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第28話 招かれざるもの ①

凛人(りひと)視点です。

 俺の燕尾服(テールコート)は父の支度部屋に保管されていた。

 案内をしてくれた水瀬(みなせ)に促されて、三年ぶりに袖を通してみる。人に手伝われながら服を着るなんてことはずいぶんしばらくぶりで、なんだか落ちつかないが仕方がない。

 きっちりタイまで締められて完璧に着つけられたあと、姿見の前に立たされた。


「サイズ直しなどは必要なさそうですね」


 肩や袖、腰回りや(すそ)。服のあちこちを点検していた水瀬が言うのに、うなずきを返す。

 ここ数年で体型が変化した自覚はなかったが、ウエストがきつくなっていたら嫌だなと秘かに不安に思っていたので、内心ホッとする。


 定期的に手入れをしてくれていたらしく、今の状態のままでも式に使用するのに問題はなさそうだったが、念のためにクリーニングに出しておくと言われる。この家で長年贔屓(ひいき)にしている信頼のおける業者がいるというので、水瀬にすべて任せてしまうことにした。


「りーくん、あの、入っていい?」


 服を着替えようとしたところへ、控えめなノックとともに父の声が聞こえてきた。いいもなにもここは父の部屋なのだから、俺の許可など得ずとも勝手に入ってくればいいものを。

 そう思いつつ「どうぞ」と返せば、これまた遠慮がちにゆっくりとドアが開かれ、父が顔を覗かせる。


「あのねりーくん、さっきはごめんね。僕、水瀬に叱られて頭に来てて、それで」


 それでつい、口がすべったんだ。

 しょげかえった様子でごにょごにょと言い訳をする父を横目で見る。

 どうでもいい。父が俺を自分の子ではないと口走ることなど、今に始まったことではないのだから。


 これまでいったい何度、同じような(いさか)いがあったか知れない。

 父が俺の出自を疑う発言をするたび、母は冷静に科学的根拠でもって身の潔白を証明してきた。幾度となく行なわれた鑑定のことごとくで、父と俺との父子関係は確かに認められている。

 それなのになぜ父がいまだに疑うようなことを言うのか、俺にはわからない。


 いいや。やはりすべての原因は俺にあるのだろう。父だけでなく母にとっても。母にしてみれば身に覚えのない不貞を俺のせいで長年疑われ続けているのだから、迷惑もいいところだろうに。


「ああ、その服着たんだね。りーくんてそういうのほんとよく似合うよね。僕は体が薄くてかっこよく着こなせないから、羨ましいな」


 母が呼んでいるからとなかば強引に水瀬を退室させた父が、口調を軽やかに変えてこちらへと歩み寄ってくる。

 姿見を覗き込む父につられるように鏡を見やれば、そこに映るのはまったく似ていない男ふたり。顔だちも体格も、髪の色も目の色も、どこを見比べてみても親子には見えない。


「りーくんかっこよく育ってくれて嬉しい。ねぇ、そういうふうにしてるとさ、ほんとにそっくりなんだよね、りーくんて」


 鏡の中の父がくしゃりと表情をゆがめる。笑おうとして失敗したような、今にも泣きそうなその顔から、俺は目をそらす。


「レジー兄さんの若いころに、さ」


 鏡に映る自分を見据えれば、琥珀(こはく)のような蜜色の瞳が俺を見返してくる。


『ブラックウェルの金眼』と呼ばれる瞳の色。ブラックウェルの血筋にまれに現れる()()を有しているのは、父の長兄であるレジナルド・ブラックウェルのほかには、今現在は俺ただひとりだけ。伯父の実子たちさえ持ちえなかった瞳。


 もともと親子間で確実に受け継がれる類いのものではなく、伯父の両親も金眼ではなかった。伯父に現れたこと自体が数世代ぶりだったというし、伯父と俺が同じ瞳の色をしているからといって、それはイコール父子の証明にはならない。けっして。

