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第29話 招かれざるもの ②

凛人(りひと)視点です。

「ぐ、ぅ」


 体中を駆け巡る耐えがたい痛みに、(こら)えきれず呻き声が漏れる。

 電極はとうに離れているというのに、収縮した筋肉は自分の意思とは関係なく痙攣(けいれん)するばかりで、指一本まともに動かせない。


「ははッ、いいザマだなぁ伽藍(ときあい)?」


 朱宮(あけみや)の嘲笑を倒れ伏したまま聞きながら、自分の迂闊さに舌打ちをする。

 まったくなんてザマだ。朱宮に気を取られて不意打ちを食らうなど、間抜けにも程がある。

 それにしてもスタンガンだの先日のナックルだの、よくそんなものを威嚇や牽制ではなく生身の人間相手に行使しようと思えるものだ。正気の沙汰とは思えない。


 こちらへと近づいてきていた足音が、ごく至近で止まる。地面に投げ出されていた俺の手の甲へと、勢いよく足が振り下ろされた。


「無様に地べたに這いつくばらされる気分はどうよ。ええ?」


 思うさま踏みしだいてくるそれを振り払うこともできない。

 人が動けないのをいいことに好き放題してくれる。神門(みかど)の本家で俺に右手を蹴り飛ばされたことを根に持っているのだろうが。


龍生(りゅうせい)さん、麻痺状態はそんなに長く続くもんじゃありません。早めに拘束しましょう」

「ああ、そうだな」


 おまけとばかりに数度踏みつけられたあと、ようやく足が離れていく。

 うつ伏せに押さえ込まれ、後ろ手をとられた。腰の後ろあたりで重ね合わされた親指の付け根がきつく締め付けられる。ありがちな結束バンドだろうか。


 少々厄介だが、この程度の拘束はどうということもない。さっきは不意をつかれたが、スタンガンを使用するとわかっていれば対処のしようもある。

 体の痛みや痺れさえ抜けてしまえば。昏倒させたやつらが目を覚ましてしまう前なら、相手がこの男ひとりくらいなら切り抜けようがある。


 そんなふうに考えていられたのは、そこまでだった。


 両手首と、さらには両足首にもなにかがはめられた。冷たく硬質な感触。いぶかしく思いながらわずかに身じろぎ、聞こえた金属の触れ合う音に、まさかと思う。

 手錠(ハンドカフ)足錠(レッグカフ)まで、だと。ここまでするか普通。ありえない。


 俺が愕然としていると、男の手で体を引き起こされた。抵抗を試みようとしたが、首筋にスタンガンの先端を突きつけられて思いとどまる。

 朱宮の前に両膝をついた姿勢を強いられ、髪を掴まれて顔を上げさせられた。


「さて、それじゃあ。まずは穏便に話し合いといこうか伽藍」

「この状態で穏便に? はっ、頭沸いてんのか腰抜け野郎」


 即座に頬を殴られた。利き手でもなく大して威力があったわけではなかったが、拘束された身では受け流せずに体勢を崩して、地面に転がる羽目になる。


「口の利き方に気をつけろ。次に舐めたこと言いやがったらまた電撃食らわせるからな。おい、起こせ」


 朱宮に命じられた男にふたたび力任せに引き起こされた。

 大仰なしぐさでひとつ深呼吸をした朱宮が、長く伸びた前髪をかき上げてこちらを向く。神門の血統らしく整った顔に、不自然なほど愛想のいい笑みを乗せて。


「なあ伽藍。俺は寛大だからな。この右手の礼はさっきのでチャラにしてやる。お互い恨みっこなし、手打ちといこうじゃないか」


 なに勝手なことをほざいてる。そっちが先にからんできたあげくにナックルまで持ち出してきておいて。反撃の可能性を考えてないとか馬鹿じゃないのか。

 そもそもおまえらを痛めつけてやろうと思ったのも、おまえらが天音(あまね)にしたことに対する報復だったんだが。


 そう反論したかったが、視界にスタンガンをちらつかされて渋々口をつぐむ。

 俺が押し黙ったのを同意とみたのか、朱宮は満足げにうなずきながら先を続けた。


「で、だ。俺はな伽藍。神門の現状を非常に(うれ)いているんだ。代々受け継がれ遵守されてきた神門のしきたりに照らせば――」


 そこから始まった朱宮の長い演説を、俺はひざまずかされたまま聞かされる羽目になった。


 話し合いといいながら一方的に垂れ流される講釈のさなか、昏倒させた男たちが順次意識を取り戻し、拘束された俺を見て突っかかってこようとした。

 だがスタンガン男に「脳震盪(のうしんとう)を起こしてるから下手に動くな、しばらくじっとしてろ」と(さと)されて、渋々ながらおとなしく引き下がっていく。素直に指示に従うあたり、この男がリーダー格なのだろうか。


