16、店主ポーラ
それから暫く黙って食事をしていたアースだったが、また一つため息を吐く。
「…今は、金にも女にも困ってはいないんだがな」
アースはポピーが言う前に釘を刺した。
「!!?……」
ポピーが顔を強張らせて息を呑む。
(やはりか)
アースの予感はまた当たってしまったようだ。
「駄目…ですか?私、まだ男の人を知りません」
「俺は別にそんな事にこだわりは無いな」
アースはわざとぶっきら棒に言葉を吐いた。
「一回だけじゃなくても良いです。これからいくらでも好きなだけ……」
「そういう問題じゃない!!」
ダンッ!とエールの入ったジョッキをテーブルに下ろす。
ビクッとポピーの体が硬直した。
「もう少し自分の事を大事にした方が良いな。俺が男だと言ったのはそういう意味じゃない。しかし、君の決心をあざ笑うためでもない」
アースは頭をポリポリと掻きながらチラッとポピーの表情を見ている。
今にも泣き出しそうな顔だ。
恐らく彼女にとって、それだけが交渉出来る材料だったんだろう。
「仮に求める物が手に入ったとして、その後の責任を誰が取るつもりなんだ?ポピー、だったか?君が全責任を取れるのかい?」
「それは……」
俯いて黙ってしまったポピーの肩に手が置かれる。
「おやおや、どうしたんだい?珍しいねえ、ポピーのこんなションボリした顔を見るのは。アース、あんまりあたしのお気に入りを虐めないでやっておくれ?」
「ふふ、虐めてるつもりはないが……それに近い状況になってしまってるな」
ポーラの言葉にアースは少し毒気を抜かれて表情を緩める。
「割り込んじまってすまないね。話しは聞いちゃいないけど、大体は想像が付くからね?この子のクランは今大変なんだよ…だからさ」
「ポーラさん、それ以上は…」
「ああ分かってるよ。でも、この男は悪い人間じゃないよ。信じても良いと、私は思うけどね」
何だか凄く訳知りの様にポーラがポピーを諭している。
「リーダーと話しが出来ない以上、『鍵』の件は簡単に話せないな。正直、俺は冒険者にはそれほど執着がある訳ではないが、だからと言って争いの種を撒き散らしたい訳でもないからな」
「どうしても…ですか?」
「ああ。君が思っている程迷宮の魔物は、甘くはないぞ?」
ポーラがいつの間にか新しいエールを持ってきていた。
何故か自分の分も持ってきて、アースの隣りに座っていた。
「はい、これはあたしの奢り!あたしも飲むわ!カンパーイ!!」
「おい!ちょっと待て!」
普通にツッコミを入れたアースだったが、辺りを見渡せば客は誰も居なかった。
「もう閉店の時間だから大丈夫よ!ほら、飲んで飲んで!」
「そんなに話してたのか……すまん!」
そんなに時間が経っていたとは思わず、アースはポーラに謝る。
「あら、謝る必要はないのよ~。今日はもう閉店にしたい気分なだけだから!」
そう言われて窓の外を見てみると、まだ空が薄明るい。
ホントに気まぐれで店を閉めたみたいだった。
「ポピーはね、元々この街の人間じゃないのさ。まあ、あたしもここに迷宮が現れてから他の町から来たから、まだ1年くらいしか経たないんだけどさ!」
ポーラはぐびぐびとエールを煽っている。
「この街にあるクランや冒険者パーティーの半分以上は、あたし達と同じで迷宮の出現と同時にこの街へと一攫千金を夢見てやって来たのさ。ポピーもビービーキューの奴らだってそうだよ?」
自分が王都の迷宮を目指してこの街を出た時の事を、アースは思い出していた。
冒険者に憧れる者は、金や名誉や自分の力を誇示するために迷宮に潜る。
全てが自己責任であって、逆に誰に命令される事もない。
「アンタはさ~…王都で名のあるクランのメンバーだったらしいじゃないか?アース」
「クランの名前はな……。俺はそれ程の実力があった訳ではない…」
「それでもさ!そのクランで積んでる数年分の経験は、アンタの掛け替えの無いモンだろ?それがあったからユリシスを助ける事が出来たんじゃないのかい?」
確かにポーラの言う事には一理ある。
しかし、ユリシスを助けた時には経験よりも感情を優先していたとアースは自分でも反省していたので、何とも言えないのであるが。
「ポーラの言いたい事も分かるが……、それとこれとは別だ。どちらにしても、ポピーのクランリーダーとは一度話しをさせて貰わないと、協力もなにもしようが無い」
「……リーダーは無理です。男の人の協力を受ける事はあり得ません」
「じゃあ君がその身を俺に差し出しても、結果的には一緒じゃないのか?」
アースの言葉はその通りだった。
結局クランリーダーの承認が下りなければ、パーティーとして登録すら出来ない。
「アース、モノは相談なんだけどさ?あんたなら45階層の階層主を倒せるだろ?」
ポーラの言葉に、驚きの表情をしてしまったアースは(しまった!)と思った。




