第14話 神門本家の屋敷にて
凛人視点です。
襖をいくつか取り払ってつくられた大広間に、神門の主要な分家の代表と関係者たち三十余名が集められていた。
門叶と、それに続いて俺が入室すると、小さなざわめきが起こる。居並ぶ面々には目を向けずに、ただ前だけを見据えて進む。
本来は風雅が座るべき中央の最上位の上座は空席のまま、その両脇の左側に門叶が、右側に俺が腰を下ろす。
「ご当主は?」
「風雅さんは、どちらに」
先代の喪が明け、新たな当主から正式な挨拶があるとでも思っていたのだろう。
風雅が姿を見せないことに戸惑ったのか、細波のようなざわめきの中から、門叶に当主の所在を問う声が出はじめる。それを門叶が、ひとつ手を打ち鳴らして黙らせた。
「急な招集にもかかわらずご足労いただきましたことにまずは御礼を。本日は皆様にふたつの件をお伝えするためこの場を設けました」
ごく簡潔に口上をすませた門叶が早々に切り出す。
「皆様ご覧のとおり、今代の当主となられた風雅さんはこの場にはおられません。風雅さんは失踪なさいました」
どよめきが起きる。腰を浮かせかける者もいた。少しの間をおいて、門叶が今度は二度手を打ち鳴らす。
「つきましては風雅さんが発見あるいは死亡が確認されるまでのあいだ、神門の運営は先代楓さんの方針に則り、分家筆頭の銀鏡家を主軸として門叶一門が補佐につき行なうこととなります」
事前に知らせてあったのか、四番目の上座に座していた銀鏡家の当主が軽く一礼をした。
「なお先代の遺言に従い、天音さん本人の意思により伽藍家の長男凛人さんを夫として婚姻が結ばれます。また風雅さんに一任されていた天音さんの監視および所有権は、本日より凛人さんに移譲されるものとします」
監視だの所有だの、相も変わらず道具扱いもはなはだしい。門叶も分家の手前そう言うしかなく、好きこのんでそんな言い方をしているわけではないのだろうが。
だがこんな場で俺ひとりが憤ってどうなるものでもない。銀鏡の当主に倣って、俺も黙って一礼しておく。
一方的に行なわれる報告に不満を覚えたのか、ふたたび場がざわめきかけるが、門叶が手を打とうとする動作を見せたことで静まる。
「質疑がおありの方は挙手をどうぞ」
さっそくといくつもの手が挙がり、門叶から発言の許可を得た男が咳払いののちに口を開いた。
「その。うちの倅は天音の、天音さんの夫候補のひとりでありましたが。そちらの伽藍氏は永続的に夫という立場に?」
天音を呼び捨てにした瞬間、門叶の視線に射抜かれるのを感じたのか、男が敬称をつけて言い直した。見た顔の男だとは思ったが、あの三人のうち誰かの父親だったのか。誰のだかまでは覚えていないが。
「先代の意向により、夫の選出に関しては天音さんに望みがあれば最優先とされるのはご承知の通り。ただし婚姻期間も取り決めの通り最長三年、子が生まれれば出産の日より二年延長。期間内に男児ひとり女児ひとりの誕生が見込めない場合には婚姻関係を解消していただくことになるかと」
「つまり、三年ないし五年以内に伽藍氏とのあいだに男女の子ができなければ、倅にも機会はあると?」
「そういうことになります」
男が安堵したような表情を見せる。懲りもせず息子に天音の次の夫の座を狙わせる気でいるのか。鬱陶しい。
それにしても、一人目が生まれるまでの猶予は三年か。
一般的には子づくりを目的とした性交を行なって、一年から二年で妊娠しない場合は不妊とされる。三年という長めの期間を与えられたことは幸いなのだろう。
神門にとって直系の女の夫というのは、子を孕ませる権利を独占する者、ただそれだけだ。それゆえに決められた期間のあいだに子ができなければ強制的に離婚させられ、別の男があてがわれる。婚前不妊検査で異常がなくとも、原因不明の不妊もありえるからだ。
