十六話 初デート
私の人生初のデートは、アルフレッド様と婚約してから三年が経った頃。
私が十四歳、アルフレッド様が十七歳の時だった。
あの頃の私は、とにかくアルフレッド様のことが大好きで。まさに恋に恋する乙女の状態だったことを覚えている。
アルフレッド様が馬車でフローレンス伯爵家まで迎えに来てくださって、ぎこちないエスコートにちょっと笑いながら馬車に乗った。
それから、レストランで食事をして、ジュエリーショップに行ったのよね。私はその頃ジュエリーなんてろくに持っていなかったから、本当に楽しくて。キョロキョロ落ち着かない私に、アルフレッド様は「俺の好みはこのルビーだな」と言いながら、アルフレッド様の瞳によく似た大きなルビーのネックレスをプレゼントしてくれたんだっけ。
……あの頃は、幸せだったんだわ。まぁ、結局そのネックレスは、ロザリーに奪われてしまったんだけど……。
でも、アルフレッド様は私がそのルビーのネックレスをつけていないことを指摘してきたことは一度もなくって。当時は優しさからだと思っていたけれど、大人になった今では、多分本当に気付いていない……というか、忘れていたんだろうなぁ、なんて思う。
***
「……懐かしいわね」
別に、思い出したくはなかったけれど。
自嘲するようにそれだけ呟いて、私はリュシアン様の部屋の扉をノックした。
「リュシアン様、ミレイユです。準備が整いましたので参りました」
そう声をかけた直後、ガチャ!と勢いよくドアノブが捻られて、扉が開く。
……もしかして、リュシアン様……扉の前で待機されていたのかしら……?
「遅くなりすみません。お待たせしてしまいましたよね」
「いえ、私も今準備が終わったところですので。では、馬車の準備も整っていますので、行きましょう」
「はい」
そうして外に出ると、門の前には、私が公爵邸に初めて来た時と同じ馬車が待機してあった。
「お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
……初めて出掛けるのに、なんてスマートなエスコートなのかしら。あの時のアルフレッド様とは全然、違う…………いや、私ったら何を考えているの?
元夫と今の旦那様を比較するなんて、失礼にも程があるわ。
「……どうかしましたか」
「いいえ! なんでもございません」
「それならいいですが……」
余計な思考を振り切るように慌てて馬車に乗り込むと、ゆっくりと馬が走り始める。
正面に座っているリュシアン様のお姿をよく見ると……なんだか、珍しい格好をされていた。
「リュシアン様はいつもシンプルな格好をされている印象だったのですが、紫色の刺繍もよくお似合いになるのですね」
「……服を選ぶ時、なんだか、あなたの瞳を思い出したので」
「え? あ、あぁ、確かに……私の瞳は紫ですが……」
「そういうあなたも、いつもより装飾が豪華なドレスを着ているのですね」
「……せっかくの、お出掛けですもの。空色の生地がとても綺麗ですよね」
私がそう答えると、リュシアン様は少しだけ目を細めてから、「私の髪や瞳の色と、よく似ていますね」と呟いた。
「えぇ、リュシアン様と並んでも違和感のないようにドレスを選んだのです。……アンナが」
「あなたが選んだわけではないのですか」
「……すみません、アンナです」
「……アンナですか」
「はい……」
……馬車の中に、沈黙が流れる。
心做しか、なんだかシュンとしてらっしゃるような……。いや、まさか気のせいよね。
とにかく、この空気は気まずすぎる。話題を変えなければ……!
「で、ですが! このブローチは自分で選んだのですよ。パープルサファイアのブローチで……亡くなった母の形見なんです」
「よくお似合いですよ。あなたの瞳に似て、とても美しいです」
「!? あ、ありがとう……ござい……ます……?」
……この方って、こんな風にサラッと女性を口説くのね。いや、女性に興味がないんじゃなかったの?
いや、考えるのはやめましょう。今日は挙式のためのジュエリーを買いに来ただけ。それだけなのだから!
ギィ……と馬車が止まる。
リュシアン様が窓の外を眺めながら、「着いたようですね」と口にした。
「店に入りましょう。お手を」
「えぇ、ありがとうございます」
____どうか、この動揺がバレていませんように……。
そんなことを考えながら、私とリュシアン様は二人並んで、外装が豪華なジュエリーショップに入店するのだった。




