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17 黒雪:本業開始

昨夜は聖堂から戻ってきた後、少し調子がよくなったこともあって蒼志を待っていたのだ。

でもとうとう来なかった。

あの聖堂の状態を伝えたいというのと、よくわからない自分のこの状態を誰かに話したくなったのだ。でも今はちょっと後悔している。

昼過ぎだというのに起きたら、体が重い。

気持ち的にもぐったりする。なんとか体を起こし、髪を見ると真ん中ぐらいまで黒く染まっている。

昨日、聖遺物にいたから汚染が多少なりともすわれたのに、前よりひどくなっていることに驚きを隠せない。

どうも汚染があると吸い取る傾向にあるらしく、全自動吸引器とまで兄弟に言われたのはざらではない。

嫌だけど、えぐりださないといけないようだ。

痛いからいやなんだよな。

起き上がってベッドの縁に腰掛け、昨日帰ってきたままきていた服を脱ぎ捨て、下着姿になる。

どさっと何かが落ちる。古びた羊皮紙の小さな本だった。聖堂でとってきて忘れていたのを思い出す。

とはいえ、いま直面している危機を先に片付けないとどうにも集中できない。

本を一旦、あきらめ、自分の体を触る。

腹のあたりがざわざわする。そんな曖昧な表現だが、違和感は間違いない。

腹をなでると肌の柔らかさの中で、コツンと石でも皮膚の下にあるのかと思う変な感じがする。指先でまさぐると、親指の先ぐらいの幅がある何かがわかる。

その異物の先端をつまみ、引き抜く。

「いっ」

思わず声が漏れる。

ぐちゃっぐちゃ。

肉をねじ切るような音をさせてる。自分の肉を引き裂いて異物を引き抜いているのだからしょうがない。

「はっあぁ。」

一気に引き抜くとこぶりな剣が出てくくる。

それを皮切りに、腹の穴からずるずると芋づる式に黒い武器が出てきては床に落ちるときにがらんと重く低い音をたてる。

かしゃん、がしゃん。

淡々と音が響く。

黒い武器で部屋の隅に小さな山ができた。

「はあはあ」

少し荒い自分の息がとまらない。

何の役にも立たないなまくら刀だ。

切れることもないし、それでたたいても、くにゃっとして痛くもない。だけれど薄い膜みたいなものに包まれているから、汚染が漏れることもない。

ぽたぽたっと汗が床に滴る。自分から出た何の役にも立たないものは、出すとき苦しいけれど、出した後はすっきりする。

体がだいぶましになった。腹にも首筋にも何の後も残っていない。残らないのはいいんだけれど、この苦労をあんまり誰にもわかってもらえないのがつらい。

ミネリから借りているタオルで汗でしめる体を拭く。

この汚染の塊をどうしよう。

冷静になって思う。

これだからやりたくなかったのだ。見た感じ明らかにやばいのに、処理するのに聖堂が必要だ。これはこの教会では処理できない。

つまり?


