二十三話 酒はのんでも
「…………!?」
____私、今キスされてる?
でも、昨日の夜は確かに、フリで誤魔化してくれるって約束したはずよね……。
頭がぐるぐるする。一体自分の身に何が起きているのかわからない。
私が呆然としていると、ゆっくりリュシアン様の唇が離れていった。呆然とする私と対照的に、リュシアン様は冷静な表情を____していると思ったのだけれど、なぜかリュシアン様も私同様、呆然としていた。一体何が起きたのかわからない、とでも言いたげな顔をしている。
「……私は、今なにを……」
ぽつりと呟くリュシアン様に、私は心の中で叫ぶ。
____それを聞きたいのは私の方よ!
***
……そこからの記憶は、正直言ってほとんどない。ただ、なんとか笑顔を保って式を乗り切り、披露宴では招待した貴族達に挨拶をして……。
無事に全てが終わって私も少し平静を取り戻した頃には、もうベッドの上で眠りにつこうとしていた。わけなのだけれど……。
「……寝られるわけがないわ」
もう、こうなったら直接聞きに行くしかない。こういう時の行動力はある方だもの。
私はゆったりとベッドから身体を起こして部屋を出てから、誰にも見つからないようにリュシアン様の部屋へ向かった。
リュシアン様の部屋からは扉から灯りが漏れていて、まだ起きているんだわと安堵する。
____コン、コン……
「リュシアン様、私です、ミレイユです……。入ってもよろしいですか……?」
「……どうぞ」
「失礼します……」
そろりと扉を開けて、リュシアン様の部屋に入る。
その直後、部屋中に漂うアルコールの香りが鼻腔を擽った。……お酒の匂い。
さりげなく部屋を見渡すと、テーブルの上に空っぽのワインとグラスが置いてあることに気づく。
そして、肝心のリュシアン様は……アルコールが回っているのだろう、真っ赤な顔でベッドに腰掛け、潤んだ瞳で私を見つめていた。
「……ミレイユ」
「あの、リュシアン様……私、お尋ねしたいことが……っ!?」
「ミレイユ、会いたかった……」
突然立ち上がったリュシアン様に強く抱き締められ、私は思わず固まってしまう。
式の最中と言い、この人はどうしてしまったの……?
「リュ、リュシアン……さま……? 酔っ払っていらっしゃるの……?」
「……ん……。多分、そうです……頭がふわふわする……」
「飲み過ぎですわ、普段お酒を嗜んでいる姿なんて見たことがないのに……一体どうしたのですか? それに……誓いのキスだって……」
私が恐る恐る尋ねると、リュシアン様はピクリと肩を揺らしてから……ゆっくりと、口を開いたようだった。吐息から、ほんのりアルコールの香りがする。
「……わからないんです、自分でも……なぜ、あんなことをしたのか。でもあの時は……あなたがあまりに美しかったから、身体が勝手に動いていて……」
「…………え?」
美しい?
でも、そんなこと、一言も……。
「…………あなたを知ったあの時から、私はずっと変なんです」
「あの時って……私に求婚してくださった夜会の……?」
「違います、もっと前……あなたがまだ、ベルフォール侯爵夫人だった頃……夜会で、あなたの姿を見ました」
「え? でも私たち、初対面だったはずでは……」
「……話したことは、ないです。でも私は、あの男の隣で幸せそうに笑うあなたを、遠くから見ていた。……私に近寄る、権力や外見目当ての女性と違って……あの男を見つめるあなたは、ただひたすらに夫を愛していることが伝わってきて、幸せそうで……。それこそ、私なんて目に入らないくらいに……」
「………………」
素直に、驚いた。
リュシアン様……いえ、エヴァンローズ公爵ともあろう方が、私なんかを一方的に知っていた、なんて……。リュシアン様の言う通り、私はまだその頃は……アルフレッド様のことしか見ていなかったから、全く気付いていなかった。
リュシアン様が、ぽつりぽつりと言葉を続ける。
「……羨ましいと、おもったんです。幸せそうなあなたを見かけるたび、すこしだけ苦しくて……。でも、同時に同じくらい私も幸せで……遠くから見ているだけでいいと、おもって、いたのに……」
「………………」
「あなたが離縁されたと知って、つい、声をかけてしまった……。自分でも、もうよくわかりません。あなたを一目見たときから、私はどこか、ずっとおかしい……」
「それ……は…………」
リュシアン様の腕の力が強くなる。私は何か言おうとしたけれど、何も言えなかった。
「キスなんて、するつもりじゃなかった……あなたとの約束はすべて、ちゃんと守るつもりでした、宝物みたいに……。あいされなくても、よかったんです……」
「……リュシアン、さま……」
「…………私は、あなたの側にいると、胸が苦しくて……けれど、あなたに前より近付いてしまった今、あなたがいない未来を考えると、もっと胸が酷く痛むんです……」
……そう話すリュシアン様は、まるで神に向かって懺悔をしているようで……。
私はただ、名前を呼んで……リュシアン様の言葉を聞くことしか、できない。
「……こんな感情は、うまれてからはじめてで、わからないんです。ミレイユ、私を救えるのはあなたしかいません……。だから、私を救ってください、ミレイユ……」
ドクン、ドクンという心音を聴きながら、私は息を呑んだ。
ここまで、聞いてしまったら、鈍い私でもわかってしまう。
きっと、この人は、私のことを…………。
「……リュシアン様、疲れているんです。もう、寝ましょう」
「あなたが一緒に寝てくれるなら……寝ます。今日だけでいいので、そばにいてください」
「…………わかりました、隣に寝ますから……。今日だけですよ」
私はリュシアン様の手を引いて、ベッドにリュシアン様を転がした。すると、今度は私がリュシアン様に手を引かれて、ベッドに倒れ込む。
そしてそのまま……私はリュシアン様の腕に閉じ込められて、二人同じベッドに沈んだ。
____しばらく経って、リュシアン様から穏やかな吐息が聴こえるようになった。
きっと、疲れているのは本当だったのだろう。
けれど私は、ずっと考えていた。リュシアン様と初めて会った時のこと、契約のこと、アルフレッド様のこと…………。
けれどこの人は、気付いていないのだ。私のことを……愛してしまっていることに。
なら、私はどうしよう。
「……このまま眠って、朝起きたら……聞いたこと全部、忘れてしまっていればいいのにな……」
そんな願いが叶わないことは、知っているけれど。
私はリュシアン様とアルコールの香りに包まれながら、浅い眠りについたのだった。




