十一話 初夜
朝食を食べ終わって、侍女に手伝ってもらいながら荷解きをし、昼食を食べ、邸を今度は一人で探索しながら使用人のみんなに挨拶をして、豪勢な夕食を食べて……あっという間に一日が終わりそうになった頃。
部屋のベッドに腰かけていると、コンコンコン、と控えめにノックの音が響いた。
「奥様、夜のお支度に参りました」
「ありがとう、入って頂戴」
「失礼いたします」
私の許可を合図に、数人の侍女たちがニコニコとしながら部屋に入ってきた。
……あぁ、そうだわ。今夜は結婚初夜だったわね。
「今夜は腕によりをかけて、奥様を国一番の美しい貴婦人に磨き上げますね」
「きっと旦那様も楽しみにしておられますよ」
嬉しそうにそう告げてきた侍女に、私は思わず愛想笑いをしながら「お願いするわ」と返すことしかできなかった。
実際、侍女の宣言通り私はピッカピカのつるっつるに磨かれた。髪はつやつやでいい香りがするし、肌なんかすべすべなうえになんだか光っている。そもそも、湯船に花弁が浮かんでいたし……。
まぁ、ここまでは別にいい。少し恥ずかしかったけれど、綺麗になれるのはとても嬉しいし、しばらく伯爵家にいた私にとって、温かいお風呂はとっても気持ちがよかったから。でも、問題は……。
「ね、ねぇ、本当にこのネグリジェを着ないといけないのかしら……!?」
「当然ですよ奥様! 旦那様もきっと喜ばれます!」
「今夜は大切な日になるのですから! 旦那様のためだと思って!」
「う、うぅん……わかった、着るわ」
……私がこの生地面積の少ない透けているネグリジェを着たところで、リュシアン様は喜ばないと思うけれど……。まさか契約結婚で愛のない結婚をした、なんて、皆は思っていないものね。それに、侍女たちの期待を裏切れないわ……。
というかそもそも、リュシアン様は私の部屋にいらっしゃらないと思うのだけど……まぁ、これを着るだけでこの子たちが笑顔になってくれるなら、それでいいか。
____なんて、考えていたのだけれど。
深夜、邸の中が寝静まった頃。コンコン、というノックの音と共に、「私です。入ってもいいですか」という心地よいテノールが部屋にこだました。
私は驚きながらも、「今行きます!」と声をかけながら扉をそろりと開ける。
「リュシアン様、一体何かあったのですか? 私の部屋にいらっしゃるなんて……」
「…………」
私がそう問いかけると、リュシアン様はなぜか……石像のようにぴしりと固まってしまった。
「……あの、リュシアン様?」
「…………あぁ、いえ、その……。今日は結婚初日ですから、形式だけでもと思い……。他にもお伝えしたいことがあったので、丁度よい機会だと考えて来たのですが……」
「……?」
ようやく喋ってくれたけれど。なんだかリュシアン様らしくない歯切れの悪さだわ。それに、いつもまっすぐ私の瞳を見てくださっていたのに、なぜか今は目が泳いでいる。……具合でも悪いのかしら?
「リュシアン様、立ち話も何ですし……中へお入りください。夜ですし、ベッドにでも腰かけて話しましょう」
「…………はい」
私はそう言って、リュシアン様をベッドに招いた。リュシアン様はすこしぎこちない動きでベッド……というより私の隣に腰掛ける。
「それで、私に伝えたいこととは?」
「二つあるんですが……その前に、何か羽織った方がよろしいと思います」
「え? でも、部屋にいるのにネグリジェに何かを羽織るのも変じゃないですか?」
「……風邪を、引いてしまうといけないので」
「…………リュシアン様、失礼を承知でお聞きしてもよろしいですか?」
「なんですか」
「もしかして、照れていらっしゃいますか?」
「………………違います」
リュシアン様は長い沈黙の後でそう否定してきたけれど……よく見たら、耳がほんのり赤くなっている。表情に出ないからわかりにくいけれど、間違いなく照れていらっしゃるのだわ。
なんだか、可愛いところもあるんじゃない。年上の男性にそんなことを思うなんて、失礼かもしれないけれど……。
「リュシアン様って、今おいくつでしたっけ」
「二十五ですけれど、それが何か」
「……ご経験、ないのですか?」
「ミレイユ。あなた、からかってませんか」
「ふふ、いえ、ごめんなさい、なんだか意外で……。リュシアン様は、女性に人気がありますから」
「今まで未婚だったのですから、おかしくはないでしょう。……ですが、あなたは違うんでしたね」
「……まさか、拗ねていらっしゃるのですか」
「そんなはずないでしょう。約束したはずです。お互いに愛することはないと」
……それもそうよね。なんだか、リュシアン様の反応があまりにも初々しかったものだから、つい調子に乗ってしまったわ。これは契約結婚なんだから、私に経験があっても気にするわけがないのに。
私は静かにストールを羽織って、リュシアン様から少しだけ距離を取った。……これが、私達の関係地だから。
「では、本題に入らせていただきます」