汚染を取り出す作業とは別の緊張感が走った。

心臓がバクバクいいだす。

これは聖堂に処理しにいけと言うことなのだろうか。顔がひきつるのがわかった。

『だからまたここにきて。明日とか』

という言葉がそのまま蘇る。

真に受けるほうがおかしい。

そう、きっとそうだ。

だから真に受けない。

ちょっと彼の筋肉質な体とか思い出してしまったが、今度こそはまどわない。

なんたって40にして不惑だし。私は仕事をしているのであって、ちゃらちゃらしているのではないのだ。

考えながら何を言い訳しているんだろうと我ながら恥ずかしくなる。

とりあえず、片付けよう。


脱ぎ捨てた服やタオルを集め、床にある羊皮紙の本を見た。

気持ちを落ち着けるにもいいかもしれないと、本を手に取り、ぐるぐると本そのものに巻かれた紐をほどく。

ほこりにまみれ固くなってしまった紐の結び目を、丁寧にほどく。

これなら今までだれかに見つかってもいいようなものだけれど、それほど誰も入らなかったという言ことなのだろうか。

劣化して固くなった本を開くとぱりぱりと音がした。

中の状態は思ったよりよかった。何冊目なのか聖遺物の記録を付けたノートのようで、二年ほど前のものだった。


内容は日々の祝詞をあげたこと、どれくらいの人が来てくれたこと、上皇王が聖堂に来てくれたことなどだった。

でも途中から様子が変わる。

聖堂の様子がおかしくなっていく。具体的には汚染がとりづらくなっていく。

何かがおかしいと思ううちに、自分が体調を崩していく。

しかしその頃には上皇王が伏せがちになっていったそうだ。上皇王との馴れ初めと、彼が上皇后を外に出してあげたいと言われていたことが書かれている。

確かに上皇后は行動を制限されていたことをミネリがいっていた。

だから上皇王には言えず、彼を最期まで見送っていたことも書かれている。だいぶそのときには調子が悪かったようだ。

それを押して上皇王を見送った後も手記は、震える字で続いていた。

聖堂の状態がよくならない。経験がなく教会にも協力を求めるも、そもそもとして連絡の手段が限られていて時間がかかりすぎること。

最後は聖堂とは関係がないのかもしれない。

食事が喉を通らないこと。やせ細っていく自分にたいし、周りが協力的ではないこと。

そしてその状況を教会には言えないこと。

教会嫌いがこんな影響になってしまった。

でも上皇后は、他国へ勉学に行った王子のために少しでもよくしたいと書いている。

先代の王のためにではなかった。先代の王について代わりに書いてあったのはべつのことだった。

『王は聖堂を望んでいるともいないとも言わない。優し気に笑って決して悪く接しもしないが、かといってよくもしない。それは今までと一緒だが、今日は違った。彼は何かとても暗いものを抱えている。久しぶりに会って、少しぞっとしてしまった。あの暗い目は、上皇王がいたときはみたことがなかった。あの人がいなって何かタガがはずれてしまったかのようだった。最後に言った一言が忘れられない。体の具合はどうだと。具合については何も言ったことがなかったのに。そして笑った。この国に来て怖くて逃げたくなったのは、初めてだった。』

先代の王についてあまり人や文献から聞いたことがなかったことに気づく。

悪い話もなく、でも印象に残るわけでもなかった。在位が短いためでもあったかもしれない。

上皇后の手記はまだ続いている。

『あの人は何かをしている。でも何かが見つからない。見つける前に、わたしは生きていないかもしれない。でもわかることは、聖堂に誰かが何かをした。それは王なのかはわからない。証拠がない今、明言はできない。この聖堂をよく思っていない人は多い。けれど、クアドラ卿は特に嫌悪感を露骨に表す。それは私にはかわいく思える。あの人は私自身を恨んでいない。教会を嫌っていても、個人を嫌っていないのはわかる。けれど王は違う。どうか気を付けて。この手記は見つからないように隠しておく。この国の人は教会の術式をあまり知らないけれど、でも注意深くあることは決してマイナスにならない。とても残念なことになにか悪意があり、悪意は汚染を増長させてしまうから』


手記を何度か読み返し、閉じて封をした。

具体的ではないけれど、聖堂に何かが起こったのは確からしい。

この国の汚染の濃度がひどいのは姉たちの要因だけではなく、聖堂があそこまで壊れているのも、何かが関係していないとはいいがたくなってきた。

もう一度、聖堂を見る必要がある。国は隠そうとしているようだけれど、そうはいっていられない。

なぜ上皇后は死んだのか。

聖堂に何が起こったのか。

それを知ることがこの国の汚染状況を改善できるかもしれない。

昨日も来た作業着を引っ張り出して着替え始めた。

作業服は本来は教会員がひどい汚染を除去するときの防護服だった。

黒い特殊な加工をした布地で、汚染を寄せ付けづらい。防護服の下には水着のような下着を着こむ。下着の上に上下のつながった黒い防護服を着ると、その上からフード付きの上着を着こむ。教会でも顔を隠す自分にはフード付きはとても便利だ。

