二十一話 前夜
_____それからというものの、私はリュシアン様の顔を見るのがなんとなく……気まずくなってしまって。
いえ、もちろん看病のお礼とか、結婚式の打ち合わせとか、仕事だとか……そういうものは不自然に思われないようこなしたけれど。でも、それ以外の時はなるべくリュシアン様と顔を合わせないよう、アンナと行動を共にしていた。
……かといって、それで私達の関係が劇的に変わるわけでもなく。なんともいえない微妙な距離感のまま時間が経ち、気付けば結婚式の前夜になっていた。
いつも通り……いえ、いつも以上に気合いが入った侍女達に身体をピカピカに磨き上げられて、あとは明日に備えて眠るだけ。
暗い部屋の中で、ゆっくりと目を瞑る。
まさか人生で二回も結婚式を挙げることになるなんて、思ってもみなかった。……良い意味でも、悪い意味でも。
アルフレッド様に離縁されるだなんて考えたことなかったし、その直後にリュシアン様に求婚されるなんて思っていなかったもの。
二週間前は「二回目だしそんなに緊張しないわよね」なんて考えていたけれど、全然嘘だったわ。目が冴えてよく眠れない。
どうせ眠れないのなら、明日の流れでも振り返ってみようかしら……。
まず先にリュシアン様が入場なさって、その後に私も……あまり気は進まないけれど、父にエスコートされながら入場。
神父による進行で誓いの言葉を口にして、指輪を交換して、それでベールを上げてもらってから、誓いの……キスを…………!?
「わ、忘れてた、誓いのキスがあるんだったわ!」
_____契約結婚なのに!? こんなに気まずいのに!?
「……こうしちゃいられないわ」
私はベッドから勢いよく立ち上がってから、部屋の扉をそっ……と開けた。
それから足音が響かないようにゆっくり廊下を歩いて、目的の場所……リュシアン様の部屋の前で立ち止まる。
____コン、コン、コン……。
「あの、ミレイユです。入ってもよろしいですか……?」
小さな声でそう尋ねると、部屋の中からガシャン!という音が響いた後、少し経ってから「……どうぞ」という返事が聞こえてきた。
「失礼します……。あの、さっきの音は……?」
「……少し手を滑らせて、コップを落としただけですので、気になさらず」
「え!? だ、大丈夫ですか?」
「片付けたので問題ありません。……それより、あなたの格好の方が、大丈夫ではないと思いますが」
「え?」
リュシアン様に言われて自分の服装を確認すると……薄いネグリジェ一枚で、何も羽織っていないことに漸く気付く。
「す、すみません! その、慌てて来てしまったものですから……」
「とりあえず、これでも羽織ってください。今のままだと……正直、目に毒です」
「ど、毒……!?」
そ、そんなに私の薄着は見るに耐えないということかしら……。まぁ、リュシアン様は女性に興味がないんだもの。私なんかのネグリジェ姿なんて、見たくなかったわよね……。
「それで、こんな夜更けに何か御用ですか」
「あ、えっと……明日のことで確認したいことがあって。その、誓いの……キスのことなのですが」
「はい」
「……フリで誤魔化していただくことって、できますか?」
「なぜですか」
「え? それは……契約結婚ですし、愛がないのにキスをするのは……女性に興味がないリュシアン様にとっても苦痛でしょう?」
私がそう尋ねると、リュシアン様は一瞬押し黙ってから、小さな声で「わかりました」と了承してくれた。
よかった、これで気まずい思いをしなくて済むわ……!
「ありがとうございます! では、明日は良い日になるよう、頑張りましょうね。おやすみなさいませ」
「……よく、おやすみください」
「リュシアン様こそ。では、失礼します」
……こうして、私の悩み事はすっかり解消された。そのおかげか、部屋に戻って目を瞑ったあとは、先程とは違って驚くほど早く眠りについたのだった。
____まさか明日、あんなことが起こるなんて……夢にも思わずに。




