24 サイシュルスの場合:それは呪いにかかったようなもの
派手な音を立ててドアが閉められ、部屋が静まり返る。
体に必要以上に力が入り、こわばっているのがわかる。
あいつが来るとこうなる。過去の後悔からは逃げられないとわかっているのに、どうしても向き合えなかった。
でももう限界だ。
「…意外と狭いんだな。こういうところって」
足元からの声に全身に緊張が走る気がした。
自分の足元には一人の青年が座り込んでいる。
もう隠し通せない。
「…陛下」
見下ろすと、床に座り込む一人の青年がいる。
夜中の虫騒ぎからずっと動いていたのか、肩を出してはだけたまま、脱ぎ掛けた服もよごれ、髪も乱れている。
その顔や体に黒い汚れが残っている。その黒い前髪の隙間から目を輝かせて笑うその青年はつい先日ここに来た現王だ。
「サイが言うほどじゃないだろうと思ったけど体が痛い。クアドラが来るのも遅かったせいがあるな。思わずうたたねしてしまった」
王は立ち上がると大きく体を伸ばす。
着崩れた衣服から無駄のない筋肉が見える。
日頃から鍛錬を怠っていない様子が見て取れた。
横柄な物言いと態度に彼の努力を知らない人が多いが、小さいころから面倒を見ている自分には彼が努力家なのを知っている。
小さいころから死ぬほど負けん気が強く、一度怒り出すと止まらないところがあったものの、それでも周りをみるしたたかさと冷静さがあった。
そういう面を知る人は少ないだろう。
「あいついつもああなの?」
レイニが首を鳴らしながらいう。
クアドラが来る前まで寝ていたのだ。よほど疲れていたのだろう。
「…なぜ」
王がこちらを見た。
「私とクアドラだと思ったんです?」
恐る恐る聞く。
そもそも夜中、虫騒ぎで思わず外に飛び出た。
クアドラはああいったが、自分は彼がやったのかと思ったのだ。そしたら運がいいのか悪いのかこの王と鉢合わせた。
自分のことをじっとギラギラした目で見てきた。
殺されるかと思った。数年前まで自分は城の警備団長まで務めていたが覇気が全く違った。
『少し話がある。』
そう言って自分を店へ連れて行きいったのだ。
『お前だろ。』
ぞっとした。あの時のことを思い出すと未だに冷や汗が出る気すらする。
「殺されるかと思いました…。」
ははと軽く王は笑う。
笑い事じゃない。
正直なところ本当にそう思っていたし未だに思っている。
手が汗で湿っている。
なぜ自分と思ったのか、どこまで知っているのか。
話によっては自分が話さなくてはならないことがある。
「さっきあいつが暴露していったけど、いくつか気になることが残ってる。それが知りたい」
唐突に王が話しだす。
どういうことかわからない。
「最近、頭の中の中のもやが晴れた、色々あって。それでずっと気になってたこととか思い出したんだ。例えば、上皇王は聞かされた通り本当に心労で死んだのかとか」
そこからか。
では自分が気にしていた事には触れないかもしれない。
「例えば上皇后は老衰なのか。」
レイニが言葉を止めてじっとこちらを見ている。
その目線が突き刺さるように痛い。
「お前はなんでいきなり退団したのか、とか。その手」
レイニが自分の手をじっと見る。
その目線が怖くて思わず手をかばった。
「手が悪くなって剣が握れないから退団したと聞いた。それ自体をおかしいとはさほど思わなかった。でもその後に父が他界した。なんでだろうな。あの人の死の理由は不明だった。」
体が震えた。
「俺は今言った中に真実と虚偽があると思った。そうでないと筋が通らないからだ。俺が見たもの感じたことと、いくつかはおかしいと思ったからだ。」
じっとこちらを静かに見ていたレイニが、その目がその奥でじりじりとこちらを焼き尽くしそうに見ている。
ぞっとした。
「でも即位して周りがああだこうだ言うのを最初だからとおとなしく聞いていたら頭の中までくさったらしい。靄がかかったみたいに勘は冴えないし忘れっぽくなるし散々だった。」
「今は…違うんですか?」
声がかすれる。
やっと絞り出したみたいに声が出ない。
レイニは目を細め妙に色気のある笑顔で言った。
「どう思う?」
何を言ったら正解かわからなかった。
どうしたらこの目から逃げられるのか。
「どうといいましても…」
「知ってるんだろう。」
沈黙が降りた。
レイニはおもむろにグラスを取ると水を注いで飲み始めた。
水が注がれる音が静かに響いた。
「ああ、悪いな。水もらう。」
はいと言いたいのが、声が詰まってでなかった。
追及がそれたこの瞬間、気が楽だった。
そんなことなら好きにやってもらってかまわないほどに。
「父は自害か?」
息が止まるかと思った。
