33 レイニ:踊らされているのは本当は誰か
クアドラが乗り込んでくると聞いて、ルニ達に別にほっといていいと言ったのは自分の指示だった。
王の執務室から一連のやり取りを見降ろし、イライラしながら机の上をたたいた。
クアドラが貴族たちを引き連れ乗り込んできたのは、あいつが自分で言った通りで手間が省けた。
ティドーはその周りでヒステリックに叫んでいたが、相手にするほどでもない。
その通りのことが起きたのだから問題ない上に、貴族の前でボロが出れば動かぬ証拠を自分からさらしに来たようなもの。
万々歳だ。
もし教会の連中が使えるのであれば、と考えていた。
奴らがクアドラを追求するだろうし、しなかったら別の方法で追及するからそれでいい。
サイのことが頭をよぎる。
彼を聖堂近くで見つけたあと、今朝がた意識が回復するなり、自分から謝罪しだした。
全てを明るみに出すと約束し、彼ならその通りにするだろう。
あとはこのかったるいぐらいの茶番が終わればいい。
そう思っていた。
あの野郎。
まさかの方法をとってきたことに驚いた。
クアドラを見つけ、呪いをさらしたのまではよかった。でもそれを黒雪にやらせ、彼女が汚染まみれになるとは思わなかった。目の前で起こっていることは、教会関係者がないこの国では驚きだろう。
貴族もみな、目を丸くし、人によっては腰を抜かしている。
クアドラは衣服の下で体を壊死させているかのように黒くさせていた。
白い呪いが浮き出ている。
サイと同じだ。
ダリルの呪いを多少知っているくらいならば、ダリルの呪いとクアドラの手の呪いが少し違うと言及するだろう。
だれがやったかと言えば、教会のせいだと言うつもりだったのかもしれない。
そんなことには構いもせず、黒雪がクアドラの手からもう一方の篭手を剥ぎ取り、汚染を丸見えにさせた。
クアドラから汚染が彼女に絡みついていく。
汚染は染み込むように消えて行き、彼女が来ている白い制服が内側からじわりと黒を滲ませていく。
彼女が汚染を吸っているだろうことは知っていた。
しかしみるみる間にあの白い髪も毛先から、汚染されていく。
上の方からこっそり見ているだけで済ますつもりだったが、思わず施政室から飛び出した。
複雑な回廊を渡り階下まで下りる。見えたのは、汚染まみれの彼女と頭を掴まれぐったりと半身を地べたに這わせていたクアドラだった。
クアドラの体の黒ずみはなくなり、代わりに呪いだけが残っている。彼女は名前の通り真黒になっていた。
深くフードをかぶりうつむき気味に立っている。
黒く染まったフードの裾から、服の袖から、髪の先から、黒い汚染が舞う雪のようにゆっくりと落ちる。
おちて地面に着く前に、その黒い液体が時間が逆行したかのように上へと戻り、また彼女に吸い込まれていく。
黒い雪。
あだ名のようなものといってはいたけれど、こんな意味だとは思わなかった。
「クアドラ卿…」
うろたえる貴族たち。皆おどろき何も言えなくなっていた。あいつは?
見回すともう一人の白い教会員はいなくなっていた。
「ルニ、クアドラを医者に見せろ。逃げないように取り押さえ、この印の意味を後で問いただせ。」
「は!」
ルニは相変わらずに冷静沈着に応答する。
「それから貴様ら」
腰をぬかし動けなくなっている貴族たちを見下ろす。
「見たものがすべてだ。呪いの印をもってこれだけの穢れをため込んでいた人物の言うことに従い、意義を問いただすなどよく言えたものだな」
数人が震えあがるのが見える。
「だが話はあとだ。ティドー、丁重におもてなししろ」
一緒に腰を抜かしているティドーに言うが、ティドーが動けない。
イラっとしながら再度言う。
「ティドー!」
顔面を蒼白にしながらティドーは立ち上がり、衛兵たちと貴族たちを城内へ誘導する。
なんとなく変な感じがして、周りを見渡す。
彼女はいなくなっていた。
点々と残る汚染の跡が彼女が移動していった先をしめしていた。
黒くそまった地面が汚染されて植物が枯れ、うっすらと霧を発している。この少しの間に、彼女がいなくなっていた。
汚染の跡をおってはしると、亡霊のように歩く彼女の姿があった。
見てぞっとした。
自分がその存在に脅かされて怖いというより、彼女が終わる気がして怖くなった。
今にも消えそうな弱弱しさ。
「黒雪」
声をかけても聞こえていないのかふらふらとまた歩きだす。
汚染が彼女からふわりと落ちて、地面に着く前にまた戻っていく。
その戻る際に、盛大に黒い霧を履き上げ、そして気が付いた時には消えていた。
はっとして見渡せばまた少し遠くにいる。少しずつ聖堂へと近づいているようだった。
駆け寄り腕をつかむと、途端に手が重くなる。
「黒雪、どこにいく。」
「…人のためになにかをしようとしてる。」
自分に対して答えているように思えないが、細い彼女の声が返ってくる。
「そんなのいらない。」
