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38 レイニ:本当の悪とは(改)

「いやー、ほんっとお世話になりましたー」

金髪の間抜け面な男が自分の前にいた。

農夫か。

少し日焼けしたガタイのよい、底抜けのお人よし。

昼なのに暗いいつも通りの執務室で、こいつがいるとなんだか空間まで明るくなった気がする。


そんな風貌の男性がふらっとやってきて、姉がお世話になっていると言いだしたのはつい2日前。

聖堂が吹き飛ぶ大事件のすぐあとだった。

聖堂が吹き飛び、化け物が転がったあのあたりは、地図を書き換えなければならないほど地形が変わってしまった。

いま、あの辺りは断崖絶壁になり、海では大渦が巻き続け、誰も近寄れない状態だ。

教会はかろうじて破壊を免れたが、地盤が崩れかかっていて今や近づけない。

そんな大惨事に驚いている間に、この変な男が来たが誰も理解できなかった。

まさか黒雪の弟だと誰が信じるだろうか。まるで似ていない。

しかもこの男、今はこんなに元気だが、来た時は鬱っぽくてどっちが具合悪いのかといいたくなるくらい、部屋の隅で一日中うなだれていた。

ずっと『これだから嫌なんだ』と、『この副作用が憎い』を独り言のように繰り返していて、問いただす気にもなれなかった。

当の黒雪はあの聖堂暴発事件以来、昏睡したまま皇城内の一室でいまだぴくりとも動かない。

部屋にぴくりとも動かない二人がいて、二日ほど経った今日、ようやく男が動き出したと思ったらこれだ。

あきれてものもいえないが、問いたださないといけない。


「2日も寝てて、まあ、なにも起こらないから大丈夫だろうって上が言うんで俺は帰りまっす」

てへっと自称弟は笑う。動き出したら動き出してでとたんに元気だ。

姉がいた部屋を出て帰ろうとしていると、メイドが教えてくれなかったら気づかなかったかもしれない。

挨拶ぐらい来いといって執務室に呼んだ次第だった。

「姉ちゃんにはしばらく療養で大丈夫って伝えといてください。」

じゃあ、といって居なくなりそうな男を手で制する。

「…あ、飯のお礼いってなかったですね。いやーご飯おいしかったです。お世話になりました」

食ってたのか。

「違う」

「あ、じゃあ、寝床…」

ぎりっと睨みつけると、男が黙った。

「…えっと」

「聞くべきことを聞けていない」

男がさすがに押し黙った。でもちらちらとこちらを推し量るような気配がある。

「…お前があの青い男だな」

「誰ですか、それ」

「とぼけるな」

相手をねめつけたまま続ける。

「お前があの青い男で、この街に虫を放ち、汚染を広げたな」

空気が張り詰めた。

ピリッとした空気の中、すべてが凍り付いたように動かない。

動き出したのは、相手だった。

「…それが?」

いらっとした。

自分相手にこの状況でイラつかせるとはなかなかいい度胸である。

ぴりぴりと空気が震えだす。

「まあ、そういらつかないでください。俺は、俺たちは最善だと思うことをやったまでです。結果として国が生き残る方をとったわけです」

「姉が死んだとしても?」

「それは最善ではないですが、最悪ではない。最悪はこの国が落ち、姉も死ぬことです。」

「ずいぶんなことを言う」

「それぐらいの状況だったということを理解しないのは、いささか頭が悪いんじゃないですか?」

「そのための仕事とだったしても、そちらの仕事が煩雑なことには変わりはない。こちらに断りもなく、国民を危険にさらすような真似をしておいて白々しいな」

「いうならば、聖堂があの状況になるまで、こちらに伝えもせず、隠していたこの国の条約違反に触れないだけでも助かったと思いません?」

間抜け面しておいてよくしゃべる。

うすら笑いを浮かべたまま話し続ける男をじっと見る。

「ま、お互い様ってことにしましょうよって姉からは言われてます。聖堂の汚染という裏切りにも取りかねない状態は、今回の件でチャラってことですよ」

「…お前の姉とはもう一度話す必要があるな」

「どうぞご自由に。姉がどうするかは姉が決めることです」

へらへらっと笑い出す男に、はあとため息をついた。

「で、話を戻すが、虫はクアドラが仕込んでいたやつだ。違うか?」

クアドラが町中をうろついたのは、自分が準備していた虫が予想外に動き出して焦ってたからだ。

ルニに調査させたら街外れでそれらしきものを見つけた。

でももぬけの殻だった。

ずっとわからなかったのは、誰が虫を国の周りと中で放ったか、だった。

男は真顔になっていった。

「まあね、あの人はだいぶ仕込んでましたけど、でも本職じゃないからか、どれも使える状態じゃなかったですよ。別に俺も呪いは専門外ですよ。でも汚染を扱うことはできる」

「それがお前の特徴か?」

男は肩をすくめて見せた。

「俺は清浄が苦手なんです。」

嫌な奴だ。

教会員はこんなのばっかりか。

「それで、クアドラのやろうとしていたことをお前がやったということか」

「そうですねー。あの人も詰めが甘いですよ。色々息まいてるわりには、踏ん切りがずっとつかなかったみたいですしね」

それは同感だ。

口うるさいわりに、決定力が弱い。