「クアドラから争った形跡はなく心臓が止まっており、死因は不明と聞いた。そうなのかと思ったものの納得が行かなかった。それは俺が父を好いてるとか個人的な感情じゃない。俺は当時、学生都市にいて修士を取ろうとしてたんだけど、あの人から手紙が来た。」
「手紙、ですか。」
意外だった。
あってもおかしくはないが、まさかと思った。
「意外だろ。俺も意外だった。手紙では、俺に印が出たことについて書いてあった。良かったと喜んでくれていた。心配することはこれで何もないともね。」
…まるで遺書のようだ。
「遺書みたいだろ。」
こちらを見透かしたみたいに言う。
どきりとする。昔からこういうところがある、この王は。
レイニに限らず印が出た者は妙に鋭く、そして運もいい。
聞くべきことを聞くべき人に、それが誰か知らないくせに嗅ぎつけて聞き出す。
今の自分がその聞かれる側だ。
「父は死ぬつもりなのかと思った。気になって帰ることにしたんだ。だから都市から戻った割には早かっただろ。」
「…はい、いつ発ったのかと思うほどに。」
学園都市から皇国までは、一週間はかかる。
うんとうなずくとレイニは話を続けた。
「帰って間にあうわけじゃもちろんなかったが、わかったこともあった。父は突然死で片付けられていた。おかしいだろうと言おうと思ったが、クアドラが目に入ったんだ。」
「クアドラが?」
「うん、あの目を見て思ったんだ。恨んでたよ。喪失で悲しむというより、怒ってた。なんでかがわからなかったから様子をみることにしたんだ。」
冷静に話し続ける若い王を前に、当時の自分をおもいだす。
あの時、自分は組織に属しておらず、何もできなかった。後悔しているというと、綺麗すぎる。せめて近くにいられたらと思いこの店を作っていた。でもそれすら建前だ。
「クアドラが父の死体を最初に見つけたと聞いた時、宰相だからと違和感はなかった。でもショックだったろとあいつにいうと、クアドラは彼の思いを繋ぐと言ったんだ。」
「それが、なにか。」
「あいつは一体何を目指しているんだと、たかが一配下にすぎない奴が何を勘違いしているのかと思ったんだ。でも今思えば、あいつだけがこれらの出来事の中心にいて情報を渡す役だったんだ。あいつが父の死を発見した。お前はそこからすでに降りてたからだ。その前も、あいつなら上皇王の死も、上皇后の死も情報を渡す位置にした。」
「…どういうことでしょう」
「そろそろ吐けよ。こっちがここまで説明してやったんだ。」
声が震えている。何を言えばいいのか。
頭の中がぐるぐるする。
「そうだな、例えば、父は自殺だったとか。」
「…なぜ?」
「上皇后を呪ったのは自分だとか」
思わず手を抑えた。
どこまで知って…。王をそっと見ればあのギラギラした目でこちらをみていた。
「…なぜそう思うんです…」
「 それが一番辻褄が合うからだ。自分の見たものと周りの考えが一致しないのが理解できなかったが、理由がようやくわかった。周りは上皇は上皇后をねたみと僻みでかばう心労により亡くなったと。そして上皇后は老衰で死んだ。俺の考えは逆だ。上皇王は心穏やかに亡くなった。上皇后は殺された。そして父は自害した。なぜならお前たちが目的を達成したからだ」
「なんの辻褄も合わない」
「いいや、あう。上皇王が亡くなってから、上皇后は急に体調が悪くなった。老衰なわけがない。そして父は自害した。そうすればお前らが迷走すると知っていたからだ」
『お前なら期待に答えてくれると知ってる。』
そうカリウスは言ったのだ。
「そう、俺の考えで証拠はない。だからお前が話せよ。上皇后が体調を崩し始めたのは、父が即位した後からだ。」
皇王の目が自分を追求している。
「手を見せろ、サイ。」
思わず首を降っている自分がいた。
自分がここまで往生際が悪いと思わなかった。
『信頼してる、サイ。』
「私は…」
罪を認めたくないというのだろうか、自分は
子供がいる。家族がいる。何も知らない家族が、どう思うか。
自然と首を降っていた。
いや、違う。それすらいいわけだ。
自分がしたどうしようもないことを知っている。
「サイ、逃げるな。罪から逃げ切れない。」
先代の言葉が蘇る。
『お前は理解してくれると思ってる。クアドラよりも。』
「陛下は、知らないんです。」
自分の指が疼く。
痒い。勝手に痙攣しだす指が無性に痒く、勝手に動き出す指を止められない。指をもう片方の手で抑え込んだ。
なんでこんなに話したくないのか。
どうしようもなく焦りながら、一方で冷静に指を抑えながら不思議に思う。
どうして…。
『俺がこんな弱音を吐いたと知ったらクアドラは俺を許さないだろうな。だからお前は言わないと知ってる。』
先代の言葉ばかりが呪いみたいに蘇るんだ。
手がぼこと奇妙な音を立てた。




