八話 あなたがいい
「お手を」
「ありがとうございます」
煌びやかだけれどもどこか上品な馬車に乗り込んで、伯爵邸から去る。
家を出た時、「ご挨拶はよろしいのですか」と公爵に聞かれたけれど……。「見送りもいないのに、挨拶なんて必要ありますか?」と問いかけると、「ありませんね」と冷静に返された。
馬車に揺られて、窓の外を眺める。どんどん小さくなっていく伯爵邸を見て、なんだか清々しい気持ちになった。
ロザリーの捨て台詞は少し気になるけれど……。まぁ、その時はその時。受けて立つしかないわね。
そんなことを考えていると、ふと身体の正面から視線を感じて、私は公爵に向き直る。
「どうかされましたか?」
「いえ……あなたは私が思っているよりも、強い女性だなと思いまして」
「そう見えますか?」
「はい。離縁され、実家からはあのような扱いを受けながらも、泣き言一つ言わないものですから。夜会であなたを見かけた時は……もっと儚げな印象がありましたので」
「儚げ……ですか」
「例えるなら、未亡人のような……」
「ふふ、英雄を亡き者にしちゃだめですよ」
無表情でとんでもないことを言い出すものだから、思わず笑ってしまった。すると、公爵が少しだけ表情を崩して、意外そうに目を丸くした。
「……あなたは、そんな風に笑えるんですね」
「元夫と結婚していた時は、これが普通でした。今はもう、笑えないと思っていましたけれど……公爵閣下が真顔で面白いことを仰るから、つい」
「面白い……? そんなことを言われたのは、人生で初めてです」
「あら、初めてをいただけるなんて光栄です」
私の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げる公爵は、やっぱり少し不思議で、ちょっぴり面白い。
氷のように美しい髪がキラキラと輝いて、束になったまつ毛が瞬きの度に揺れている。薄く色付いた唇、通っている鼻筋、この人を創造する全てが美しい。
改めて、こんな美貌を持つ人間と結婚するのかと思うと、なんだか変な感じね。
「私の顔に、何か付いていますか?」
「……いえ。ですが……やはりあなたであれば、私じゃなくてもっと素晴らしい女性が他にいたのではと思っただけです」
「申し上げたでしょう。他の女性では意味がない。私は、あなたを選んだのです」
……セリフだけ聞くと、なんだか口説かれているみたいね。本当に、なんだか勿体ない気分になるわ。
私がふぅ、とため息を吐くと、公爵は背筋を伸ばしたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……あの夜会の時も思いましたが、あなたは自己評価が低い。確かに私は自分に興味がない女性を探していましたが、それだけではありません。あなたの領地経営の腕や勤勉さも買っているのです」
「そんな、私は何も……」
「ベルフォール侯爵が遠征に行く度、あなたが代理として領主と務めていたことは知っています。私は妻にするのなら、そのくらい優秀な女性の方が良い」
「…………ご存知だったのですね」
少し驚いた。思いつきで声をかけられたわけではなかったのか。
こんな風に褒められたのは、いつぶりだろう。アルフレッド様も、途中から私が仕事をするのを当たり前のように見て過ごしていたから……。
「……ありがとうございます」
「いえ。ですが、あなたが私に約束を持ちかけたように、私からも一つあなたに約束をさせてください」
「? なんですか?」
「私と結婚し、あなたが公爵夫人になるからには……エヴァンローズ公爵家の名にかけて、あなたを裏切らないと誓います。そして、あなたを全力で守ります。……もちろん、あなたの家族からも」
真剣な、眼差し。
きっと、他のご令嬢だったら勘違いしてしまっていたところだろう。そのくらい、誠実さに溢れていた。
「……わかりました、頼りにしています」
「えぇ。……公爵邸まではまだ少し時間がかかります。今はゆっくり眠っていてください」
冷たい声、だけれどもどこか穏やかなトーンでそう語りかけられて、私は素直に目を瞑った。
まだこの方がどんな方なのかはわからないけれど、きっとこの結婚は悪いものじゃない。
そんな予感がしていた。