つまり俺は、結婚から三年のあいだになにがなんでも天音に子を産ませなければならず、一子を得てもその後また二年以内に二人目をつくれなければ夫という立場を失うということか。
新婚気分を味わっているひまもなさそうだ。もっとも、天音がそんなものを望んでいるとも思えないが。
その後もさまざまな質疑応答が門叶と分家の面々とのあいだで行なわれていたが、俺はさして興味もなく、どこを注視するともなくその様子を眺めながら聞き流していた。
開始から一時間が経とうとしたころ、問答も途絶えたので解散となった。分家の面々が三々五々集まり、あるいは帰っていく。
俺も帰ろうと席を立つと、門叶に「伽藍さん、送ります。所用をすませますので南門にてお待ちを」と耳打ちされた。通りに出てタクシーでも拾おうかと思っていたが、厚意はありがたく受けておこう。うなずきを返して退室する。
南門へ続く小道を歩いていると、行く手に俺とそう歳の変わらない三人組の男たちの姿が見えた。天音を襲ったやつらだ。
面倒だなとため息をつきつつ、コートのポケットへと手を入れる。
「よーう伽藍の。ちっと顔貸してもらおうか」
無視して通り過ぎようとしたが、声をかけられ道をふさがれた。仕方なく足を止める。
「なにか用か」
「てめェはよお、風雅が失踪してすぐに天音に結婚を承諾させるとか、うまいことやりやがったな」
「風雅があの女を引き渡したら俺らで共有して孕ませて、金は山分けって協定ができてたんだよ。それを遠縁ごときが独り勝ちとか、ありえねェだろ」
誰の了承を得てそんなふざけた協定を結んでいるのか。なぜそんなものが通ると思えるのか、理解に苦しむ。
「大体よお、てめェは英国のお貴族様なんだろ? とっとと国に帰って子爵におさまってろよ」
「そうそう。出来のよろしいてめェなら簡単に爵位継げるんだろ? 向こうで好きなだけ金髪女はべらしてりゃいいだろうが」
「は?」
なにを言っているんだろう。爵位の継承に個人の能力の優劣など関係ない。継ぎたいと言って継げるものでも、継ぎたくないからと断れるものでもない。そもそも俺は貴族ではない。
祖父が子爵位にあったころは、父ならば儀礼称号として貴族を名乗れたのだろう。だが長兄である伯父が爵位を継いだあとはそうではなくなった。
俺は貴族出身の父を持つだけで、俺自身が貴族だったことは一度もない。
現子爵には三人の息子がいるし、次兄にも男児がいる。俺の爵位継承順位は長兄の三子、次兄、次兄の子、三男の父に次いで七位。
これは戦時などで後継者が次々に死亡するような事態にでもならなければ、まず順番が回ってくることはない位置だ。
だからこそ父は、長男の俺を神門に婿入りさせることをためらわなかったというのに。
そのあたりをかいつまんで説明してみるが、三人揃って困惑したような顔を見合わせている。どうも理解ができないようだ。
日本人には馴染みが薄いのだろうが、貴族や爵位継承の制度に詳しくないならそんなことをネタにからまないでほしい。
「と、とにかくよォ、あれだけご執心だった天音に、てめェがあれ以来ろくにかまわなくなってたことは知ってるんだぜ?」
「てめェみたいな男は、手垢のついた女とか嫌がりそうだしな」
「なあ、あの女、俺らで孕ましてやってもいいんだぜ?」
「なにしろ俺らは、天音とは一度そういう関係になった仲なんだし?」
ああ、ぐだぐだとなにを言いたいのかと思えば、そういうことか。
「なんだおまえら、要はあのときヤり損ねて天音に未練たらたらなのか」
苦笑まじりにそう言えば図星だったのか、へらへらとした笑いを引っ込めて揃って顔を引きつらせている。
「なぁ、そういう関係になったと言うが、おまえらがいつ天音と交われたって? それともなにか、まさか女殴って服剥げばそれで子どもができるなんて思ってるわけじゃないよな? 童貞じゃあるまいし」