 それは一族の内外でも周知の事実で、伯父や母はもちろん父も、当たり前のように知っていることだ。

 だというのに、父は伯父と母の不義を疑った。俺の眼を理由にして。


 好き好んでこの眼を持って生まれたわけではない。俺のせいじゃない。

 そう思いはしても、父と母の不仲は俺が目を開いた瞬間から始まり、ふたりのあいだに起こる諍いのほとんどは俺の出自に起因するのだからどうしようもない。


 ことあるごとに俺を自分の子ではないと言い張り、伯父を母を疑い、伯父と俺に共通する点を見つけてはそれが証しだと決めつける。そのくせ、それを主張する父が自身の言葉に誰よりも傷ついている様子を見せるのだから、本当にわけがわからない。


「ああ、そうだ。それでね、ジェイが近々日本(こっち)に来るんだって」

「……は?」


 脈絡のない父の言葉に驚く。いったいどこからジェイラスの名につながったのか。

 ジェイラス・ブラックウェルは伯父レジナルドの嫡男だ。ああ、先ほど伯父の名が出たから、そのつながりか。だがわざわざ彼が日本に、なにをしに来るというのだろう。


「りーくん結婚するんだよね、おめでとう。ジェイにも教えてあげたら、直接祝ってやらないと、って言ってたよ。

 ジェイはりーくんのことすごく気に入ってるからね。よかったねぇ。案外もうその辺まで来てるかもね?」


 よっぽど感極まったのか、声が震えるくらい喜んでたよ。

 のんきにそんなことを言う父の頭を(はた)きたい衝動に駆られる。

 ジェイラスの()()を、父には『気に入ってるゆえのこと』と思えるのか。誤認もはなはだしい。


 十年前、ジェイラスと交わした約束を反故にしてこの日本に、風雅(ふうが)天音(あまね)のもとに残ると決めた。確実に彼の不興を買うとわかったうえで。

 その後も再三にわたる召還をかわし続けてきた俺を、彼が祝いに来るなどありえない。


 できることならジェイラスには、天音とのことは離婚が成立するまで知られたくなかった。父なりに良かれと思ったのだろうが、余計なことをしてくれたものだ。


「天音と夫婦でいるのはたかだか数年のことだ。いずれ離婚するのにジェイラスにまで知らせる必要はなかった」


 知らず口調がきつくなる。俺の言葉に、父は不思議そうに首をかしげながらこちらをうかがってくる。


「それさっき千華(ちか)さんにも聞いたんだけどさ。どうしてりーくん天音ちゃんと離婚なんてするつもりでいるの? べつに離婚する必要なくない?」

神門(みかど)の女の夫に求められてるのは子を産ませる役割だけだろう。役目を果たしたあとも婚姻関係を継続する必要こそない」


 子どもができたことを理由に結婚を迫られた父にしてみれば、子ができたら離婚するというのは納得しがたいのかもしれない。けれど父母の結婚と俺たちのそれは事情が違う。


「天音には、想う相手がいるんだ」


 想う相手がいるにもかかわらず、別の男との子作りを強要されるというのはどんな気持ちなのだろう。自らの意思ではなく勝手に周囲から押しつけられた義務だというのに。

 これまでの天音の人生に、自分自身で望み、選び取れたことなどなにひとつありはしなかった。ほかの生き方など許されなかった。


「役目を終えたあとなら、好きな相手と好きな場所で生きる自由くらい、あってもいいだろう」

「……よくわかんないけど。離婚するのはつまり、天音ちゃんのためってこと? りーくんの望みではなくて?」


 父の問いかけに、苦笑を返す。

 天音のため。それも嘘ではない。けれど、理由のすべてというわけでもない。

 なによりも俺自身が、耐えられそうにないからだ。そばにいながらほかの男を想う天音に。天音が求める相手が俺ではないことに。


 納得できないとわめく父を適当にあしらい、水瀬に服のことを改めて頼んで実家を後にする。

 水瀬からは車で送るという申し出があったが断った。水瀬の本分は母に、ついでで父に仕えることなのだから、あまり彼の手をわずらわせるのも申し訳ない。


 他人に理解してもらいたいとは思わない。生まれからして父母にすら望まれなかった俺が、誰かに望まれたいと願うなどとおこがましい。ただそれだけのことだ。



 ()けられてる。

 それに気づいたのは、実家を出てまもなくのことだった。


