六話 胸のすくような
____あの夜会の一週間後。
フローレンス伯爵家に届いたエヴァンローズ公爵家からの書状は、両親、そして義姉のロザリーを大いに驚かせた。
「なぜお前みたいな愚図があの公爵家から求婚されるんだ!?」
「あなた、きっとロザリーと間違えたのよ! ロザリーはまだ未婚で、ミレイユなんかよりよっぽど素晴らしい娘だもの」
「そ、そうよねお母様!」
……あぁ、本当に呆れてしまう。間違えているわけがないわ。だって、これは私と彼の間で直接結んだ契約なんだもの。
けれどそんなことを言ったところで、この人達が信じるわけないのはわかっている。というか、これまでの人生で散々わからせられているわ。
「書状によれば、なんと明日にエヴァンローズ公爵がお越しになるらしい。その際に、ロザリーのことを紹介しないとな」
「ありがとうお父様! あぁ、私公爵夫人になるのね! 今まで中々縁談がまとまらなかったのも、このためだったんだわ!」
「あなたみたいな娘を持てて、私も鼻が高いわ、ロザリー。……浮気されてノコノコ帰ってきた、誰かさんとは違ってね」
そう言って、三人は私の方を見てクスクスと笑う。もう、勝手にすればいい。
「明日が楽しみだなぁ? ミレイユ」
「……ええ、とても」
きっとこの人達は、本当に公爵が私とロザリーを間違えて求婚したと考えている。そんなわけがないのに。何を言っても聞かないでしょうから、何も言うつもりはないけれど。
だって、きっと明日になれば____
***
「間違えていません」
____エヴァンローズ公爵閣下なら、こう言うと思っていたもの。
「……は? いやいや、何かの間違いでしょう? あなたが求婚したかった本当の娘は、こちらのロザリーで……ほら、ロザリー! もう一度ご挨拶しなさい!」
「は、はい! フローレンス伯爵家の娘、ロザリーと申します。この度は結婚のお申し出、とても嬉しく……」
「ですから、あなたではないと申し上げているんです。私が求婚したのは、後ろで侍女のように控えている、もう一人の令嬢です」
公爵閣下がピシャリと言い放つと、ロザリーは顔を真っ赤に染め上げた。それから、勢いよく後ろへ振り返って私の顔をキッと睨む。
「ミレイユ嬢、こちらへ」
「はい」
何が起こっているのかわからないといった両親を無視して、私は公爵の前まで移動した。
すると、公爵はその場で跪いて……私の手の甲に柔らかな唇を落とす。
「ミレイユ嬢、私と結婚していただけませんか」
「えぇ、喜んで」
私がそう言ってニコリと微笑むと、ロザリーは我慢ならないといった様子で部屋を飛び出していった。
義母はワナワナと震え、父は呆然と立ち尽くしている。
まぁ、こんなの茶番なのだけれどね。実際私達の間に愛はないわけだし……。でも、これで父達も諦めがつくでしょう。公爵閣下の機転に救われたわ。
「あなたさえ良ければ、本日中に私の邸にお越しいただきたい。そのための手続きは早急に済ませましょう」
「え? わ、わかりました」
「では、準備をお願いいたします。その間に、私はフローレンス卿と契約をいたしますから」
そう言うと、彼は立ち上がって、父のもとまで行き……「よろしいですね?」と冷たい声で語りかけた。父はすっかり萎縮してしまって「も、もちろんでございます」と震えた声で答える。
私はその光景を横目に、部屋から静かに退出するのだった。
……少し、気持ちが軽くなったのは……気のせいじゃないわね、きっと。




