十二話 拍子抜け
「本題……そういえば、私に話があるって仰ってましたね」
「はい。まず一つ目ですが、私達の結婚式は二週間後に執り行う予定です」
「えっ!?」
「なんですか」
「……いえ、結婚式は挙げないものなのかと……」
これには素直に驚く。リュシアン様の口から結婚式という単語が出てきたことがまず驚きなのだけれど、契約結婚だから式はいらないと思っていた。
「この結婚が契約だと知っているのは私とあなただけですから」
「あぁ、確かにそうですね……」
「それに……私と結婚したことを盛大に公表すれば、少しはあなたに纏わる不名誉な噂を払拭できるかもしれませんから」
「……私のため、ですか?」
「えぇ、あなたはもう、私の妻ですから。当然のことです」
「そう、ですか…………」
正直、契約結婚を持ちかけられた時は……あの家から逃げ出したいことが第一優先で、公爵家での扱いはどうでもいいと考えていた。でも、この人は本当に、誠実な人なんだわ。仮初の妻だとしても、れっきとした公爵夫人として私のことを立ててくれようとしてくださっている。
こんな扱い、伯爵家ではもちろん……アルフレッド様にもされたことがないかもしれない。ベルフォール侯爵家にいた頃は、私がアルフレッド様を夫として立てることに必死だったから。
でも、この方は違うのね。
「ありがとうございます。嬉しいです、とても」
噛み締めるようにお礼を言うと、リュシアン様は軽く頷いてから、再び口を開いた。
「式まであまり時間がないので、明日仕立て屋が来る予定です」
「わ、わざわざ仕立ててくださるんですか……!? 私は全然、お古のもので構いませんのに……」
「なぜ、そんなことを言うのですか」
「だって……私は、離縁された身なのですよ? 結婚式だって二度目ですし……私自身が、中古品みたいなもの……ですのに……」
自分で言っておきながら、なんだか胸がジクジクと膿んでいるような気分になった。思わず俯いてしまった私の頭上から、ふぅ……というため息が降ってくる。
……どうしよう、呆れられてしまったかしら。
「やっぱり、あなたは自己評価が低すぎる。良いですか、あなたはもう、エヴァンローズ公爵夫人なのです。この国で、王族の次に高貴な女性なのですよ」
「っ…………!」
「……だから、そんな泣きそうな顔をするのはやめてください。私は、女性に泣かれるとどうしたらいいかわからないんです」
ゆっくりと、顔を上げる。するとそこには、心做しか困ったように眉を下げている、リュシアン様がいた。
「……泣いてないですよ、私」
「なんだか、苦しそうに見えたので」
……女性に興味がないなんて言っていたのに、どうしてそんなところは鋭いのかしら。
でも、そうよね。私はもう、愛されなかったフローレンス伯爵令嬢でも、裏切られたベルフォール侯爵夫人でもない。
愛を必要としない、エヴァンローズ公爵夫人なのだから。
私は、両手で自分の頬をパシンと叩く。よし、もうこれで大丈夫。
「……切り替えました、もう大丈夫です。お心遣いありがとうございます」
「それなら……よかったですが……。ミレイユ、あなたは不思議な方ですね」
「ふふっ、それ、リュシアン様には言われたくないですよ」
私がそう返すと、リュシアン様は私の言うことがよくわからないと言った様子で首を傾げた。
……本当に、不思議な人。さっきまであんなに暗かった心が、この人の言葉のおかげで今はスッキリとしているんだもの。
「結婚式の件はわかりました。では、二つ目の話というのはなんですか?」
「はい。この話は、あまり楽しい頼み事ではないので断っていただいても良いのですが」
「?」
「式の準備をするにあたって、少々仕事の手が足りておらず。もし負担でなければ、あなたに、」
「ぜひ担当させてくださいませ! 経理ですか? 書類決裁ですか? 領地運営ですか!?」
「……帳簿の最終確認をお願いしようと思っていたのですが、そんなことまでできるのですか?」
……しまった。つい仕事が出来るのが嬉しくて……リュシアン様の言葉を遮ってしまった。こんな風に仕事をしようとするなんて、公爵夫人らしくないと思われてしまったかしら……。
リュシアン様は少し考える素振りをした後、「決めました」と私に話しかけた。
「明日、朝食を食べたら執務室に来ていただけますか。午後は仕立て屋が訪問予定なので、午前中に仕事を頼みたく」
「はい! 任せてください!」
「……あなたは、仕事が好きなのですね」
「侯爵家では、私が書類仕事のほとんどを担っておりましたから……すみません、こんなの夫人らしくないですね」
「いえ……ベルフォール侯爵は、勿体ないことをしたなと思っただけです」
「え?」
それだけ言うと、リュシアン様は立ち上がって「では、私は自室で寝ますので」と歩き出してしまった。
「……部屋に来たのに、本当に話だけして帰るんですね」
「契約ですので。それでは、良い夢を」
バタン、と扉が閉まる。
私はベッドに寝転がって毛布を被りながら、なんだか少し……拍子抜けしてしまったのだった。




