。渡したい封書があってな」
(やはり、俺は副隊長の任を解かれるのか)
頭を上げた俺達に、封書が差し出される。
が、想像していたそれよりも随分と上質な形状に、つい眉根を寄せると、
「ゼシカの誕生日パーティーの招待状だ。今回は光栄なことに、"剣姫"に選ばれただろう? 祝いの意味も兼ねて、晩餐会ではなく舞踏会にしてな。騎士団以外にも、多くの子息令嬢に招待状を出している。二人とも、ぜひとも顔を出してくれ」
告げるギル卿は、穏やかな眼差しで俺を見る。
つい先日、大事な愛娘を拒絶したことへの恨みなど、微塵もないかのように。
「……ご招待ありがとうございます。受け取らせていただきます」
「ああ、返事は急がないからゆっくり考えてくれ。ほんの一杯でも付き合ってくれると、嬉しいがな」
俺とセドに招待状を手渡したギル卿は、他の騎士にも配らねばと去っていった。
その背が見えなくなった途端に、セドが口を開く。
「コレ、行くのか?」
「本音を言えば気乗りはしないが……。ともかく、リアナ嬢に相談する」
「それが一番だな。舞踏会ってことは、パートナーの同伴が許されている。二人で揃いの服でも着ていったら、仲良しアピールにもなるんじゃないか? ……まあ、ゼシカ嬢も、自分の誕生日パーティーをぶち壊すような真似はしないだろ」
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