防護服の上からブーツを履き、ベルトで固定する。同じように腕の中ほどまで長さのある手袋をはめ、上腕でベルトを使って固定した。髪は防護服の中にたくし込み、髪ごと顔をきっちり隠すようなフルフェイスのメットのようなものをかぶると、口元だけが出ている状態になる。

ガスマスクのような顔半分を隠すマスクをつければどこにも隙間がない、作業着状態になるが、苦しいので首からかけて聖堂に入る時のみ使おう。

自分は汚染に強い方だけれど、これから先、予想がつかないからできる限りの装備をしても問題ないだろう。

もう一度黒い汚染の塊をみた。

静かにただじっとしている切れない武器たち。自分が吸ったことでこの国を助けたのなら、意義を少し感じている。

ベッドのシーツを拝借して、汚染の塊をまとめてつつむ。

重さはほとんどないが、動くたびに音を立てるのでシーツをはさみながらクルクルと巻くと、背中にしょって胸のあたりでシーツの端をしばる。だいたい十数本あったけれど、入らなかった分はベッド下に隠した。

…会うかな。

いやいや、自分は真面目に仕事するのだ。

恥ずかしさに一人で勝手に顔を赤らめながら、窓からそっと出た。


外は相変わらず静かで、空気はひんやりとしている。空には月が奇麗に輝いていて、明かりがなくても十分に周りが見える。

昨日と同じように教会の屋根から王城の外壁にそってすすみ、聖堂近くから内側に滑り込む。

聖堂の位置は昨日把握したから、問題なく見つけられたのだが、昨日見つけた時とほとんど変わりがないのが気になる。

聖堂特有の波長を探そうとすると見つからないかもしれない。昨日と同じく壁と地面の間から入ろうとする。背中の荷物が引っかかるのは確実なので、下ろしてから先におしこむと自分もはいつくばって中に入った。

崩れた梁と瓦礫になった壁、そして天井の穴。穴からは月明かりが差し込み廃墟の聖堂の中は明かりがなくても十分見える。

そしてそれ以上に青い床。

古びたただの石畳でしかないそれが静かに昨日と同じく青く光っている。自分の目には青い液体で満たされているように見える。それが何もないのに波打っては、溢れた液体が淵から溢れ、じわりと広がりそして消えていく。

昨日と同じく調子はよくないらしいが、まだ息絶えてはいない。

よかった。

安堵したことにふっと不安を覚えた。

一日ももたないほどにひどいと自分は思っていたのだろうか。シーツから汚染の塊を取り出すと崩れた梁のうらに押し込めて瓦礫で隠す。

それにしても正常に動いている状態の聖堂からは程遠い。

私が見た過去の聖堂は、それなりの広さの空間一つを全て使っており、その中の一か所で人一人分くらいのスペースに高濃度の汚染と清浄が流れている。


普通の人は汚染をうまく扱えないので、教会員が補佐をする。

どうやるかというと、教会員が祝詞を唱えると清浄と汚染が反応して脈の流れが速く強くなる。流れの強さに、人の汚染も巻き込まれて、近くにいるだけである程度取れるのでスッキリするという仕組みらしい。

だが残念なことに、教会員にも一般の人にもその高濃度の部分は見えないことが多いので、祭壇を置いている。

そうすると高濃度の部分が誰にでもわかり、不用意に触れたり近づきすぎることを防げる。人にとっては清浄も汚染も高濃度すぎると危険で、中毒を起こしたりやけどに似た症状を起こす。そのため、近くに行くが、中心地には触れないようにしている。

