七話 不思議な人
公爵邸に持っていく荷物を纏め終わって、家を出る準備はすぐに整った。
そもそも私の荷物はほとんど捨てられてしまっていたから、持っていきたいものなんてほとんどないのだ。
侍女は誰一人手伝ってくれなかったけれど、荷物が少なすぎて私一人でも簡単に支度ができた。
最低限のお古のドレスと、本当のお母様の形見であるブローチ。これさえあれば、私には十分。
「準備ができたこと、伝えにいかなきゃ……」
そう思って立ち上がった瞬間、ガチャン!という大きな音を立てながら部屋の扉が開いた。
ロザリーだ。怒りの籠った瞳で私を見つめながら、私の許可も取らずにカツカツとヒールの音を響かせながら部屋へ入ってくる。
「お義姉様、なにか御用ですか? 私はこれから公爵邸に向かわなくてはならないのですが……」
私がそう問いかけると、ロザリーはギリ、と奥歯を噛み締めて私を睨みつけた。
「なんでいつもあんたが選ばれんのよ!! せっかくアルフレッド様に捨てられて惨めになったと思ったのに、今度はリュシアン様ですって!? どうせ汚い手でもつかったんでしょ、吐きなさいよ!!」
「使いませんわ、お義姉様でもあるまいし」
「っ、生意気な……!!!」
ロザリーが大きく手を振り上げる。とっさにギュッと目を瞑るが、思っていた衝撃は中々襲ってこない。
変だと思って目を開けると、そこにはエヴァンローズ公爵に手首を掴まれているロザリーの姿があった。
「こ、公爵閣下……?」
「そろそろかと思って迎えに来たのですが、向かっている途中で何やら叫び声が聞こえたもので……失礼を承知で入室させていただきました」
「は、離してくださいませ! これは誤解で、先にミレイユの方が私を侮辱したのです!!」
ロザリーは顔を一気に真っ青にしながら、慌てたように公爵へ言い訳を並べ立てた。
「そんな嘘を、私が信じるわけがないでしょう。手を離しても良いですが、その代わり、ミレイユ嬢に手を上げないと約束してください」
「……わかりました、もう出ていくわよ! だから、離して頂戴!」
「…………」
ロザリーがバタバタしながら訴えると、公爵は黙ってその手を離した。ロザリーの手首は真っ赤になっていて、余程強い力で掴まれていたことが窺える。
「……覚えてなさいよ、あんた達!」
ロザリーはそう吐き捨ててから、大きな足音を立てて部屋を出ていった。
公爵がいなかったら、今頃私の頬は真っ赤に腫れていたことだろう。そう思って公爵の顔を見ると、少し汗が首筋に浮かんでいる。もしかしたら、走ってきてくれたのかもしれない。相変わらず、表情には出ないけれど……。
「……公爵閣下、ありがとうございました」
「いえ……間に合ったようで良かったです。準備は終わりましたか」
「はい、おかげさまで」
「そうですか。では、行きましょう。馬車の準備も出来たようですので」
それから公爵は何事も無かったかのように、私のカバンを持って部屋から出て行ってしまったのだった。
「……不思議な人」
そう呟いた私の声は、心做しか少しだけ笑っているように聴こえた。




