十話 歓迎
ロビーに立つと、目の前にはずらりと並んだ大勢の使用人。
「おかえりなさいませ」
一斉にそう言って頭を下げる姿は圧巻だ。ここまでの光景、侯爵家でも見たことがない。……いえ、アルフレッド様には丁寧な出迎えがあったけれど、私はそこまでの扱いをされていなかったから……。あの家の主役は、間違いなくアルフレッド様だったもの。
そして実家の伯爵家は……父を恐れて私の味方をする使用人がいなかったから、扉すら自分で開けていたものね。
「ようこそお越しくださいました、奥様。お荷物をお部屋までお運びいたします」
「……丁寧に、ありがとう。よろしくお願いするわ」
噛み締めるようにお礼を言うと、侍女長と思しき婦人はニッコリと微笑んだ。
それから、執事長らしき人物が一歩前に出る。
「よろしければ、邸の中をご案内させていただきます」
「いや、その必要はない。私がミレイユを案内する」
「えっ!?」
「何か問題があるか?」
「い、いえ……リュシアン様がよろしいのでしたら、ぜひ」
驚いた。疲れているだろうに、リュシアン様が邸の案内を申し出てくれるなんて……。しかもその様子をみた執事長は、「旦那様が女性に優しくするのを見るのは初めてですな」なんてからかうように笑っている。
使用人達も、なんだか嬉しそうに笑っているし……。
……貴族からは冷徹公爵なんて呼ばれているけれど、使用人からは慕われているのね。
「では、早速ご案内いたします。疲れてはいませんか?」
「えぇ、たくさん眠りましたから……リュシアン様こそ、お疲れではないですか?」
「私はこう見えて鍛えておりますので。それでは、着いてきてください」
「は、はい……!」
カツカツと歩くリュシアン様の後ろを歩く。アルフレッド様と歩く時もそうだったけれど、背の高い男性の一歩ってとても大きいのよね。ヒールにドレスだと、着いていくのが結構大変なんだったわ。
ドレスの裾を掴んで、少しだけ早歩きをする。すると、前を歩いていたリュシアン様がピタリと立ち止まって、私の方へ振り向いた。
……何か粗相をしてしまったかしら。
「……後ろではなく、隣へ」
「え? ですが……」
「ここはフローレンス伯爵家でも、ベルフォール侯爵家でもありませんから」
「……あ……」
実家ではそもそも一人で歩くことが当たり前だった。アルフレッド様と歩く時は、常に一歩下がって彼を立てることが当たり前だった。
でも、彼は……公爵なのに、隣で歩いていいと言ってくれてるんだわ。
「……ありがとうございます」
「いえ、当然のことです」
それから、リュシアン様はゆっくりと歩き出した。さっきよりも、明らかにスピードを落として。
……私の速度に、揃えてくれている。なんだかそのことに、じんわりと心が温かくなった。
それから、公爵邸を一通り案内していただいたけれど……本当に、広すぎる邸だわ!
途中で私の部屋も見せていただいたけれど、とても綺麗で、ベッドには薔薇の花弁が散りばめられていて……。侍女達の心遣いに、胸がいっぱいになった。
こんなに歓迎をされたのは、二度の結婚生活で初めてだったから。
「……これで、案内は以上となります。何か不明点はありましたか?」
「ふふ、先生じゃないんですから……。ありませんよ、とても素敵なお邸でした。案内してくださって、ありがとうございます」
「いえ、あなたは私の妻なのですから、それくらい当然のことです。では、食事の準備が整ったようですので……最後に食堂へ向かいましょう」
そう言って、リュシアン様と一緒にゆっくりと廊下を歩く。
それから少しして大きな扉の前に到着すると、ゆっくりと扉が開いて____
「ようこそ、奥様。公爵邸へお越しくださり、ありがとうございます」
____料理人達が、一斉に声を揃えて歓迎してくれた。
「腕にふるいをかけました。さぁ、お席へどうぞ」
促されるまま、リュシアン様と反対側の席に座る。
給仕が運んでくる料理は、どれも素晴らしくて、豪華で……。朝からこんなに素敵な料理を食べてしまっていいの?と、不安になるくらい。
伯爵家にいた時は、固くなったパンを部屋で一人齧っていたから……ギャップがすごいわ。
「あの、リュシアン様……私、こんなに歓迎していただいて、本当に大丈夫なのでしょうか?」
「なぜですか」
「だって、私は……いえ、私達の結婚は……」
「気にする必要はありません。例えきっかけが何であろうと、あなたはもうエヴァンローズ公爵夫人なのですから」
相変わらず変わらない表情で、そんなことを言ってくれる。
この人は、いえ、この邸は……とても不思議で、温かいんだわ。
それから、私は今までベルフォール侯爵家で幸せで良い暮らしをさせていただいたと思っていた。けれど……アルフレッド様は私に「愛している」と頻繁に口にしてくださっても、こんなに私を妻として対等に扱ってくれたことが、果たしてあったかしら。
それに比べると、私達は契約結婚で、愛なんてないけれど……リュシアン様は、行動で示してくれる。私は、この公爵家の夫人なのだと。
そんなことを考えていると、リュシアン様が驚いたように目を見開いて私を見ていることに気が付いた。リュシアン様がそんなにお顔をするなんて、一体何かあったのかしら。
「……なぜ、泣いているのですか」
「え? あ、本当だわ、やだ……」
「何か、至らないところがありましたか」
「……違うんです、そうじゃなくて……嬉しくて。皆様、本当にありがとうございます。これから公爵夫人として精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたしますね」
私が笑顔でそう告げると、オロオロしていた料理人たちも嬉しそうに笑ってくれた。
それからリュシアン様の顔を見ると、やっぱりいつもの無表情に戻ってしまっていたけれど……。
心做しか、その眼差しは少し温かいもののように感じたのだった。