 男たちはこちらをうかがいながらも、少し離れた所にそれぞれ腰を下ろす。体が本調子でない自覚はあるのだろう。顔をしかめて頭に手をやったり、気だるげに空を(あお)いだりしている。


 正直、助かったと内心で安堵する。

 引き起こされたときに足を動かしてみた感触からして、足錠のチェーンの長さは二十センチほどか。ずいぶんと短い。走るどころか歩行ができるかも怪しい。

 両腕だけならまだしも両足まで拘束されては、まさに手も足も出ない。


 通りから離れ、さらに脇道に入ったこのあたりは、廃屋が数軒取り壊されもせず残っているだけで、通り抜けもできない袋小路だ。往来で騒ぎを起こして通行人に通報でもされたら面倒だと、あえて人目のないここへ誘い込んだが、この状況ではそれが(あだ)になった。

 よほどこの付近に不案内な人間でもない限り、迷ってここまで入り込んでくることはほぼありえない。となれば、外部からの助けはまず期待できないだろう。


 さて、どうしたものか。


「とまぁそんなわけで、分家は二代続けて直系の血に交わる栄誉に(あずか)れずにいた。俺らの代こそはと期待されたものを、またもや清雅(せいが)さんの嫁が余計な口出しを――おい、聞いてるのか伽藍」

「ああ。聞いてる」


 どうにか活路を見出そうと思考を巡らせていたところへ水を向けられて、内心うんざりしつつも応じる。


 朱宮の言いたいことはつまり、こういうことだ。

 神門本家は直系の血筋に継承されることで成り立っている。

 後継者は基本的に『直系の女から生まれた男児』に限定され、直系の男の妻が産んだ子は実質的な父親が誰であるかにかかわらず、直系とは見なされない。性別に関係なく分家に養子に出されるのが通例だ。


 直系の女には生まれてすぐに目印と逃亡防止を目的とした処置を身体に施し、本家の屋敷内で徹底した監視と管理のもとで飼い、受胎可能になれば孕むまで分家の男たちをあてがい、確実に子を産ませてきた。


 これまで直系の男の妻は分家から選ばれることがほとんどで、直系の女が産む子も分家の誰かが父親となれた可能性が高かった。

 つまり分家の人間たちは、神門の直系の血に自分たちの血が受け継がれた()()()()()()ことを、この上ない栄誉ととらえている、らしい。


 ところが、だ。

 (じい)さんの代では、直系の女である妹の(もみじ)が交わったのは実兄の爺さんのみだった。

 椛は幼少期からひどく虚弱で、受胎可能な年ごろまで生きているかどうかすらが危ぶまれていた。複数の男たちを相手にできる体力など到底なく、じっさい十五になる前に、一人息子を産んでまもなく産褥死した。


 妹の死後、爺さんは娘をもうけるべく分家から妻を迎えたが、三度妻をかえていずれも子は()せなかった。

 爺さんの実子は妹が産んだ男児ひとりのみ。爺さんの代で『分家の血を受け継いだかもしれない子』は生まれなかった。


 分家は爺さんの息子に各々の娘たちの誰かを嫁にと望んだが、彼が妻に迎えたのは遠縁の伽藍の女だった。父の妹、俺にとっては叔母にあたる亜莉愛(ありあ)だ。


 双子の兄妹が生まれたことでひとまず後継は安泰と思われたが、花音(かのん)は死に、欠けた直系の女を新たに得る必要があった。

 出産後に不妊となった妻の代わりに彼が選んだのは、またしても遠縁のクロイツェルの女。

 つまり爺さんの息子の代でも、分家の血が直系に交わることはなかったのだ。


 神門に嫁ぐことは叔母本人にとってまったく不本意極まりないことだったが、分家にしてみれば『遠縁の女ごときに後継者の妻の座を奪われた』という不満のもととなった。

 そのうえさらにその女の意向で、花音ひいては天音の処遇をこれまでの直系の女とは大きく異なるものにされたとなれば。


 それでも天音の夫候補には、分家からの男三人が含まれている。今代こそ直系の血に分家が交われるのだと、募りに募った鬱屈がようやく晴らされるのだと、そう思い期待していた。ところが。


 天音が夫に選んだのは、遠縁の男。よりにもよって後継者の妻の座を強奪した憎々しい女の甥。この俺だった。


憤懣(ふんまん)やるかたないってのはまさしくこういう気持ちを言うんだろうよ。ええ? 伽藍」

「それは、まぁ、なんというか。ご愁傷様……?」


 正直どうでもいい。分家どもの憤懣など俺の知ったことではない。

 そもそも叔母が介入する前の神門は異常だった。今でさえ正常には程遠いが。(おきて)だかしきたりだか知らないが、男女平等・人権尊重が叫ばれる現代において、時代錯誤もはなはだしい。


