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28 黒雪:困ったときこそ理解を

真黒な服を好むのは、服を選ぶのが苦手とかじゃなくて、このタールみたいな汚染で服がどうせ汚れるからというのが理由だ。

汚染を吸うことしか能のない自分は、結局のところ汚れる。

見ている人は白い服が黒くなっていくのは驚くし、あんまりいい気分にならないだろう。

そんな程度の考えだったんだけれど、自分がなんで汚染を吸うことができて、吸うと黒くなっていき、聖堂がない時はあんな痛い思いをして汚染を吐き出すのか、その理由が少し腑に落ちていた。

だからというわけではないけれど、もう少し頑張ろうと思う。

だから意気地のない自分がもう少しだけ頑張れるよう今は考えない。

怖いことも、先のことも、今は考えない。

前は自分が怖いものはあまりなくて、それは鋼の精神を鍛え上げた人間だからだと思っていた。

でもいまは、自分を臆病で怖がりで、どうしようもなく短気で嫌な人間だと思う。そんな人間が誰かを好きになったりしていいんだろうか。

あの人の顔がちょっと浮かんで、少し悲しくなる。

その感情を消すように考えないようにする。

目指していた場所が近くなる。

この皇国唯一の教会で、聖堂への道が閉じたあまり機能していない教会を見下ろす。

少し離れた場所に宿舎が見える。そこでお世話になっていたのは少し前の話しなのに、今はすごく遠く感じる。

宿舎から藪を抜けて伸びる細い道の先に教会があった。

どうやって入るかはともかくとして、教会の裏側に降りる。中の様子をうかがう。

脈の動きを探るけれど特に何もないようだ。

でも鍵のかかったドアをあける技術がない。ドアを前にうなる。

どうしたものか。

ここに来たのは、聖堂が見たかったからだった。

聖堂は城内にあると聞いていたから、余計にそう思い込んでいたが、最初教会から聖堂の一部をみたのを忘れていた。

教会の奥で存在を感じた程度だったが、地中へととぐろを巻くように地中へと降りている聖堂があった。

聖堂はどういう形が一般的かというと、大型ほどその決まりはない。しかも名前で勘違いされがちだけれど建物ではないことが多い。

中央教会の聖堂なんて超巨大だけれど、ほぼ脈と同化しており、聖堂と言われるところはただの空間で伽藍堂だったりする。この皇国の聖堂の本体は何処なのか、城内にあると聞いてたり、中に入れなかったりしていたから、きちんと調査していなかったのは自分の落ち度だった。

前に一度見た封じられた地下のドア。そのさきを確認したい。

私の予想だけれど、おそらく聖堂の機能としてついてるものがここにある。

「黒雪?」

声にハッとして振り向く。

ランタンを手にした白い服の女性が立っていた。

「ミネリ…」

すっかりほっといていた。

まずい。

ずっと自分のことばかりやっててなんて言われるか…。

「バカー!」

ミネリは叫ぶと駆け寄ってきて飛びついてきた。

「ミネリ、私汚くて…」

「そんなことはどうでもいいんです! どんだけ心配したと思っているんですか?」

うわーんと声を上げて泣き始める。

いやいや子供みたいにそんな。

思わずどうしたものかとオロオロしてしまう。

そんな漫画みたいな動きをするわけ無いと思っていたが、人間動揺するとこうなるものなんだと妙に納得した。

同時に自分の事で誰かが泣いてくれるなんて思わなかったから少し嬉しい。

兄弟たちは泣くような人ではないし、非人間的なところがあるから、たとえ私が泣いたとしても兄弟たちは冷めると思ったぐらいだった。

ミネリの背中を撫でながら思う。

「ミネリ、ごめん。」

「ごめんじゃ済まないですよ!」

突然、ミネリが顔を上げて怒りだす。

「急にいなくなったから、誘拐かと思って夜通し探してたんです! 司祭様は黒雪がやばいとかよくわかんないこと言い出すし、抑えるのがどんだけ大変だったか。」

「ごめんなさい」

わんわん泣きじゃくりながらいうミネリが可愛い。

しばらく泣いたのちミネリがいった。

「…いえ、こっちこそごめんなさい。わかってくれたらいいんです。で、私は何をすればいいですか?」

「え?」

意外すぎてキョトンとしてしまった。

「司祭様がいってました。とんでもないことになるって。それは教会のピンチでもありますよね。私は皇国民でもありますが、一人の教会員です。教会のピンチには立ち向かうつもりです。」

