二話 光だった
「はぁっ……はぁっ…………」
知らなかった。思いきり叫ぶのって、こんなに疲れるのね。
まぁ、私の叫びはベッドに吸い込まれてしまったから……実際には全く響いていないのだけれど。
「……馬鹿みたい」
……良き夫だと思っていた。誰が見ても仲の良い、周りから羨まれるような……そんな夫婦だと思っていた。
アルフレッド様は言い訳していたけれど、本当はいつから聖女様に惹かれていたのかしら。戦場を共に駆け抜けるうちに、信頼が愛へと変わっていったの?
本当のところはアルフレッド様にしかわからないけれど……私も私なりに、頑張っていたのにな。
アルフレッド様の心が今は聖女様にあるとしても、私達は確かに愛し合っていた時期もあったのだ。なんせ、婚約してからずっと一緒だったんだもの。
「……今となっては、懐かしいわね」
***
私がアルフレッド様……いえ、アルフレッド・ベルフォール次期侯爵と初めて会ったのは、今から十年前。私はまだ、11歳だった。
同世代の貴族の子とのお茶会……なんてのは名ばかりで、実際は両家の結び付きを強くするためのお見合いの場。
その頃の私は結婚に夢なんて全く見ていなくて……。それでも貴族の娘に生まれたからには、果たさなければならない義務だとわかっていたから、両親に言われるがまま出席した。
そこに私のお相手として現れたのが、当時十四歳のアルフレッド様だ。
「は、はじめまして! アルフレッド・ベルフォールです!」
私より歳上で爵位も上なのに、明らかに私より緊張していてカチコチで……元気なご挨拶も、とても貴族らしいものではなかった。
けれど…………。
「お初にお目にかかります、ミレイユ・フローレンスと申します」
「お、お姫様みたいだ……」
「ただの伯爵令嬢ですわ。……ですが、お褒めの言葉ありがとうございます」
「わ、笑った……!?」
「ふふ、私だって人間ですから」
……私はなんだかそんな彼に、すっかり毒気を抜かれてしまって。思えば、その時にはもう惹かれていたのかもしれない。
結局この日のお茶会は、私の人生で一番楽しい時間になった。彼となら結婚してもいいかもしれない……そんな風に思っていたのは私だけではなかったようで、私達はすぐに正式な婚約者となったのだ。
……こうしてアルフレッド様と無事婚約をしたわけであるが、その時人生で初めて、私は両親から褒められた。
両親といっても、私の本当の母は私を出産した直後に亡くなってしまったから、正確には義母と父だ。
母のことを愛していた父は、母が亡くなったのを私のせいだと事あるごとに罵った。
そして後妻として迎えられた義母には、私の一歳上の娘がいた。自分の娘にフローレンス伯爵家を継がせたかった義母は、私のことを酷く疎ましく思っていて……。
そんな経緯もあって、私はフローレンス伯爵家の『異物』として扱われていたのだ。
当然家に私の居場所なんてなかった。けれど、私が思いがけずアルフレッド様に気に入っていただけたものだから……「役立たずのお前が初めて役に立った」と両親は大いに喜んだのである。
私は、この家が嫌いだった。大嫌いだった。
だからこそ、アルフレッド様と過ごす時間は……本当に、宝石みたいにキラキラ輝いていた。
アルフレッド様は私にとって、一筋の光だったのだ。




