二十四話 なにも知らない
ゆっくり浮上する意識。
いつもの朝とは少し違う匂い、軽やかな鳥の鳴き声、夜が明けたばかりの青白い朝日。
「……早く目が覚めちゃった」
いつもなら、まだ夢の中にいる時間だ。でも、今日に限っては目が覚めてしまうのも致し方ないと言えるだろう。
上半身を起こして、チラリと隣を見る。
そこには、まるで絵画のような寝顔で呼吸をするリュシアン様の姿があった。……この人は、昨日のことを覚えているのだろうか?
酔っていた彼は爆睡していたけれど、私は結局上手く眠ることが出来なかった。当たり前である。
まぁ起きてしまったものは仕方ないので伸びをしていると、隣でもぞ……と毛布が動いた。
それからリュシアン様はゆっくりと瞼を持ち上げてから、私の姿を見て硬直する。
「おはようございます、リュシアン様。すみません、起こしてしまいましたか?」
「……え、いや……え?」
「リュシアン様?」
「……すみません、あの、昨夜の記憶がなくて……なぜ、あなたがここに……」
「あら、覚えていらっしゃらないのですか?」
「……はい」
都合が良いわ、と思った。
どう考えても、覚えられている方が気まずいもの。けれどこうなれば、私がやることはただ一つ____
「ふふ、昨夜のリュシアン様はとても酔ってらして……介抱させていただいただけですわ。私も部屋に戻るつもりが、眠くなってしまって……ベッドをお借りしました」
「…………そうですか。なにか、変なことをしたり言っていたりしませんでしたか」
「はい、至って普通のリュシアン様でしたわ。……安心してください、私達の間には、何もありませんでした」
____昨日の夜を、なかったことにする。それだけよ。
私が答えると、リュシアン様はあからさまにほっとした表情になってから、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と呟いた。私は「とんでもないです」と笑って返事をする。
「では、私はこれで。部屋に戻ります」
貼り付けた笑顔でそう告げてから、リュシアン様の部屋を出る。そのまま廊下を早足で歩いて、自室に着いた瞬間……ドッと疲労が押し寄せてきた。
私は勢いでベッドに寝転がって、長い息を吐き出す。……とにかく、疲れたわ。
「…………これからどうしよう」
昨夜知ってしまった、リュシアン様の想い。彼が自分でも気付かないうちに、私のことを……想っているなんて、考えたこともなかった。けれど、そうだとしたら……これまでの言動にも、少し納得がいく。
……私の「愛さない」という契約に頷いたのは、彼が自分の気持ちを自覚していないから。けれど、もしその気持ちに気付いてしまった時……リュシアン様は一体、どうするんだろう。何事もなかったかのように振る舞うのだろうか。
……知りたくなかったな。
リュシアン様の隣が……居心地が良いと思い始めた矢先に、とんでもない爆弾を抱えてしまった。
きっと普通の令嬢なら、あのリュシアン様から想いを寄せられていると知れば、喜ぶのでしょうけれど。悲しいことに、愛されることにトラウマを持ってしまった私からすれば、愛されることのない契約妻の方が余程楽だった。
「気まずいわね……」
そう、気まずいのだ。言い方を変えると、困る。リュシアン様が秘めていた想いを、知りたくなんてなかった。
けれど仕事は待ってはくれないし、何よりリュシアン様は昨夜のことを何も覚えていない。私にとってとても都合が良かった。
それなら、私もさっさと忘れて何もなかったことにすればいい。すればいいのに。
____昨夜のリュシアン様の姿が脳裏に焼き付いて離れないのは、どうしてなのかしら。