言っても彼女はかき消えるように微笑むと、また一歩歩き出す。汚染をまきちらし、その汚染がおちるときにすいあげて霧が舞い上がる。
またかよ。
探し出しかけよると彼女に触れようとしたとき、彼女が何かいった気がした。
「黒雪」
「感謝してる」
「そんなのあとでいい」
「自分が臆病なのも悪い人なのもようやくわかった。待っててくれてありがとう」
「そんなの、後でいいんだ」
また掻き消える。
今度、現れた場所は聖堂の目の前だった。
でも消え入りそうな彼女を見ていたらそうしないではいられなかった。
汚染されようがなんだろうが関係ない。
彼女の腕を掴みこちらを向かせる。つかんだ手が痛むが気にしない。そのままフードをはぎ取る。
汚染でひどい顔をしているのではという予想とは裏腹に、彼女は黒い目で、思ったよりも自分をしっかり見ていた。
顔にあの呪いのような紋様が浮かんでいた。紋様は生きてるみたいに動き黒雪の肌を這い回り、時折根を張るように色をはっきりとさせる。
その度黒雪の顔が歪む。
いくな。
「どこにもいくな。俺と一緒にいろ」
「…レイニ」
「黒雪」
しっかりといおうとした時だった。
彼女がふわりとそれこそ苦しさのかけらもない笑顔をしていった。
「ありがとう。私、あなたが好きでした」
その時、地鳴りがした。
地鳴りだけでは収まらず地面が立っていられないほどに揺れる。
思わず目の前の黒雪を抱きしめる。
彼女の汚染に触れ腕が痛むが、そんなことを言ってられなかった。地面が割れ、もともと崖っぷちにあった聖堂が音を立てて崩れ、海へ崩落していく。
なんだ?
驚いている間に、地面の亀裂がひどくなり自分たちにまで迫ってきている。
逃げないと。
そうおもったときに亀裂から何かが吹き出し、目の前が真っ白になった。
何が起こったかといわれるとよくわからない。
急に下からものすごい勢いの水流にぶつかったような感じだった。
息もできず、肌がやけ、肺が苦しい。
汚染からサイを引きずり出したときのような感じに近かった。ただちがうのは、あの息の詰まるような動かない感じではなく、強風が吹き続けている。
昔の皇国がこれに近いだった。
風にあおられ、黒雪を抱えながら思い出す。
どのくらい前だか思い出せないが、皇国は常に城の背後にある霊峰に向かって風が吹いていた。
少し風が緩んで目をあけると、黒雪の髪の黒さや肌の青ざめた感じが少しだけ和らいでいた。
今だ、生命力の乏しさには変わりはなく、目が離せない。
また激しく地鳴りがする。
収まったころに顔をあげれば、亀裂から黒い何かが飛び出した。
ぴいいいい
甲高い声なのか音なのか区別のつかないそれが響いた。
耳が痛い音に顔を上げると、自分から少し離れたところで黒い塊が体をボロボロと崩壊させながら空を仰ぎ、口をあけている。
叫んでいるのかと判断するのが難しいほど、音が音らしく聞こえない。
口は体の半分ほどあるが黒くドロドロしたその体はよく見ようと目を見開いても、不思議と輪郭がぼやける。足は胴体から不規則に生え、長さもまちまちだった。
醜いな。
冷静に見る自分がいる。黒い獣がこちらを捉え、手を振り上げるのを見ながら思う。
黒雪を地面に横たえた時、黒い獣の短い手足が急に鋭く伸びた。
交わしながら化け物の手足をはじいて軌道をそらすと、手足が後ろの城壁を砕く音が響く。
「レイニ!」
声に目をやればルニが遠くに見える。脈のせいで随分歪み、やけに遠くに見えた。
そのルニが何かを振りかぶる。
漆黒に鈍く輝くそれは王家の宝刀。とにかく重くてでかくて、いざというときに使えというわりに城の奥にあるため、とっさに使えない。軽くない、使えない、かっこよくないの「3ないの剣」とよんでた。
まあ今は感謝する。
ルニ投げてよこした剣が獣に突き刺さる。
獣が声なき声で叫んだ。
耳が痛い。
びりびりする空気の中を走り、剣を掴むと一気に引き抜く。
引き抜いたところから汚染が吹き出すがこの風で一瞬にして吹き飛ばされる。引き抜きできた傷口に更に剣を付きたて、えぐると獣が泣き叫び身をよじった。
振り落とされないよう剣にしがみつきながら、獣か止まった一瞬に剣を引き抜き、更に皮膚を引き裂くように剣で切る。
きいい
獣の声と予想以上の汚染。
でも核が見えない。
「甘い」
声がゆがんで聞こえる。
どこからかと見つけられないでいるうちに、影が一瞬刺したかと思うと、うえから何かが落ちてきた。
汚染をひどく巻き上げて、黒い皮膚を大きくえぐる男が目の前に見える。
えぐったところに赤い核が見えた。
自分に噴き出した汚染がべたべたとはりつくのを感じながら、黒い剣を振り下ろした。
赤い核が不思議なくらい可愛らしい音を立ててはじけた。
繊細な飴細工が壊れるようなもろさで、壊したときに自分が悪いことをしたかのような気持ちにさせられる。
一瞬、離れるのが遅れた。
赤い核から汚染が噴出し、目の前が真黒になっていた。