これだけのことをしておいてと言いたいところだが、自分も相手のことを言える立場じゃない。

「俺もずっと不思議だったことを聞いていいですか?」

男のほうをみると、にやにやとした笑いがすっかり消えていた。

「ここまでほっといたのは何でですか? あなたならわかっていたんでしょ、自国の状況がどんだけ悪いか」

視線が絡まり合った。

相手は変わらず自分と目が合おうとひかない。

悪い目をしているだろうなと自分でも思うが、最初からわかっていたことだった。

「本当は壊れてもなんとも思わなかったとか? 国の民が死のうと、この歴史ある国が絶えようと」

「…どう思う?」

「やってることを見るとそう思えますけどね。一方でどうにもならない国の状況を必死に立て直そうとしている良い王様にも見えますよ」

あまり面白い回答じゃないな。

そう思うと、ふうんと鼻で笑いそうになる。

「姉ちゃん、気に入ったんですか?」

「あはは」

思わぬ質問に笑ってしまった。

「そうなんですね。まあ、姉ちゃん真面目だから、ほどほどにしてやってくださいよ」

「ははは。ほどほども何も返す気はない」

男がようやく目を見開き驚く。

へらへらしていた笑いがなくなってすっきりする。

「意外と冷静だな。もっと嫌がるかと思った」

「俺としては姉ちゃんがゲームに勝ったということは、姉ちゃんが頑張ったっていうことだと思うんですよ」

「ゲーム?」

「…神の気まぐれですよ。神話が信ぴょう性をなくし、神秘が消えたいま、神が時折こちらに介入したい時に使う手…って言われてますけどね」

にやっと男が笑う。

男のまじめな返答に少しこちらの方が驚いてしまった。

「俺じゃできなかったことだし、ほかの兄弟もできなかった。だから俺はあなたがそう言ったとしてもそれは姉ちゃんの決断の上に成り立ってることだから、それはありだと思うんですよね」

尊重するのか。

意外だった。

「なるほど。六つ羽の竜の奴らはゲームとやらの関係者か?」

男が少し黙ったあと口を開いた。

「…姉ちゃんがあんな封筒渡すから。」

どうやら当たりらしい

女から受け取った封筒を思い出す。

「俺は六つ羽は教会の一部の人間としか知らない。人間をやめた奴らの集まりだとも聞いた。」

「当たりのような当たりじゃないようなってとこです。組織としてはちょっと外れてます。まあそれだけの話です。」

「そんなものか。」

「で、俺の質問に答えてないですよ。国をつぶす気だったけど、姉ちゃんがいたから気が変わったんですか?」

どうだろうか。

国をつぶす気があったのか。

彼女がいたから気が変わったは、あるかもしれない。

「国をつぶす気はない。やることはやる。でも俺はそこまで熱心でもない。大して面白くない国政の、周りがやってる茶番劇に付き合ってるのも疲れたってところだ。」

「最初からあの貴族が悪いって思ってたんですか?」

それはは面白い質問だった。

『私は彼を王座につけたかった。よい王になるはずだったのだ。』

事の片付けで、問い詰めた時のクアドラの声は小さくも嘘もないように聞こえた。


誰が一番悪かったのか。

実行したクアドラなのか。

でも、自分の考えは少し違った。

父の部屋に教会の資料があったのがずっと気になっていた。

あの人は教会のことを学ぼうとは思って居なかっただろう。なぜなら一度も教会に興味のあるそぶりを見たことがなかったからだ。

そして上皇后とも交流をもたず、おそらく上皇后を父は嫌っていたのだろう。

前からそう思って居たが、今なら納得できる。

父が彼女自身を嫌っていたかもしくは教会だからなのかはわからないが、父が彼女の調子が悪いのを知っていて何もしなかったという噂もあながち嘘ではないかもしれない。

ではなぜ、教会の資料があったのか。

父の顔が浮かぶ。

あの寂しげで優しい顔が。

あの愁いを帯びた表情で、是も否も言わず、あのクアドラのように息巻く部下を相手にしなかったら、鎮めるわけでもなくただ放置したら、むしろ煽るがごとく、無気力だったら、部下はどうなるのだろうか。

そしてもう一つ懸念がある。

自分の印に2種類あることを知った。

そこで思ったのだ。

父には穢れを吸う印のみがあったのではないか。

自分が穢れを吸う印の力が増したとき残っていたのは破壊衝動だった。

そして知っていて隠していたとしたら?

彼の真意はおそらくずっとわからない。全ては証拠もなく父しか知らない。

でも確実なのは父が死んだことで、部下は混乱し迷走し、果ては皇都が滅ぶ一歩手前だったということだ。

父は最も罪深い方法を選んだ気がする。皆が混乱し、悪意が増す方法だ。そしてその悪意は、本当は一体誰に向かっていたのか。

ここまできてようやく父のあの無気力な目は自分に向いていたのかもしれないと思う。


「…さあ。ま、言えるのは誰かの手のひらの上にのせられたってやつだな」

男は肩をすくめると、荷物を持って歩きだした。

「俺は帰ります。お世話になりました。姉ちゃんのこと頼みます」

お辞儀をして顔を上げた時、一瞬あの青く暗い目が見えた気がした。

お疲れ様でした。

ここまで読んでくださってありがとう。

あとちょいで終わります。

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