一話 裏切り
私、ミレイユ・ベルフォールは、三年前にベルフォール侯爵家に嫁いだ身だ。
夫であるアルフレッド様は、数年前の戦で国を救った英雄と呼ばれている。当然私もアルフレッド様のことを尊敬しているし、誰よりもお慕いしている。
私達は、辛い時は支え合って、嬉しい時は笑い合う……そんな理想の夫婦。
_____だと、思っていた。今、この時までは。
「ミレイユ。その……俺と、離縁してくれないか」
「…………すみません、アルフレッド様。今、なんと?」
いつものように朝の支度をして、朝食に向かおうとしていた時。
アルフレッド様が、「朝食の前に大事な話があるから、執務室へ来て欲しい」と侍女を通して伝えてきたのである。私は「そういえば、そろそろお義母様のお誕生日だし……生誕祭でも開くのかしら」なんて呑気なことを考えながら執務室の扉を開けた。
そして「何の御用ですか?」とお聞きして返ってきた言葉が、これである。
「だから……離縁を、したいんだ。君と……」
「……私、何かアルフレッド様の気に障ることをしてしまったのでしょうか?」
「いや、そういうわけではないんだが…………」
気まずそうに口籠もるアルフレッド様に、私は焦燥感を覚えながら机をバン!と叩く。
「ハッキリ言ってくださいませ!」
アルフレッド様はビクリと肩を揺らしてから、腕を組んで深く息を吐いたあと、ようやく口を開いた。
「…………子供が、できた」
「……………………は?」
「君ではない女性との間に、子供が出来てしまったんだ。だから……彼女を妻に迎えたいと思っている。ほら、俺たちの間には、跡継ぎとなる子がいないだろう……?」
「……意味が、わかりません……けれど…………」
……子供が出来た? 私以外の女性との間に? なぜ?
理解が追いつかない。手足から血の気が引いて、吐き気さえ込み上げてくる。
でも、ひとつだけハッキリしていることがある。
「…………私を、裏切っていたのですか?」
私がぽつりとそう呟くと、アルフレッド様は顔をくしゃりと歪ませながら勢いよく立ち上がった。
「裏切るなんて、そんなつもりじゃなかった! 酒とその場の勢いに流されて……」
「そんな生々しい話は聞きたくありません。……それで、お相手はどなたなのですか」
「………………聖女シャルロットだ」
聖女。
アルフレッド様と共に、戦場の最前線を走り抜けたという、あの。元平民ながら、純粋で可愛らしく、民に人気がある……。
「シャルロット様とアルフレッド様が出会われたのは、五年前でしたね……。その頃には、既に私と婚約しておりましたが」
「ち、ちがう! シャルロットとは、本当に今まではそんな関係じゃなかったんだ……! つい数ヶ月前、国王陛下に収集された時に再会して、それでつい話が盛り上がって……そのまま……」
「ですから、そんな話は聞きたくありませんわ」
ピシャリと、自分でも驚く程に冷たい声が出た。アルフレッド様がギクリとした表情で固まる。
「……それで、あなたはシャルロット様を愛してしまったと。そういうことでよろしいですか?」
「…………」
「………………こうなった以上はもう……何を言っても無駄なのでしょうね。わかりました。離縁を受け入れます。詳しい話は両家で集まってからにいたしましょう」
私がそう告げると、アルフレッド様はあからさまにホッとしたように表情を弛めた。わかりやすい人。
「話は終わりですか? でしたら、私は部屋に戻ります」
「ミレイユ、その……」
「なんですか?」
「……本当に、すまない。ありがとう」
「…………失礼します」
それから私は無心で廊下を歩いて、自室の扉を乱暴に開いた。そして、ベッドに思いっきり顔を埋めてから_____
「あ、あ……あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
____今までの人生では出したこともないような声で、思いきり叫んだのだった。