自分は祝詞をうまく唱えたりするのなぜかうまくいかない。どうも強引すぎるらしく、汚染を吸い取るのも清浄を吸い取るのも過度になる。

ここも人がきていたときは、恐らくは同じような配置だったのではと思う。

それを考えると今の遺物はどれほど異常な状況なのかわからない。


這いつくばって手を入れる。

どろっとした何か塊が至るところにある。いま、自分が触っている縁ですらなんだかぶよぶよしている。おそらく汚染の塊なんだろうけれど、ここまではみたことがない。

つまりは入口も不確かだし、中に至っては更に不明ということだ。

勇気がいるな。

とは思うもののほぼ腹は決まっていた。

何かがこの中にある。

それも誰かが意図して仕込んだものが。

再度、服装を確認して、ガスマスクを顔につける。閉所恐怖症な人は耐えられないと思う。

その状態で聖堂に顔を突っ込んだ。

狭い。

人一人分くらいしか通る幅がない。

よく見ると入口に汚染の塊が張り付いているその下に、遺物の構造物が見える。

遺物は形ある物なので、あるのは納得できた。ただ階段みたいなのだが、降りるには汚染のぶよぶよが階段を飲み込まんばかりにせせりだしていてとても歩けない。せいぜい階段のヘリに捕まり宙ぶらりんでおりていくぐらいだろう。

この状態なら落ちることはないだろうし。

一旦顔を出すと足から入る。

ずぶずぶと自分がなにかに飲み込まれているかのような不思議な感じになる。

ゆっくりと中に降りていくが、通常ならスムーズに行くところどろどろしていて、自分が体を下に押し込まないと入れない。

顔まですっぽり中に入るとブヨブヨで四方が囲まれていた。波長からすると汚染の塊みたいだ。

澱みたいに時間が経って溜まったものもあるけれど、一部違う気がする。

さらに下に降りる。

聖堂の中は時間の流れや感覚が全く異なる。その聖堂によって、というよりは、その聖堂の気分や状態によって変わるようだ。

これといった決まりもないため、自分が見つけるしかない。

この聖堂はどんな感じかわからないが、ある程度明るく息も問題ないのに、異様に息苦しい。それに暗い。

足が急に広い空間にでたかのように自由になる。

ゾッとする。

手で触っている遺物を思わず掴み直す。広く暗い夜の海に放り出されたような気がした。

苦しいな。

あまり持たない気がする。一旦戻ろうかと思ったその時だった。

暗いその先に何かがいる気がした。遺物の中は通常生き物はいない。

自分みたいなのは稀だし、それでもずっといつくことはできないはず。

なんで生き物だと思ったんだろう。

暗闇の向こうで、何かがこちらを見ている。

いるんだ。なにかが。

それは静かに奥深くに沈んでいく。

その何かを見る。

汚染が溜まり、流れていない中では何もかもが混沌としていた。

交わるはずのない種類の波長が混ざって共鳴して不快な波長を生む。

だから汚染されると気が狂うのか。

昔見た汚染地区にいた重度の汚染中毒の人間を思いだす。

それにしてもあれは、なんだ。

ゆっくり沈むそれがわかるのは、汚染でも混ざっていないからだ。

汚染の中で異質で独立して個を保つなんてこちができるのだろうか。

そこまで考えて、彼女、上皇后の懸念に思い至った。


『聖堂は呪われている』


上皇后が処理ができなかったからではと思ったが、そうではない。

これは呪いなのか、そうではないのか。

どちらにせよあれが聖堂の機能に影響を及ぼしているのは明白で、排除が最も効果的に思えた。

少し苦しくなってきた。皮膚がチリチリする気がする。

汚染が濃すぎる。

階段のヘリを掴みよじ登りながら遺物の入り口を目指した。

細いヘリを掴みブヨブヨの汚染を足がかりに上へと上がる。

大した距離を降りていないと思ったが意外と苦労した。

遺物の中では時間と空間が乱れる。自分の感覚と実際が大きくずれていることなんてしょっちゅうだ。

ようやく上に突き出した手が汚染でも清浄でもない空間にふれる。

思いがけず、安堵感が込み上げる。

珍しく頭痛もしかけてたし、しんどかったんだよね。

さっさと出たくて勢いよく遺物から這い上がった。

ん?

目の前に人がいた。黒い髪に黒い羽織。その人が目を見開いてびっくりしていた。


文字が多すぎたらしいので分けています。

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