十八話 信じられない
「ミレイユ、ミレイユだよな!? 会いたかった……!」
「……アルフレッド様……?」
信じられない。
どうしてあなたがここにいるの。
どうして、あなたの妻だった時の温度で、私の名前を呼ぶの。
どうして、あんな仕打ちをしておいて「会いたかった」なんて言葉を吐けるの。
「そうだよ、俺だ! こんなところで会えるなんて……」
「……私たちはもう夫婦でもなんでもないのですから、用がないのでしたらこれで失礼します」
「待ってくれ! ミレイユに会えたら、お願いしたいことがあったんだ」
まるで私たちの間になんでもなかったかのように、アルフレッド様が嬉しそうに私を呼び止める。
すると、真新しいピンク色のドレスを身に纏った栗毛の女性が、パタパタと私たちのもとに走り寄ってきた。
「アルフレッド~! どうしたの、いきなり走り出して……。あれ? その方は……」
「あぁ、悪かったなシャルロット。実は、ミレイユを見かけたからつい話しかけてしまって」
「わぁ! あなたがミレイユさんね! はじめまして!」
……この子が、聖女シャルロット。今まで遠目でしか見たことがなかったから、はじめて近くで顔を見た。大きな瞳にくるくるの髪、小さな口に華奢な身体……。素朴ながら、可愛らしく、民衆から人気があるのも理解ができた。
まだお腹は目立っていないけれど、この子が、アルフレッド様との子を……。
____というか、今この子、私のことを「ミレイユさん」って言った……?
「シャルロット、紹介するよ。彼女がフローレンス伯爵令嬢のミレイユ。伯爵令嬢だから、ちゃんと様を付けないとだめだぞ」
「あ、ごめんねアルフレッド……つい、平民だった時の癖で……」
「ははっ、もうお前は侯爵夫人なんだからしっかりしろよ?」
……私、何をみせつけられているのかしら。というか、侯爵夫人ということは……。
「ご結婚されたのですね。おめでとうございます。ですが、私はもうフローレンス伯爵令嬢じゃなくて、」
「え!? まさか廃嫡されちゃったの……?」
「まさか、俺のせいか……!? でも、それならむしろ都合がよかった! ミレイユ、シャルロットの侍女兼教育係になってくれないか?」
「…………は……」
何を、仰っているの。
シャルロット様との不貞が原因で離縁したのに、私にシャルロット様の教育係……それどころか、侍女になれですって……?
「申し訳ありませんが、私はもう……」
「ミレイユ、まさかまだ俺のことを……? 本当に、すまなかった、傷つけたよな。そうだ、なら愛人としてでもいい。とにかく、ミレイユの力が必要なんだ。領地経営が今大変なことになってて……」
「いえ、ですから、私は……」
「……ミレイユ! この通りだ!」
「ひっ……!?」
アルフレッド様が、急に私のことを抱き締めてきた。一瞬で鳥肌が立つ。
この人って、こんなに人の話を聞かない人だった?
「やめて、離してください!」
「どうしてだ!? いつもこうすると喜んでくれていただろ!?」
「いつの話をしているのですか!!」
アルフレッド様を突き放そうとするけれど、力が強くてびくりともしない。そうだわ、この人、英雄なんだった。
どうしよう、誰も助けてくれないし……周囲の目が気になって仕方ない。
吐き気がする、気持ち悪い。
____その瞬間、ぐい、と後ろから腰を抱き寄せられる。アルフレッド様が驚いたように腕の力を緩めて、私はその人の腕にすっぽりと収まった。
「あの、私の妻になにか」
「……つ、妻……!? 誰だ、お前は!?」
「人に名を訊ねるときは、まず自分の名前から名乗るべきでは」
「お、俺はベルフォール侯爵家のアルフレッド・ベルフォールだ。お前は……」
「……リュシアン……様……」
私がぽつりと、私を助けてくれた男性____旦那様であるリュシアン様の名前を呼ぶ。すると、アルフレッド様はようやく目の前の男性があのエヴァンローズ公爵家の当主であることに気付いたらしい。
……この国の三大貴族の顔も覚えていないなんて、本当にこの人は……。
「私はエヴァンローズ公爵家当主のリュシアン・エヴァンローズです。そしてあなたが先ほどベタベタと触っていた女性は、私の妻であるミレイユ・エヴァンローズなんですよ。ご理解いただけましたか」
「ミレイユ……結婚、してたのか……!?」
……さっきから何度もそう言おうとしていたのに、遮っていたのはそっちじゃない。
リュシアン様のおかげでようやく落ち着いた私は、アルフレッド様の顔を見ながらハッキリ言い放つ。
「はい。今の私はフローレンス伯爵令嬢ではなく、エヴァンローズ公爵夫人です。なので、馴れ馴れしくミレイユと呼ぶのは控えていただけますか。……シャルロット様……いえ、侯爵夫人もです」
「な、な……!」
アルフレッド様は「信じられない」といった表情で口をパクパクさせて、シャルロット様は顔を真っ赤にして俯いている。
「馬車に戻りましょう、ミレイユ」
「はい、リュシアン様。……では、さようなら、ベルフォール侯爵」
そう告げて、私はリュシアン様に腰を抱かれたまま歩き……エヴァンローズ公爵家の馬車へ乗り込んだのだった。