 叔母は自ら望んだわけでもなく一方的に婚姻関係を結ばれ子を産むことを強要され、自身の人生を踏みにじられながらも、我が子たちの尊厳だけは守ろうと懸命に戦っただけだ。

 直系の女としての役目からは(のが)れられないにしても、せめて道具(もの)ではなく最低限ひとりの人間(ひと)として扱ってほしいと、そう願っただけだ。


「清雅さんの嫁が死んで(かえで)さんも亡くなった今、改変されたしきたりはすぐにでも元に戻すべきだと思うんだが、門叶(とかない)銀鏡(しろみ)をはじめとする数家が承服しない。かといって二代にわたってお預けを食らった直系の女に、分家(おれら)は最短でも三年はありつけないというのもな。そこで、だ。

 伽藍、天音の夫の座はてめェにくれてやってもいい。なんなら一番手も譲ってやる。天音が一人目を産むまでは俺たちふたりで。二人目はあいつらふたりが。共同して孕ませるってのはどうだ? うん?」

「……は」


 思わず苦笑が漏れる。

 さも名案を提示していると言わんばかりの得意げな朱宮の(つら)を、今すぐにでも原形をとどめないほど殴りつけ蹴り飛ばしてやりたい気分になる。体を拘束されていなければ迷わずそうしていただろう。


 気を落ち着けるために、俺はひとつ息をつく。


「それを呑んで、俺になんの益がある。見返りは」

「もちろん、あるに決まっているだろう」


 朱宮の口角が上がる。満面の笑みといえるその表情に、募る苛立ちを抑える。


「伽藍。てめェの身の安全。五体満足で、天音のもとに帰してやる」


 気づけば朱宮とスタンガン男だけでなく、いつの間にかこちらへやって来ていたほかの男たちに周りを取り囲まれていた。


 両手両足を拘束され、スタンガンを突き付けられた状態で。目の前には俺に恨みを抱いているだろう朱宮と、周囲に腕に覚えがありそうな男が四人。


 なるほど。完全に詰んだこの状況から五体満足で無事に帰してくださると、そういうことか。

 天音と引き換えに。


「……そうだな。最短で三年、場合によっては五年。待たされる身としては長すぎるってのは、よくわかる」


 俺の言葉に朱宮が大きくうなずく。俺が理解を示したと、そう思ったのだろう。期待をこめて笑いかけてくる朱宮に、俺も作り笑いを返す。


「大丈夫だ。おまえらが待つ必要はない。天音には俺の子を産ませる。一人目も、二人目もな。おまえらの出番は永遠に回ってこない。だから待たなくていい」


 朱宮の笑顔がいびつに固まるのを見届けて、俺はさらに口を開く。


「物覚えが悪いようだからもう一度言ってやるが。おまえらみたいな薄汚い野良犬が、今後指一本でも天音に触れられると思うな。この糞野郎」

「黙らせろ!」


 ふたたびの電撃に、体が跳ねる。

 来るだろうと予測はしていても到底耐えられるものではない。地面に横倒しになりながら、途方もない痛みと苦しさに悶えるしかない。


「てめェも大概、頭が悪いな伽藍。口の利き方に気をつけろと言っただろう。ただうなずけばいいだけのことを、たかが女ひとりのために痛い目を見るほうを取るとか、馬鹿なのか」


 馬鹿はおまえのほうだ。俺の身の安全? そんなものが交渉材料になると、なぜ思えるのか。

 三年前、天音をあんな目に遭わせておいて。天音に暴行を働いたおまえらみたいな下衆と、俺が手を組むことがあり得るなどと、なぜ思えるのだろう。


「おい、起こして顔を上げさせろ」


 朱宮の指示に、男たちの手が俺に伸びる。乱暴に起こされはしたものの、麻痺した体は膝をついた姿勢を保つこともできず、男たちにひどく手荒に顔だけを上げさせられた。

 男からスタンガンを受け取った朱宮が俺の前に腰を落とす。


「なぁ知ってるか。スタンガンの電撃ってのは、当てられた場所がちょっと火傷になるくらいで大した怪我はしないんだってよ。だけどさ」


 俺に見せつけるように、目の前で朱宮が何度か空中に放電してみせる。


「皮膚は火傷程度ですんでも、目玉にじかに当てたら、どうなるんだろうな?」

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― 新着の感想 ―
二回続けて凛人さん、ピンチですね……! 早く助けてあげて……! と叫んでしまいます。 続きの回で無事が確認できることを信じてます。 しかし、三人組は下衆ですね。警察に捕まりかねないことも、許されると思…
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