忠誠心があることにびっくりした。教会自体が愛されているんだと、利害だけで考えない仕事として考える範囲を越えてるのに。

少し涙がにじみ指で拭うと、ありがとうと小さくつぶやく。

「なんですか?」

「え、あの、あり」

「もっと大きな声で言わないとわかんないんですよ。黒雪は最初から思ってたんですけど素っ気なさ過ぎて…。なんか雰囲気変わりましたね。」

「そう?」

そうかもしれない。色々ありすぎて自分ではよくわからないくらいだ。

「まあ、お礼は後でたんまりもらいます。心配代金です。」

「それは、…わかった」

「で何すればいいですか? 最近仕事らしい仕事もないので、はりきってやりますよ。」

「では、教会に入ってもいいですか?」

「もちろんです」

ミネリがにこやかに笑う。



ミネリのしかめっ面が怖い。

「どういうことですか? これ」

声も怖い。

私が行きたいところにいって、やりたいことを言ったら、どんびきしているミネリが怖い。

「この先に用事があります。おそらく。」

崩れた石で埋め尽くされたドアを指さす。

「おそらく?」

「…絶対じゃないです。」

「何を探してるんですか。」

あほかみたいな顔をされている。

確かに女子二人でどかせる石のサイズや、量じゃないとは思う。

普通の女子ならば。

自分の運動音痴具合に絶望した兄弟が、魔術式を自分に打ったから、センスはないけど怪力はある。ちなみに鍛えられたから体力もある。

だからこれらをどかす採算はあったんだけれど、ミネリが普通の女子ということを、感動的に再会してしまったものだから頭から抜けていた。

「…簡単に言うと止水弁みたいなものです。」

「止水、え?」

ミネリが全くわからないというように止まる。水道システムは一部にしかないから知らない人も多い。

治水に関しては別の国が発達しているし、私が止水弁というのは日本の知識だ。

「あまり知られてないですが、聖堂は別に清浄を作る場所じゃありません。」

「ええ? そうなんですか?」

教会員でも知らないのだ。

知らせていないのは理由がある。

明らかに混乱を招くから。

「聖堂は清浄を作るのでもなく汚染を浄化するのでもないんです。ただコックをひねるがごとく汚染と清浄の量を調整するので、それは良いも悪いもないんですよ。」

「そんな、あるだけですごいのに。」

「実のところはこの地形と脈がすごいんです。でもそれでは人のコントロールを超えます。調整しないと大変なことになります。」

全てとは言わないが、過去にそのせいでたくさんの事故や災害が起こってきた。

「ここはおそらく地の利がとてもいいのと、ここの人たちの独自のシステムのおかげだと思います。王たちは短命に終わる傾向にあると言ってましたよね」

「…王たちですか?」

そういうミネリの言葉にうなずいた。

短命で終わりがちなのは御印のせいではないかと思う。

予想にすぎないけれど、文献を読んだところ王に現れる印をめぐって過去に政略結婚や駆け引きやそのほか多くのことがあったらしい。

それは印と関係性を得るだけで、その家系までも祝福されるという何とも規格外な印のためらしいが、なぜそこまで印は恩恵を施せるのか。

仕組みを完全には理解していないけれど、印が脈の影響を受けているならつじつまは合うかもしれない。

けれど、その影響のおかげで、人のキャパを超えるから寿命すら短くなる。

先々代は比較的長生きだったと聞くが、皇妃がいて、聖堂がきちんと機能するようになったからと思えば可能性はある。

「で、ここはなんでどかすんですか?」

「この奥におそらく聖堂の機能部分があります。他に思いつかないんです。」

「もし外れたら?」

「どうしましょうね」

ミネリはよく理由はわからないだろうが、まずいとあわてている。

「とりあえずやりましょう」

四肢の魔術式にたまっている汚染を流し込み発動させる。狭い通路で土砂崩れなんてことにならないよう、気を付けて、石を動かしていく。



どれぐらい時間がたったのかわからない。

地下で作業をしていると時間の感覚が狂う。

途中、ミネリが仮眠をとったり、ミネリが食料用意しに抜けるたびに、時間を教えてくれた。

ミネリはあまりやってないんじゃないとも思ったが、日ごろ教会の仕事に従事している人にこの土木工事のような仕事はきつい。

自分もきつくなってきた。腕も足も疲労がたまってきている。

そのかいあってか、土砂の間に隙間ができてきた。

「できましたね」

ミネリも疲れた声でいう。

うなずくと隙間から体をねじ込み中に入った。

中は通路になっており、ミネリが言った通り城内の教会に通ずるようになっている。

聖堂のつくりには興味がないけれど、調節機能はたいがいどの聖堂にもあるのだ。

なぜなら聖堂が壊れないようにするためにも必要だから。

きょろきょろ見まわしながら、丁寧に探していく。

いままで何の手入れもしていなかったなら、もしかしたら見つかっていない可能性がある。

壁の一部で脈の流れが弱くなっているところを見つける。壁の向こうがここだけ違う。

ただ土を堀抜いただけの通路だから、壁も土がむき出しだった。

そこを手で取り除く。ぼろぼろと土がはがれ、その向こうに異様なものが見えた。

「なんですか? これは?」

負ってきたミネリが言う。

土の壁の一部が真っ赤だった。

血のような赤。

通路を赤くそめるほどの明かりは、螺旋模様を明かりの強弱で描きながら下へと向かっている。壁の割れ目に表れてるそれは、聖堂の一部だった。

「調子が悪いとか? こんな色あんまり…」

見たことがないのはしょうがないと思う。

これは何かあった時に聖堂に流れる脈を止める弁のようなもので、難しい名前がついてたけれど私は勝手に止水弁と呼んでいる。

ほとんど使われることもなくて、知らない人も多いけれど、何か聖堂にあった時、脈自体になにかあった時、これで流量を調整するものだ。

どんな聖堂にもあり、聖堂が見つかったら教会がまず見つけて使えるようにする。

「これは調子が悪いとかではないです。色の意味はわかりません。流量はわかります。最適な量というのがわからないので、基本的には教会が見つけたときに様子を見ながらほどほどに調整します。」

「ほどほど…」

「微妙だと思うのもわかるのですが、こればかりはやってみないとわからないようです。」

螺旋に触れる。この聖堂のコツがわからない。ほぼ初めて触れるのだからしょうがないが、時間がない。

なんだか上の方で何やら音がした。

ミネリと顔を見合わせる。

「見てきます」

ミネリの言葉に何も言わずうなずいた。こんなタイミングで何事だろうか。

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