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16 ラスティアス・クアドラの場合

穏やかな朝の日差しそそぐ王城の廊下を歩いている。

静かだ。

すれ違う侍女たちや官僚どもが自分を見てそっと目をそらしていく。

自分は皇国を支える三大貴族ともいわれるのに、この嫌われよう。

一瞥をくれて前をみる。

現国王の母は自分の従妹であり、さらに自分は先代王の宰相として動いていたというのに今や腫物の扱いだ。

嫌われるのは構わない。嫌われたのも現王の就任時に、刷新のためといって一振された対象だからだろう。

先代を支えきれず、失政を繰り返し、現状をここまで悪くしたという理由付きで。

嫌われるというものだ。


かつかつと歩く音が響く。

この高低差のある王城は移動に時間がかかる。

この国でとれる石を使った歴史あるこの城はこの国の象徴であり、燦然と輝く姿は誇りでもあった。しかし今やこの都そのものがかすみ、力を失いかけているかのようだ。

今日、この朝早くに皇城に出向いているのは、陛下の朝の公務の前に話をしておきたかったからだ。仕事が多忙を極めるのは確かにわかるが、それを理由に時間を取ってもらえないのも手に取るようにわかる。

おそらくあの陛下のことだから、自分がわかっていることも知っていて、煽っているのだろう。

青二才、若造と思っていたが、いつの間にやら腹黒くなったものだ。


中央塔にやってくるとこの時間に自分がいることに驚いた官僚たちに動揺が走っている。

「陛下は?」

陛下の執務室に来ると、近くにいた官僚に声をかける。

「クアドラ様、おはようございます。陛下は、その」

「いらっしゃるのか、どうなのか」

「ご面会のお約束は?」

陛下に言われているのだろうが、的を得ない答えにいら立ちを隠せない。

「時間はとらない」

「ですが…」

強引に話を進めると、執務室をノックした。返答がない。おそらくそうだろうと思い、無礼を承知で入ろうとしたところ、ドアのほうが開いた。

その先には、あのサンティレールのガキがいた。

薄い濁った金髪に細面、眼鏡の奥できつそうな目をしているが、若干の動揺を感じる。

この小僧は自分を苦手に思っているのもしっている。

そもそもこの小僧の母親が国外から来ているのも、こいつが自分を苦手にし、この国に負い目に感じる理由の一つだろう。この国は古いだけに伝統を重んじるから、母親も国外から来たという理由だけで周りからの当たりの強さに苦労したのを知っている。

そして同じようにこいつも苦労しているはずだ。

なのに、皇后を迎え入れるだなんて本当に愚かな。

「おはようございます。陛下は?」

「…いらっしゃいますが、ご用件は?」

眼鏡のガキは緊張気味に答える。

まだ昨日、自分と話した内容を陛下に確認していないのだろう。

「昨日の話ではない。皇后が入城するという噂を聞きましてね」

ガキの顔が一変した。

なるほどと、考えが確信にかわる。このガキはほんとうにわかりやすい。

奥から声がする。

「おはようございます。面会をお許しいただき光栄です。」

「どうやったってはいるつもりなんだろう。何の用だ」

機嫌が悪い。

部屋に一歩入るなり言われる。

天井が高く広々とした空間なのにどこか暗いこの部屋は、先代王が使っていた時と何も変わってはいない。

違うのは書類が山積みの机にふんぞり返って腰かけている現皇王だ。

先代のご子息で、昔は似ていると思ったのに、最近では先々代の王に似てきた。若いのに妙に眼光鋭く抜け目がない雰囲気だ。癖のある黒髪を飾り紐で結い上げ、黒地に金糸の羽織を着ている。その首元、そして顔の右上に御印がはっきりと見えている。

