王妃殿下のお茶会に招かれました
王城の中でも、王妃陛下から招待を受けた者しか入室が出来ない区画の、一室。
艶やかに磨かれたテーブルに広がるティーセットは、煌びやかながら上品で、当然、並べられたセイボリーやスイーツも、おそれ多くて手を付けられないほどに美しい。
(まさか、王妃陛下のお茶会に招待される日が来るなんて)
近頃、想像したこともないような体験を重ね続けているけれども、"想定外"に慣れることなど出来ないわ。
(緊張で融けてしまいそう)
すると、そんな私の心中を察したようにして、私の両親よりも少し年嵩である王妃陛下が静かに口を開く。
「もっと楽にしていいのよ? マルガレットはもちろん、リアナ嬢のご友人しか招いていないのだもの。身構える必要はないわ」
(確かに……この場に招待されているのは、マルガレット様にアシェル様、そしてエステラ様だわ)
私の視線を受けた三方が、同意を示すようににこりと笑む。
王妃陛下は幼子を宥めるように瞳を緩め、
「やっとこうしてあなたと話せる場を用意出来て、本当に嬉しいわ。もっと早くに会いたかったのだけれど、マルガレットがなかなか許可をくれなくて」
「リアナ嬢にとって大切な時期でしたし、社交の場に不慣れだったあの頃の彼女では、期待されているお話はとても出来なかったかと」
告げるマルガレット様は、王妃陛下の恨めし気な視線にも臆することなく紅茶を口に運ぶ。
(マルガレット様と王妃陛下は、気心の知れた仲なのね)
アシェル様とエステラ様も、王妃陛下とのお茶会は何度か経験があると言っていた。
優しい方だから、心配ないとも。
私はぐっと勇気を込めて、頭を下げる。
「王妃陛下、この度は光栄な機会をいただき、心から感謝を――」
「あらあら、駄目よ。固すぎるわ。お紅茶を飲んで、お菓子を食べて、次はフルーツたっぷりのタルトを食べたいな、でいいのよ。もちろん、別の好きなモノを教えてくれればいいの。それと、私のことは名前で呼んでちょうだい」
「え……と」
戸惑う私に、エステラ様とアシェル様が助け船を出してくれる。
「おめでとうございます、リアナ嬢。イレーヌ様は気に入ったお相手に"王妃陛下"と呼ばれると、拗ねてしまわれるのですわ」
「それと、その気に入った相手が美味しく食べている姿を見るのがお好きな方なの。特に、今の流行や恋の話をしながら」
「その通り」
イレーヌ様が軽く右手を上げると、イレーヌ様付きの侍女がグラスを運んできた。
それぞれのカップの横に置かれていく。
「このグラスは……!」
「そうよ。リアナ嬢の考案した"キリコグラス"。ただの水が入っているだけなのに、神秘の泉を分け与えらえたような気分だわ。私、本当に気に入っているの」
イレーヌ様は光にかざしていたグラスを下ろし、
「私ね、ワインやシャンパンにあまり強くないのよ。それでも必要な場では、口を付けなければいけないでしょう? ところがね、このグラスにお水や果実水を入れてみたら、だーれも中身なんて気にしないの。気にかけるのはグラスの美しさだけ。リアナ嬢のおかげで、私は綺麗なグラスで、気分よく好きなものを飲めるようになったの」
(イレーヌ様に、そんなご事情が……)
「……そのようにおっしゃっていただけて、大変嬉しく思います。あの、イレーヌ様。一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか」
「そうこなくっちゃ。なんでも用意してあげるわ」
「いえ、イレーヌ様が大変喜んでいらしたと、ガラス工房の職人に伝えてもよろしいでしょうか。勿論、詳細は伏せ、美しいグラスに感動し気に入って使用してくださっているとの事実のみを。このグラスは、彼らがいなければ形になりません。この喜ばしい誉れを、ぜひとも彼等と分かち合いたく存じます」
イレーヌ様は口元に手をあて、「まあ」と目を丸めた。
マルガレット様に顔を寄せ、
「あなたが過保護になるもの無理ないわ。なんて可愛いのかしら!」
「ええ、自慢の弟子です。大切に育てている最中ですので、ぜひとも"そのつもり"でご配慮ください」
「分かっているわ。本当、マルガレットはともかく、ロイドも酷いわね。いくら可愛い孫娘だからって、こんなにも可能性の塊を秘めたリアナ嬢を領地に隠し続けていたなんて。あなたをあの領地から連れ出し、新しい世界を知るきっかけを作ったという点においては、ベスティ侯爵家は有益な働きをしてくれたようだけれど」
「! イレーヌ様は、祖父をご存じなのですか?」
「あら、ロイドったら、仕方のない人ね。そうねえ……かつては彼も、王都に拠点を置いていた時期があったの。あなたが生まれるずっと昔のことよ。ロイドはあまり私達と関わりたはないのでしょうけれど、私たち王家は、彼をかけがえのない存在だと考えているわ」
(王家とそこまで深い間柄だったなんて……。たったの一度も聞いたことがないわ)
お爺様のことだから、きっと意図的に隠していたのだわ。
でも、どうして……?
「それはそうと!」
パンっと手を打ったイレーヌ様に、顔を跳ね向ける。
イレーヌ様はふふ、となんとも愉しげに口角を上げ、
「フレデリックとの婚約は破棄する運びになったの? 必要であれば、手を貸すわよ」
マルガレット様が苦笑気味に肩を竦め、
「流行や恋の話がお好きだと、アシェル嬢が言っていたろう?」
「あ……」
確かに、私とフレデリック様の婚約にまつわる"噂"は、そのどちらも満たしているわ……。
「話し辛ければ、私達は庭園の散歩にでも出て来るが」
マルガレット様の視線を受け、アシェル様とエステラ様が頷く。
私は「いえ」と首を振り、
「このままで。皆様にも、お伝えしなければと考えていましたから」
「ということは、進展があったのね?」
「はい、イレーヌ様」
私は背筋を正し、
「フレデリック様とゆっくり話し合いまして、もう一度、互いを思いやりながら理解を深めていくと約束致しました。ですので、婚約の破棄はいたしません。お騒がせいたしまして、申し訳ありませんでした」
「その、"約束"は」
口を開いたのはアシェル様。
嘘は許さないと言いたげな強い眼差しで、私をじっと見て、
「今度こそ、本当に守られる保証はあるの? あなたはフレデリック卿にとってもベスティ侯爵家にとっても、なにがなんでも逃したくはない、絶好の"侯爵夫人候補"だわ。また、あなたばかりが苦労を強いられる結果になってしまうのではないの?」
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