四話 お願い
「……やっぱり、来るんじゃなかったわ」
離縁したことで父から激昂され、「早急に婚約相手を探してこい」と出席させられた夜会。
けれど当然、私がアルフレッド様と離縁した話はもう出回っているわけで……。しかも、相手はこの国の英雄と呼ばれている大人気の侯爵様だったものだから、私の味方なんてどこにもいない。
それどころか、私が今まで聖女様とアルフレッド様の愛の障害になっていた……なんて風に言われているくらいよ。
私がグラスを手に取るたび、ヒールの音を鳴らすたび……クスクスという嘲笑が聴こえてくる。
「ねぇ、聞きまして? ミレイユ様ったら、アルフレッド様に呆気なく捨てられてしまった挙句、また新たな婚約者を探しているそうよ。当然、見つかっていないようだけれど」
「いい気味ね。ミレイユ様のせいで、今まで聖女様はお辛い想いをされていたんですもの」
……こんな状態で、相手なんて見つかるわけがないわ。父もそのくらいわかっているでしょうに。
そもそも今着ているドレスだって、義姉のお下がりのボロボロのものだもの。侯爵家から持ち出したドレスは、全部売り払われてしまったから、これくらいしか手立てがなかったのよね。
「……外に出ましょう」
テラスに出て夜風に当たれば、少しは心も落ち着くはずだわ。
この会場は悪意に満ちていて、逃げ場がないもの。
「……ふぅ。ようやく、息ができる……」
テラスに誰もいなくてよかった。ここにも貴婦人達がいたら馬鹿にされていたに違いないもの。
私はテラスの柵に背を預けて、ゆっくりと深呼吸をする。なんとなく上を見ると、夜空で輝く星が、嫌になる程綺麗だった。
「本当に、綺麗な星空ね……」
「あなたの方が美しいですよ、レディ」
____突然見知らぬ男性の声が飛んできて、私はバッと前を見る。
そこに立っていた人物に、私は驚きつつも作り笑顔で口を開いた。
「それは……身に余るお言葉ですわ。あなたも、そんな風に女性をお褒めになるのですね。……エヴァンローズ公爵閣下」
「私のことをご存知だったとは、光栄です」
「この国であなたのことを存じ上げない方などおりませんわ」
……そう、私に声をかけてきた男性____リュシアン・エヴァンローズ公爵閣下は、この国の三大貴族であるエヴァンローズ家の当主だ。
僅か二十五歳で爵位を継いだ聡明さと、この国で一番と呼ばれる美しい容姿で有名だった。
けれど、この方が有名なのはそれだけじゃない。
「……ところで、私に何か御用でしょうか?」
「用がなければいけませんか? ……誰だって、世間話くらいはするでしょう」
「失礼を承知で申し上げますと……公爵閣下は女性が……あまりお好きではないと伺っておりましたので」
そうなのである。エヴァンローズ公爵閣下は貴族女性から絶大な人気を誇っているが、女性との噂が流れたことは一度もない。それどころか、どんな美女に話しかけられようが氷のような態度であしらう「冷徹公爵」として知られていた。
あまりにも女性に興味を示さないので、不能なのでは……と噂されたこともあるほどだ。
そんな彼が、なぜ私なんかに話しかけてきたのか、全く持って意味がわからない。
それに、彼は私を口説くような台詞を吐きながら……一度だって、笑顔を見せてはいないのだ。
「別に、嫌いなわけではありませんよ。ただ、興味がないだけです」
「……そうなのですね。では、私はこれで……」
「お待ちください。まだ話は終わっていません」
「え? ……用がないのではなかったのですか?」
「大した用ではありませんよ。ただ、あなたにお願いしたいことがあるだけです」
それから、公爵閣下は表情を一切変えずに、私な淡々とこう告げた。
「レディ。私と結婚していただけませんか」