 さりげなく足取りを変えてみれば、相手も一定の距離を保とうと歩調を乱す。ずいぶんと下手くそな尾行だ。素人か。

 タクシーを拾うために通りへ向かっていたものを進路変更する。ついてくるのは二人か、三人か、少なくとも単独ではなさそうだ。


 人通りの少ない道を選んで歩きながら、携帯に着信があった(てい)を装って(ミラー)アプリを起動して、後方を確認する。

 映ったのは四人の男。見知った顔は一人だけ。腕吊り(アームホルダー)で右腕を固定しているのは、あいつらのうちのひとり、朱宮(あけみや)だ。


 なるほど。俺の実家はべつに神門に対して秘匿されているわけではない。実家周辺を張り込んで俺が立ち寄るのを待って、後を()けて天音の居場所をあばこうと、おおかたそんな算段なのだろう。


 それにしても、門叶(とかない)の抑止力も効果なしか。それともいつもの面子(めんつ)揃ってではなく朱宮ひとりだけなあたり、彼はスケープゴートにされたか、あるいは功を焦った独断なのか。

 門叶が手を打てばあいつらもおとなしくなるだろうと油断していた。ともあれ、親切にやつらをマンションまで案内してやるわけにはいかない。


 朱宮に追従する男たちは、体つきや足運びからして多少は格闘技の心得がありそうだ。朱宮は戦力外としても、腕に覚えのありそうな三人を相手にどこまで渡り合えるだろう。


 先日とは状況が違う。適当に痛めつけてわからせてやろうなんて余裕をかます暇はない。一気に片をつけてしまわなくては。


 曲がり角から数メートル手前のところで駆けだす。誘導があからさますぎて警戒されるかとも思ったが、案外あっさりと慌てたように走って追ってきた。俺に逃げられるとでも思って焦ったのか。単純で助かる。


 角を曲がってすぐに物陰に身をすべり込ませて、やつらが通り過ぎるのを待つ。一人、二人、三人。最後尾の男が走り込んできたところへ、横合いからこめかみに肘打ちを叩き込んで一撃で昏倒させる。

 物音に気付いて振り返った男が身構える前に、その顎下を(かかと)で蹴り抜けば呆気なく失神した。


伽藍(ときあい)てめェ! おい気をつけろ、そいつは蹴りを」


 朱宮の警告に、残った男の視線が下に、俺の足もとに向く。自然、防御姿勢も蹴りを警戒したものになった。

 ああ、馬鹿だな。ありがたい。

 一息で距離を詰め、がら空きになった喉もとに貫手を突き込めば、男は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。


 この前は門叶に妙な制限をかけられていたせいで蹴りオンリーで応戦したが、別に足技しか使えないわけではないのだが。

 そう思いながら息をつく。顔を上げれば、頬をひきつらせた朱宮と目が合った。吊っていないほうの手をあげながら、朱宮が数歩後ずさる。


「と、伽藍、なぁ話をしよう。手荒な真似をするつもりはなかったんだ」

「は?」


 話し合いならサシでもできるものを、わざわざ手勢を引き連れてきてなにを言うのか。話だって(カネ)か天音かどちらか、あるいは両方を差し出せとかそういうふざけた内容だろうに。

 とりあえずこいつも適当に失神させて、さっさと立ち去ろう。

 俺が歩を進めると朱宮もそのぶん後退する。だが背を向けて逃げ出す様子はない。手下を見捨てて自分だけ助かろうとするかと思ったが、存外(きも)が据わっているのだろうか。


 ふと朱宮の口もとがゆがんだ。弧を描いている。笑みの形に。

 不意に、背後でなにかが(はじ)けるような音がした。とっさに振り向きざまに蹴りを放って、不味(まず)ったと思ったときには遅かった。

 視認できたのは放電のスパークと、先端からそれを発する棒状の物体。

 警棒型スタンガンだ。


 もう一人いたのか。抜かった。

 蹴りを掻いくぐり脇腹目がけて繰り出されるそれを避けようもなく、容赦のない電撃をまともに浴びる。

 これまで味わったことのない類いのすさまじい激痛に貫かれ、俺の体は一瞬で硬直・麻痺を余儀なくされる。膝から崩れたところへ間髪入れず横面に警棒による打撃を受けて、俺は受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

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