三年前、こいつらはいざ事に及ぼうという段になって、誰が天音の初めての男になるかで揉めたのだ。
御巫から知らせを受けた爺さんが門叶をともなって踏み込んだとき、こいつらは気絶した天音を組み敷いた状態で言い争っている最中だったらしい。間抜けもいいところだが、おかげで天音の純潔は守られたのだから幸いと言うべきか。
だが未遂だからなんだというのか。こいつらの蛮行によって天音の心身がひどく傷つけられたことに変わりはない。
天音が俺相手にさえ怯えを見せるほどの恐怖を、こんな下劣なやつらに植え付けられたのかと思うと本当に腹が立つ。
俺も苦笑を引っ込め、三人をねめつける。
「おまえらみたいな薄汚い野良犬が、今後指一本でも天音に触れられると思うな」
風雅にはこいつらと揉め事を起こすなと言われ、門叶にも手を出すなと釘を刺されている。だがこれ以上は俺も堪えられそうにない。いつまでもこんなやつらの相手をしているのも馬鹿らしい。
そう思って一歩を踏み出したとき、三方を囲まれる。
「ほんッと、ムカつくんだよな、てめェはよお」
「いっつも風雅の陰に隠れてただけのクセしやがって、ホントは内心ビビりっぱなしなんだろ?」
「風雅がいない今、てめェを守ってくれるやつはいないんだぜ?」
「『指一本でも触れられると思うな』だ? 強がっちゃってまぁ、笑かす」
そういえば風雅は大学のころに、空手かなにかの大会で優勝したことがあった。俺はこいつらに、風雅の陰に隠れて守られていた弱者と見なされていたと、そういうわけか。
風雅に格闘技の手ほどきをしたのは俺なんだが。
「親父は数年待てとか言ってたけどよ、なにも待つ必要はないよなあ」
「あの女の所有権を持つてめェから、使用の許可を得りゃあいい話だろ」
「『天音を好きにしていい』。自発的に言うか、言わされるか、選ばせてやるよ」
三人が揃ってなにかを取り出す。
金属製と思われる四つのリングが連なったそれを、わざと俺に見せつけるようにしながら右手の指へとはめる。
武装して脅せば、我が身可愛さに天音を差し出すとでも思ったのか。俺もずいぶん軽く見られたものだ。
「一応教えておくが。日本ではそのメリケンサック? ナックルダスター? まぁいいや、それの携帯は軽犯罪法違反だからな」
ファッションとしての持ち歩きもスレスレだが、俺に加害する目的で所持しているならなおさらだ。というか、そういう物を見せびらかしてイキがるのは十代までにしておいてほしい。見ているこっちが恥ずかしくなる。
「つまりおまえらは風雅が怖くて俺には手を出せなかったと。だが俺も、風雅の顔を立てておまえらには手を出さないでやってたんだぜ?」
「なんだとォ!」
「なあもう、やっちまおうぜこいつ!」
「思い知れや!」
三人三様に殴りかかってくるが、大振りで隙だらけでまるでなってない。多少は武術の心得でもあるのかと思ったが、ちょっとした喧嘩の経験もろくになさそうだ。受け流すまでもなく半歩移動するだけで俺にはかすりもしない。
こんなド素人の動きでも三人で寄ってたかれば俺ひとり訳ないと見下されたのかと思うと、腹立ちを通り越して情けなくなる。
それでも、俺とさほど上背の変わらない大の男三人。こんなやつらに襲われて、小柄で華奢な天音にとっては途方もなく強大な暴力と恐怖だったに違いない。
天音が味わわされたものには遠く及ばないだろうが、いい加減こいつらにも、弱者が強者に一方的に暴行されることの恐ろしさというものをわからせてやろう。
門叶にはけっして手を出すなと言われた。それなら。
「手は、出さなきゃいいんだよな?」
俺はコートの裾を大きく払いのけ、踏み込むと同時に脚を蹴り上げた。




