23 クアドラ:知らないうちに誰かが仕事してくれてたなんて都合のいいことはない
あの青臭いがきと別れた後、城を出て城下町を一人歩いていた。
貴族議決のことを出したら、あのサンティレールのガキが、明らかに青ざめた表情になったのは面白かった。
自分にどうかまってほしいと懇願してきたら、もっと面白かったが。
ふんと鼻で笑う。
こんなことでもないと面白いことがなにもない。
虫騒ぎが起こったというのに、城内はそれをおさめたからか妙な楽観的な空気が漂っている気にいらなかった。腹立たしい。もっと厳かな王城は一体どこへ行ったのだ。
そう、腹立たしいのだ。
予期していないことばかり起こり、自分の思う通りに進まないことが。
白く燦然と輝く城を見渡しながら考える。
自分たちを切り、勝手に王政をしり切り始めた。それはまだいい。教会の人間を再度入れてきた。
そして。
昨夜の出来事を思い出す。虫が湧いた。この神が治める皇都で。
どういうことだと私が問いたい。
だが誰に。
無意識に握りしめていた自分の右拳が、痛むほどに力が入っていた。手元を見れば黒い皮の手袋で指先からしっかり覆われた右手が見える。
古傷が痛む気がして右手をさする。擦る手の下で皮の感触とさらにその下に、無機質な異質な感触がある。
いつになっても慣れない。
この手袋の下に自分がかけたすべてがある。
痛む指をさすりつつ、昨夜、かなりの騒ぎがあったという中心の大通りのほうに向かう。
そう、何があったのか自分は知らない。
自分が仕込んでいた廃屋は何者かに襲われ、虫は放たれていた。あれは不出来でまだ使えないだろうといわれていたのに。
街は穢れが至るところを染め、不穏な様相を呈している。人々はいつもと変わらない様子には見えたが、人々の表情は脅えが見えた。
その街を足早に抜けると、飲み屋が並ぶ通りに入る。その通りの一角に警備兵が並び、立ち入りを禁止している区域があった。
ふん。
鼻で笑うと、先を急ぐ。
裏通りに入り、細い路地の途中にある簡素なドアをたたいた。
返事はないものの奥から音がする。
「誰だ…」
言いながら声が細くなる。
「ラスティアス・クアドラ…」
「いきなりフルネームで呼ぶとは、ご愛敬だな、サイ」
そこにはしわが深く刻まれ、年のわりに老け込んで見える男性がいる。
自分の昔の同僚であり、かつて、先代の王を支えた友人のサイだ。
以前、城で警護団長を務めていたが、ある時を境に職を辞し、城下で飲み屋なんぞをやっている。
飲み屋なんぞ、だ。
「…入るんだろう」
ドアのチェーンを外し、こちらを招き入れる。
中は暗く、シンプルなつくりながらも、丁寧に手入れをしているのがわかる。
「まだなんの用意もできてないが。」
「構わない。」
質素な店の中に入るとカウンターの席に座った。
「指が痛むか?」
「何を言いたい」
サイの声に怒りが混じる。
「…昨夜の虫騒ぎは俺じゃない」
しばらく沈黙が走る。
ため息混じりに、さいが口を開く。
「クドアラ…」
「だが潮時だ。この時を待っていたはずだ、俺たちは」
サイがひるむのがわかった。
「クアドラ、俺が言える立場ではないのはわかっている。だけれど、考え直さないか。まだ」
「何をだ」
自分の声を殺しつつも、怒りがにじみでる。
ずっと自分はこの時を待っていた。
「私たちが間違えたのはあの王を止めなかったことで、教会を招き入れたことで、それを制しようとしたことは間違っていない。それは今も変わらない。先代はまだこの国にいるべきだった」
「先代は、自分で選んだんだ」
「違う」
何を言ってるんだ、この男は。
「カリウスは自分で選んだんじゃない。あの人が死を自分で選ぶはずがない。…先代の死は関係ない。彼は失った側だ。」
いつもここですれ違う、サイと自分の考えは。
先代の死は突然で受けいられるものではなかった。
あの場面を見たのは、自分だけだった。そのすぐ後に連絡をとったのは、警護団を辞したサイだった。
そして二人で彼の眠るように動かなくなった姿を見た。死因はわからない。わからないことにしたのだ。全てが間違いだと思った。
「俺は失い続けるのは散々だ。友を失い、国のあるべき姿を失い、戦わずしてお前はまた逃げるのか」
サイは顔をそむけた。
そうなると思っていた。こいつはいつもそうだ。肝心な時に逃げる。
いら立ちながら続ける。
「俺は間違ってると思わない。今こそ国を取り戻すときだ。議決権を持つ貴族たちをよび、皇王の是非を問う」
「…」
「前々から声はかけてある。もう向かっているはずだ。お前も行動に移すときだ。」
「俺はもう充分協力している」
「協力? 城下や王の状況を流しただけだろう。城から逃げて、責任を放棄したお前はもっとやるべきことがある」
サイが言葉をのみこむのがわかる。
こいつは何も言えない。
最後に逃げ出したこいつは何も言う権利はない。
「だからこそ俺はやり通す。お前も責任を取る時が来たんだ。その指が痛む限り逃げられるわけがないだろう」
自分の言葉に、サイはかばうように手を後ろへ隠した。
その手は自分と同じく手袋で隠されていた。いつもこうして溝が埋まらないまま終わる。先代がいた時からそうだった。
俺はカリウスに王として立っていてほしかった。
唯一無二の王として。
教会の力を借りれば、そのことでカリウスが叩かれるだろうことは見えていた。なぜなら先々代がそうだったから。
上皇后がいたことで上皇王はどれだけ批判され、後ろ指をさされてきたか。
カリウスは先々代とは違う繊細な王だった。
そんなのには耐えられないと思った。
「カリウスが死んだのは教会のせいだ。教会にとどめを刺し国を取り戻す。明日だ。城へ来い」
目すら合わさないサイに言い放って席を立つ。
そしてそれを許した自分たちのせいだとしたら、自分はその責任を取る必要があるのだ。




