三話 いっそ愛なんてしらなければ
『愛』というものを知らなかった私に、その輝きや喜びを教えてくれたのはアルフレッド様だった。
彼に相応しい侯爵夫人となれるよう、私はやる気のなかった淑女教育を熱心に受けた。
笑うことのなかった私が、アルフレッド様の前でなら笑えるようになった。
____私は……彼の、優しくて熱心で、真っ直ぐなところが大好きだった。食べることが好きで、少し拗ねやすくて、男らしい人。
私は彼のおかげで……誰かに愛されて、愛することの喜びを知った。
だから、五年前にアルフレッド様が戦へ出陣した時も……彼のことを信じて、笑顔で送り出した。「こっちのことは心配しないで」と。
そして三年前、見事勝利し『英雄』と呼ばれるようになった彼にプロポーズされ、私はミレイユ・ベルフォールになったのだ。
これで、フローレンス伯爵家という地獄から抜け出せる。そう思った。
実際、彼との結婚生活は楽しくて、幸せだった。けれど何度試しても子供はできなくて、彼の両親からも「跡継ぎをそろそろ……」と困ったように言われていた。
それでも、アルフレッド様はいつも言ってくれていたのだ。
「いざとなったら養子を迎えれば良い。でも俺は、ミレイユと一緒にいられるだけで十分幸せだよ」
馬鹿な私は、その言葉を信じていた。
***
その結果が、これだ。
本当に、馬鹿みたいね。
彼に離縁を突きつけられた私は、その日の夜に身支度を整えて馬車に乗り込み、翌日の早朝にフローレンス伯爵家へ戻ってきた。
いや、戻ってきてしまった……という方が正しいか。
三年前に邸に入って、久しぶりに両親の顔を見た。
彼らの第一声は、「どうしたの?」でも「久しぶりね」でもなく、「なぜお前がここに戻ってきたんだ!」という怒鳴り声だった。
「アルフレッド様の愛人である聖女様が、子供を授かったそうです。彼女を侯爵夫人に迎えたいからと、私とは離縁することになりました」
私がそう告げた瞬間。父は、机を力一杯叩いて、「ふざけるな!!」と真っ赤な顔で叫んだ。
義母にも義姉にも、散々嫌味を言われた。
「種が良くても、畑が悪いんじゃあ意味ないものね」
「結局あなたは誰からも必要とされていない」
「役立たずは役立たずのままなのね」
けれど、そんな罵声では、私の空っぽになった心を攻撃することなんてできない。
家族からの罵声よりも、離縁を受け入れた時のアルフレッド様の「ありがとう」という感謝の言葉の方が、何倍も何百倍も痛かった。
結局、両家話し合いのもと、私とアルフレッド様の離縁は成立した。
不貞行為による離縁をアルフレッド様が認めたため、結婚した際の持参金の返還と、離縁に対する補償金が支払われた。
お金なんて貰っても、何も嬉しくはなかったけれど。
そしてその場にも、シャルロット様のお姿はなかった。
全てが終わって、掃除のされていない自室で一人になった時。
私は「また一人になってしまった」という虚無感と、「どうして彼を信じて、愛してしまったのだろう」という後悔に襲われた。
結婚前の方が、まだ楽だった。あの時は、愛なんて知らなかったから。
けれど、今は……アルフレッド様に愛されて、「誰かを愛し愛される喜び」を知ってしまっている。
そのことが、私の心を酷く蝕んだ。
一体、私はいつから裏切られていたんだろう。私の何がダメだったんだろう。やっぱり私は、必要とされていないのだろうか。
そんなことを考えながら。
「……こんな気持ちになるくらいなら……最初から、愛されなければよかった」
それならば、こんな喪失感で胸が苦しくなることなんてなかったのに。
アルフレッド様との思い出を封印するように、私はとある決意をした。
____もう誰のことも愛さないし、誰の愛も受け取らない、と。
涙は、出なかった。




