37 黒雪:彼と私の創造の物語(改)
実はあれが数度の人生においてはじめてのキスだったのではないかということに、後で気づいて死にそうな気持ちになった。
でも数度の人生を経ていたから、人と触れ合うことがなんで大事なのかわかった気がした。
大切に思われているということ。
大切に相手をしたいと思うこと。
それが自分を生かしてくれる感じすらした。
心が乾ききっている自分には、魔法みたいにしみわって、食べ物だとかお金だとか、そういうものではなく自分を動かしてくれる。
疲れていたけれど、少しだけ頭はまともになって、もう少しだけ頑張れる気がした。
もう少し頑張った自分がしたことは、そんなに複雑なことじゃない。
ミネリに助けを求め、祝詞でむりやり聖堂の調整機能を全開にした。
蒼志にも助けてもらって、ミネリを助けてもらった。
貴族の中から呪いをつけている人を見つけるのは簡単だった。
明らかにほかの人より汚染が進んでる人をみつけるなんて自分の十八番だからだ。
私があの中にある何かを出したかったのは、決定的に誰かがやったという印を見せたかった。
それは悪をさばきたいからではなくて、自分みたいにずっと悪意を抱えたまま生きるのはどれだけ苦しいかを知っているから、暴いたほうがその人のためだと思ったのだ。
吸った後、体は今までにないほど重く、少し気を抜くと汚染が自分から吹き出しそうなくらいだった。
視界は真っ白でほぼ何も見えない。かすかに脈の流れが見える程度で、それを頼りに歩く。
あの貴族の汚染がそれだけ多かったのか、それとも自分の限界が思ったよりすぐだったのかはわからない。
「君はそんなことしてる余裕ないよ」
神様が自分の横にいた。
彼はもううすぼんやりとして、消えかかっているように見えた。
自分も人のこと言えないけれど、彼も余裕がない。
「早くちゃんと彼に言って」
首を振った。
今を逃したら、あの人から汚染を抜いた理由がわからなくなる。
汚染をまき散らした教会員。
貴族から汚染を抜くように見せて、実は自作自演?なんて言われたらたまったものじゃない。
聖堂の中にあるものをほかの人にも見せないといけない。
あの人の罪をみんなに知ってもらわないといけない。
そして自分の汚染を聖堂で出さないといけない。
そうじゃないとただのはた迷惑な人だ。
「なんでそんなに頑固なの? 大真面目なの? 後でもいいんだよ」
「ようやく誰かのために動いてる」
自分のためではなく、人のために。
過去、自分が見捨てた人になにかができるわけじゃないけれど、せめて今を生きる人のために。
自分が恐れて人と向き合わなかったから。
「だからやらせてほしい」
「そんなこと言わないで」
神様が滝のように涙を流している。
可愛いな。
ふっと微笑んだ。
「感謝してる」
「そんなのあとでいい」
「自分が臆病なのも悪い人なのもようやくわかった。待っててくれてありがとう」
「そんなの、後でいいんだ」
「ありがとう」
神様が感極まって大声で泣きだす。
そして多分あの人も。
『黒雪』
声がした気がした。
ふっと突然、焦点が合う。
真っ白だった世界に、少しの色が戻り、あの人が見えた。
「レイニ」
「俺と一緒にいろ」
声が聞こえた。
これが最後かもと思うとようやく言えなかったことが言えた。
「ありがとう。私、あなたが好きでした」
突然、全てが白になった。
それが全て。それがいきさつ。
私はこの少年みたいな神様と長い長いゲームをした。
彼との約束も思い出した。
何度も言ってくれてた。
あの汚染まみれでよくわからなくなった状態の自分にも一緒にいろと。
忘れかけていた。
「そろそろ審議が出るみたいだ」
彼の優しい声がする。
顔を上げれば、あの優しい笑顔の少年がいる。
私はそれをこれから失うかもしれない。
でも許されるならば、私は生きたい。
「僕達はたくさん失って失うものがないくらいになったから、もう作るしかないんだ。だから創造するんだよ。これは悲しいばかりの話じゃない。」
小さくうなずいた。
「それに前に進もうと思ったんでしょう」
うんとうなずきながら、後悔が膨らむ。
「君を一人でこれから頑張らせること、僕はそれがつらい」
「いい。私は君を…」
殺すようなもの。
この一言がどうしても言えなかった。
「生きていくことのほうがずっと大変だ。でも生きていくことは大変さだけではなくて、創造も伴う。僕の分も僕が生み出せなかった分もたくさんの喜びと愛情を生み出して」
彼が望むのはそれなのだ。
憎しみや恨みに支配されず、戦いながらも、人を愛すること。
私にできるんだろうか。
まだ自信がない。
「大丈夫。いっぱい生きてほしい。誰かと一緒にたくさんの思い出を作って、喜びを感じてほしい。そしてたくさん人と分かち合ってほしい。僕は君たちから本当にたくさんもらって言葉は直接かわせなくても、たくさんの意思を通わせたんだ。とても、とても感謝してる。」
僕がついてるよ。
その一言はそっとささやかれたまま彼が徐々に消えていく。
私はそれを感じながら、ただ泣くことしかできなかった。
私のゲームの終わりが来た。
「そうだ。ひとつ言い忘れてたんだ。ゲームに勝つと望みがかなえられるんだけど、僕はどうしても君を勝たせたかったから前倒しで使っちゃった。みんなが君を好きになるよう君の魅了をありえないくらい増やした」
え?
思いがけない暴露に涙が止まる。
それは一体…。
「あ、僕が消えたら僕が関わったものの影響が減るから、まあ結果として君の願いに近くなるよ」
なにそのいい加減さ。
「それと、ゲームの影響で、ここら辺の汚染が一斉に消えるよ。それもギフトっぽ…」
最後の言葉に到達する前に彼はかき消えた。
最後の言葉どころじゃなかった。
数々の迷惑なプロポーズ、誘拐、拉致、暴行未遂が頭をよぎる。
私が人嫌いになった要因の一部は彼にもあったんじゃないか。
そんなことを思っているうちに、世界が真黒になった。




