表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/24

十三話 良い契約

 窓から差し込む朝日で、自然と目を覚ます。

 上半身をゆっくりと起こして息を思いっきり吸ってから、大きく伸びをして息を吐いた。


 公爵邸のベッドは本当に上質で、今までの人生で一番よく眠れた。


 _____コン、コン。


「おはようございます。朝のお支度のお時間でございます」

「おはよう。入っていいわ」


 丁度良いタイミングで、私の専属侍女となったアンナが部屋に入ってくる。


「今日はどのような装いになさいますか?」


 アンナからそう問いかけられて、私は迷いなく答えた。


「動きやすいコーディネートをお願いできるかしら。今日は、大事な初仕事の日だから」


 ***


 昨日リュシアン様に丁寧に案内していただいたこともあって、執務室まで迷わず来ることが出来た。


 シンプルだけれど上品で、重厚感のある扉の前に立って、深呼吸をする。ベルフォール侯爵家では、執務室は私のテリトリーだった。けれど、ここはリュシアン様のテリトリー。

 でも大丈夫、私は私で、出来ることをやるだけよ。


 ____コン、コン、コン……。


「リュシアン様、ミレイユです」

「どうぞ」

「失礼します」


 自分の手で扉を開いて、慎重に足を踏み入れた。


 整理された書類の束、独特な紙とインクの匂い、時を刻む時計の針の音……。

 ____仕事が出来る人の部屋だわ、というのが一目でわかった。


「お待ちしておりました。ミレイユ、あなたにはまず、この帳簿の確認をお願いします。終わったら声をかけてください。そちらの席にどうぞ」

「はい! ……リュシアン様しかいらっしゃらないのですか?」

「いつもはもっと人がいますよ。ただ、今の期間は挙式の準備を優先させているので。では、私は作業に戻ります」

「あぁ、なるほど……。わかりました」


 シン……と静まった執務室の中で、紙を捲る音やペン先がカリカリと走る音が響いて、心地良い。

 ……それにしても、よく纏まっている帳簿だわ。でも、ちゃんと見ると所々にミスがある。

 せっかくだから、私の方で修正しちゃいましょうか。


 それにしても、やっぱり久々の仕事は楽しいし、嬉しい。生きている心地がするもの。……書類を前にこんなことを考えている私は、きっと可愛げのない公爵夫人なのだろうけれど。


 ***


「終わりました」

「……もう、ですか?」

「? はい、そんなに量もありませんでしたし……。あ、所々数値に間違いがありましたので、纏め直したものがこちらになります」

「…………資料まで、作ってくださったんですね。拝見します」


 リュシアン様が、パラパラと私が纏めた資料を食い入るように見ている。それから、「これは……」と口に手を当てて考え込んでしまった。


「……あの、やっぱり出過ぎた真似でしたよね、すみません」

「いえ、素晴らしいです。あなたが領地を任されていることは知っていましたが……正直、想定以上でした。……あなたは、侯爵家でもこんな仕事を?」

「そうですね、というか、私が責任者だったので……」

「そうですか。では、次は、こちらの帳簿を確認いただけますか? つい先日、執事長が「数字が合わない」と嘆いていたもので」


 そう言って、リュシアン様が私に帳簿を差し出す。……執事長でもわからなかった異変が、私なんかにわかるのかしら?


「……あなたなら、できますよ」


 リュシアン様が、小さく呟く。顔に不安が出てしまっていたのだろう。

 でも、ここまできたいされてしまったら、不安よりも、正直____


「ありがとうございます。むしろ……燃えますわ」


 ____やる気しか、湧かないわよね。


 私はその場で帳簿をパラパラと捲る。自慢じゃないけど、私の特技は速読だ。これは、幼い頃に私が読んでいる本をロザリーが「早く貸して頂戴!」と必ず奪ってくるものだから、奪われる前に読み終わるために身についた特技だ。


 資料の数は多いけれど……絶対に、見つけてみせるわよ。


 ***


「…………わかりました。ここですね。小麦の仕入額が今年から変わっているせいで、ズレが生じているのだと思います」

「………………本当に、ベルフォール侯爵は勿体ないことをしましたね」

「え?」

「いえ……私は、良い契約をしたのだなと、改めて実感しただけです。ミレイユ、これからあなたには、領地経営の補佐をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

「っ、良いんですか!?」


 思わぬリュシアン様からの提案に、私は嬉しくて手に持っていた帳簿を抱きしめた。

 嬉しい、私、公爵家でも仕事が出来る、役に立てる!


「ありがとうございます! 本当に、本当に嬉しいです!」

「あなたは、仕事が好きなのですね」

「はい、大好きです。それに……私をあの地獄から連れ出してくれたリュシアン様に、これで少しでも恩返しができますから。私、頑張りますわね」


 私はそう言って、嬉しさの余りリュシアン様の手をぎゅっと握りしめた。

 リュシアン様はピクリと肩を揺らしながら、「……よろしくお願いします」と、小さく呟く。


「次の仕事をいただけますか?」

「いえ、今日のところはこちらで十分です。残った仕事は私が片付けますので。あとは昼食まで、部屋でゆっくり休んで……」

「そんなわけにはいきません! リュシアン様が働かれるのなら、私も働きます」

「あなたは嫁入りしたばかりの貴婦人なのですから、もっとゆっくりしてください」

「そんなことを言ったら、リュシアン様だって結婚したばかりなのに働き詰めですわ。それに、今は人手が足りていないのでしょう? こういう時こそ、夫婦で協力しなければ」


 私が食い下がると、リュシアン様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、「夫婦、ですか」と呟いた。


「そうです。夫婦なのですから……リュシアン様も、もっと私を頼ってくださいね」


 そう言って、私はもう一度リュシアン様の手をギュッと握った。リュシアン様はゆっくりと瞬きをしてから、「わかり、ました」とぎこちなく話す。


「……ですが、今日のところは本当に大丈夫です」

「そうですか?」

「はい、明日は家令が仕事内容を教えますので、明日から正式にお願いします。午後はドレス選びがあるので、それまでは部屋で休んでください」

「……わかりました。でも、本当に無理をしてはだめですよ? では、失礼いたします」


 ……結局リュシアン様には勝てるわけもなく。こうして私は、泣く泣く執務室を後にしたのだった。








「…………小さくて、温かい手だったな」


 ____部屋を出る際、リュシアン様がそんなことを呟いていたような気がするけれど……きっと聞き間違いよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