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20 レイニ:悪い予感は

「レイニ、いったい何が」

兵から報告を受けたのか、ルノが深夜だというのに自分を見つけて駆け寄ってきた。

まだ城内に残っていたことにも驚いたが、さすがというかなんというか。

城内もざわつきだし、声が飛び交いだしている。

城の端から城門までを歩いている間に、城は徐々に昼間のような喧噪であふれだした。

その中を頭の中が妙に整理された不思議な気持ちで歩いていた。

「たぶんすぐわかる。」

何もなければそれでいいけれど、おそらくそうじゃない。

暗い夜空では何もわからないが、なぜか汚染が立ち込めている気がする。

それほど空気が重い。

「そのままで行くんですか?」

「準備してる時間はない。」

話す間に城門を抜ける。

抜けたところで、胸が詰まりそうになった。

何か濃いもののなかにとびこんだかのように、息が苦しい。嫌な臭いに、重い空気、体調が悪くなりそうだ。

「これは?」

隣にたつルノも口元を抑えながら怪訝な顔でいう。

この領土は神の管理であり、この城は神の持ち物、つまりここは神域と昔から言われていたのは伊達ではなく、なにがしかの作用はあったのかもしれない。

門から出たら空気が全く違っていた。

「その原因を探す」

ルノに言うなり、走り出した。城門から続く道は参道と呼ばれ、参道はまっすぐ城下を抜け、城下町の城壁まで続いている。そこまでも高低差のため、蛇行と段差がひどい。

時折、屋根が自分の足元の高さにあるのを利用して、参道から民家に飛び移り、そのまま走る。空気の汚染がひどいところを目指す。凪いだように風がなく、どろりとした重い水の中で足を動かしているかのような気持ち悪さ。

早く解消しないとほかの影響が出そうだ。

住民たちのことを考えながら、走り抜けた。

屋根の上でぴたりと足を止める。何か変な音がした気がした。

何かを締め上げるような、途切れ途切れの苦し気な音。

静かに屋根のふちに進み、目を凝らす。

深夜ということもあり、暗がりの闇がさらに濃さを増している。

何かがおかしい。異様な臭気、肌がピリピリとする感じ、自分の印が痛む。

ふっと目をやると闇の中で何かが動いた気がした。

屋根から飛び降り、家と家の間の暗がりに詰め寄る。見えたのは黒い塊だった。闇よりも暗く、闇よりももっと濃度の濃いもの。黒い丸い塊から足が地面へ、そして背中から生えている。

虫か。

その背中の足が、方向を急に変えて自分を貫かんばかりに伸びてくる。それを寸前でかわしつつ、足を手でつかんだ。焼けこげるような痛みが走り、体のところどころがピリピリと痛む。印があったところだ。

気が付きながらも、つかんだ足をもう一方の手でも抑えつつ、一気に引き抜いた。

虫が弧を描いて宙を舞う。だいたい自分の半分ほどの大きさの虫をそのまま地面にたたきつけた。道の舗装が壊れて飛び散るが、虫が壊れた様子がない。

「頑丈だな」

腹を見せてひっくり返ったままの虫に向けて、こぶしで殴りつけた。

殴りつける瞬間、印が痛むと虫の外郭をあっさりと壊し、体内をえぐった。中から黒い体液が飛び散り、自分の顔や体にかかった。そこからまた異臭がし、体が痛む。

虫の体から抜いた拳が体液にまみれて、ちりちりと痛む。

虫は体を半壊させながらも、無数の足をバタバタとさせていた。それを上から踏みつけ、体を粉々にする。ようやく動かなくなった時には、自分も周囲の建物、そして道にもくろぐろとした何かが飛び散っていた。

「レイニ!」

追いついたルノが凍り付いたような表情で叫び、駆け寄ってきていた。

それを自分はやけに冷めた気持ちで見ていたが、黒い体液にまみれ異臭のする拳やら自分を見て、それも致し方ないかもと気づく。

「やるんですか?」

「当然だ」

ルノは自分の腰に差した刀を差しだす。

「御身に触るので穢れにはできるだけ触れませんよう。後ろはお任せを」

ルノから刀を受け取りつつ、笑った。

「住人たちは避難を。」

ルノに命じると、刀を腰紐に挟み走り出す。

さらに先が嫌な感じがする。

ルノが指示を出す声を後ろに聞きながら、臭いのする方へと走る。

建物の陰に虫が潜んでいたいたが、それが数を増していく。虫を見つけては、虫の足を切り捨て、本体をたたく。虫の殻は固いが、殻の継ぎ目は比較的刀が刺さるのに気が付くと、そのあとは虫をばらすのも難しくはない。

