十九話 キラキラ
「はぁ……」
馬車の扉が閉まった瞬間、思わず深いため息が出た。安堵からなのか、ストレスなのかはもうよくわからない。
「すみません、一人にさせてしまったせいであんなことになってしまって。嫌な思いをしたでしょう」
「……いえ、助けてくださって本当にありがとうございます。リュシアン様が来てくださって、とても安心しました」
「それなら、良かったです」
こんな時でも、リュシアン様の表情が大きく変わることはない。でも、少しだけ目を細めて、眉間に皺を寄せている。……怒っているのだわ。
私が、あんな風に隙を見せたから……。周りから見たらただの不貞現場だし、公爵夫人に相応しくない行動になってしまった。
「私こそ、ごめんなさい……。私はリュシアン様の妻なのに、アルフレッド様にあんな……接触を許してしまって。怒っていますよね」
「……私が怒りを向けているのはあなたではなく、あの男に対してです」
「え…………?」
「今度は必ずあなたを守ります。同じことが起きないよう……。そういう契約ですから」
……あぁ、そうだわ。この人は、そういう人だった。
ただの契約結婚なのに、ちゃんと約束を守ろうとしてくださっている。本当に、誠実な方なのね。
私はリュシアン様の手を取って、ぎゅっと握りしめながら……ゆっくり口を開いた。
「……私、本当に嬉しかったんです。リュシアン様が抱き寄せてくださった瞬間、すごくほっとして……だから、ありがとうございました」
そう告げながら、私は心からの笑みをリュシアン様に向ける。するとリュシアン様は、フイと目を逸らしてから、「それなら、良かったです」と小さく呟いた。夕陽に照らされて、耳たぶが赤く染まっている。
「……隣に座ってもいいですか」
「え? はい、大丈夫です」
「失礼します。……窓の方を向いていただけないでしょうか」
……よくわからないけれど、リュシアン様に言われるがまま、私はリュシアン様から顔を背けて窓を見る。すると、首筋にヒヤリとした冷たいものが触れてドキっとした。
「な、なにを……」
「……できました。下を向いていただけますか」
「え? は、はい……」
ゆっくりと下を見ると、胸元で青紫色の美しい石が……キラキラと、輝いていた。
____これは、私がジュエリーショップで眺めていた、あのペンダント……?
「……あなたが店主の申し出を断った時、このペンダントを見ていたことに気付いたので。あなたに先に店を出てもらって、こっそり購入したんです。そのせいで、あなたを一人にさせてしまいましたが……」
「すごく……嬉しいです。これ、なんて宝石なんですか……?」
「タンザナイトです。あなたの瞳によく似ていて、本当に美しいです。ブローチとも合っていますよ」
そう言ったリュシアン様の瞳はすごく優しくて____口角が、少しだけ上がっていた。
「……私、リュシアン様の笑顔、初めて見ました」
「笑っていた? 私がですか?」
リュシアン様は私の言葉に驚いていたようだったが、確かにリュシアン様は笑っていた。国中の人が見惚れてしまうような、美しく優しい表情で……。
「はい。とても素敵ですわ。それに、ペンダントも……ありがとうございます」
「気に入ってくださったのなら……良かったです」
「はい。宝物にしますわ」
…………胸が温かくなる。さっきまで、指が震えていたのが嘘みたい。
なんだか顔が熱い。胸も苦しくて、動悸がしてきた。
……頭も、ふらふらして、目眩がする。
「……ミレイユ?」
なんだか力が入らない。意識がゆっくりと遠のいていって……。
「ミレイユ!」
_____私は、ゆっくりとリュシアン様の胸に倒れ込んだのだった。