片付ける数に応じて刀身がぼろぼろになる。

刃が欠けた刀は道端に差し、後ろからついてきているルノから代わりを受け取って切り捨てる。

街が黒ずんでいく。空気がさらに密度を増して腐るかのようだ。

自分の国が終わるのはこういう時か。

一通り虫をばらすと、物の腐敗した臭いが町中に充満していた。

体が重くチリチリと印が痛む。印が痛み、その代わりに刀をふる力が増していたのはわかった。頭の中心がしびれるような感じに、だんだん思考が鈍くなる気すらする。

いら立ちだけが増し、自分が砕いた虫におびえながらもとどめをさす兵たちをみると腹が立った。

どういうことだろうな。

顔のべとつきを羽織で拭い、その羽織を脱いで腕を出す。羽織すら重く、異臭がひどい気がする。

自分の頭もおかしくなったのか。

はだけた部分から見える印のいくつかがこれまでにないほど黒くなっていた。

それすらもイライラした。

ふっとその時、風が吹き抜けた気がした。いや、気のせいではなく、自分の髪が風に揺らいでいる。

「風…? どこから?」

街の空気が少しずつ軽くなっていく。闇夜だが周りを見渡すと、彼女がみえた気がした。黒い服だから見えるわけがないだろうに、この間のように遠く屋根の上のほうで闇が揺れた。

近くにある壊した虫のかけらを足で踏みしめる。

虫の外郭を残して黒い霧が、風に消えた。

「…また阿呆になっていたようだ」

少しずつ落ち着きを取り戻した状態で、周囲を改めてみる。街の外壁が、道が、飛び散った虫の体液か何かでできた黒いしみがこびりついている。

城下の町並みが白いのが良かったのに。

考えながら、黒いしみに触れる。

違和感がない。さきほどまであった少し痺れる感じがない。今はだいぶ体も気持ちも楽だ。穢れが引いたのは彼女かもしれない。無理をしていないといいが。

少し心配になる。

「レイニ、大丈夫ですか!」

「ルニ、まあ」

「その穢れ、触れないようにとはいってもあの状況では…、レイニ?」

「あ、ああ」

「どうしたんです?」

「いや、また助けられたみたいだ。」

「はい?」

「こっちの話。爺様も印の使い方には気をつけるようにと散々言ってたの思い出した。」

「先々代がですか。その呼び方、久しぶりですね」

爺様か。

うんとうなずく。ルニを含め自分たちは、よく爺様に相手をしてもらっていたが、その時にいわれていたことを久しぶりに思い出す。

「なんか思い出してしまった。穢れがあるときに反応する印を使うと短命になりがちだからってさ」

短命と言われ、当時はさっぱりわからなかったが、今ならわかる。

自分の印は穢れを糧にして、力を増しているようだ。

生き物が寄生しているような変な感じだ。ひどくなるとあまりよくないのもわかる。

「先程のレイニは人が少しかわったようでしたからね。時々、そういうときがありました。」

「そうか?」

「はい、時々声や雰囲気が別人みたいでしたからね。」

そうだろうか。

あまりわかっていなかった。

だから代替わりの時にもうまくいったのだろう。

周りの人間が委縮していたのだ。しかし最近は穢れがひどくなればなるほど、自分の何かが鈍っていくのも感じていた。

「陛下?」

「ああ、大丈夫だ。街の被害は?」

「さほどでも。見た目は派手ですが、汚染はさほどでもありません。」

言いながらルニもおかしいと感じているのか、曖昧な返事になる。

「…これはどこからわいた?」

一番の疑問だった。

汚染地区でもないところから汚染虫が湧いた。普通ならあり得ないことだ。

「…誰かがまいたか」

ぽつりとつぶやいた言葉にルノが顔をしかめる。

「そんなこと誰が?」

「数日前、昼間、だれもいないところに虫が湧いただろう。あれと同じかわからないが、そんなことは可能なのか」

「不可能なはずです。」

ルノの動揺する顔とは相対して、妙に腑に落ちるものを感じた。

自分ならそうすると思った。

今まで施政がうまく行かないのは何故だろうかとずっと考えていた。

それは時間や条件ではなく、そもそも根本的な何かを間違えていたとしたら、どうだろう。自分の中でどんどんつながっていく。

大前提として、この都の虫も自然に発生したことではなく、この聖堂の不調も自然ではなく、誰かがこの国を転覆したいと思っているもしくは、何かを狙っているという前提で考えれば、色々なっとくいく。

そして自分ならそうする。

まだ考える要素は多いけれど、検討する価値がある。

もし自分が王を狙うとしたら、直接殺すよりも、王の国政のまずさや不手際さを突く。そのために不手際の証拠を出したほうが理由ができ、より問題が起こらない。

「レイニ」

ルノの声に、ゆっくり振り向いた。

「どうし…?」

「ここ一帯を調べろ。虫の出どころがないか」

ルノの言葉を聞かずに答える。

「まさか、誰かが本当にやったとでも?」

うなずいた。

ルノがそれ以上何も言わず其の場を去った。

手近な兵に指示を出す声が聞こえる。

今まで頭がおかしかったのは、本当に自分かもしれない。

周りがこうすべきということを無難にこなしていたら、そこに真実はなく、結果自分の頭がいかれただけだった。

疲れていたが妙に頭はすっきりしていた。

「はは。」

にやりと悪い笑みが止まらない。

いくつかの顔が浮かぶ。

情報が何故か筒抜けだったり、施政がうまくいかなかったり、そもそも。

そう、そもそも始まりがおかしかった。

「いやいや、愉快だ。」

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