先代にはなかった、いや消えたものだ。

内心、舌打ちをした。

自分のほうが政務の補佐を長らくしていたのに、あっさりと代替わりとこの若造どもを入れてきた。若造、王の横にたつルノを見る。

冷めた顔で国王の横にたち、まさに仕事を始めようとでもいう感じだった。

既視感をおぼえる。自分と先代王もまさにそうだった。

「どうした?」

「いえ、陛下、つまらない話を聞きまして成否を確かめさせていただきたく参じました。お近くに行っても?」

皇王がつまらなそうにうなずくのを見て、王のほうへ歩み寄る。

「何の話だ」

「皇后が来ると。教会から派遣された教会員がすでにこの国にいるらしいと。これは本当ですか?」

皇王の顔がゆがむ。

「そんな話どこから聞いた?」

「あるつてですよ。私に何もお話がないとは陛下もお人が悪い」

「まだ話す段階じゃないだけだ。忙しいのはお互い様だろう」

よく言う。

腹の内が読めない男だ。

「つまりそれは本当だと、そういうことでしょうか?」

切り出すと、先ほどから後ろにいた眼鏡のガキがそわそわしだすのがわかる。

それを見たのか皇王が腹を立てるではなく、笑い出した。

「いや、すまない。ティドーから聞いたのか? 皇后を呼ぶという話はどうなるかもわからなかったから、周りの数人にしか話していなかった。悪かったな。ただ予想よりも早く来たらしい。俺はまだ会っていないが、ティドーはあったというからな」

「ほお」

眼鏡のガキをみるとさっと顔をそらした。

昨日話をしたはずだが、その時にはすでに会っていたということか。

「陛下。国の状況を思ってとのことでしょうが、ことが性急すぎます。上皇后がなくなってからの国民の民意としては教会にたいする嫌悪が増すばかりです。そのような独断は…」

「独断も何も、何もしなかった結果が今だ。穢れの地は出始め、不作に予想しない悪天候と対応ばかりに追われている。今更何を驚くことがある。」

「しかしながら」

「王は俺だ。俺が決める。ただ聖堂を修復し、用件をこなすだけならば知れ渡る前に終わるだろう」

「では滞在を認めると?」

「国のためにできることならば、何でも手を打つべきだろうが」

「…ならば私もしばし様子をみさせていただきます」

王の睨むような目つきが驚きで見開かれる。

「はっは。わかった。好きにしろよ。仕事だ」

しっしと手で払われる。

横暴で傲慢な王だ。

先代の繊細さを思うとあまりの違いに怒りを覚えながら、執務室を去った。




先代の王は線の細い人だった。

体が大きく血気盛んなアフィリアの人間とは思えない容貌で、自分も最初見たときは女かと思った。

それほどこの国には似つかわしくないほどの優しく繊細な人だった。実際にあった時はまだ年が近いという子供同士で、もう一人の友人とともに、この国の将来を支える者同士として切磋琢磨した。

その先代王、カシウスは良い王になると思っていたし、自分がそうするつもりだった。

『信頼してる』

よく彼に言われた。

彼のためになることはこの国のためになることだし、そのためならどんな努力もいとわないと思った。

実際、彼も努力家だった。文句を言わず、先々代がご高齢による崩御の際も、即位までを取り仕切り誰よりも動いていた。

それなのに。


ため息がでる。

なにを間違えたのかといえば正直わからない。先々代の王の在位が長かったせいか。カリウスの即位がすすまなかったからか。

それもカリウスには負担だったろう。王位の証といわれる御印が出ないからとか、教会の後押しをしているから我らが神たちに見放されたとか、さんざんなことを言われた。

それを制するようにいかに進言しても、カリウスは何もしなかった。

不思議なぐらい是も否も言わず、好きなように言わせておき、あの穏やかな表情のまま何もしなかった。

周りがその態度にいら立つほど。皇太子であった現皇王ともあまりに違い、現皇王に先に印が出た時は、寝返るかのように人が去っていった。

だからあんなことになったのかもしれない。


歩き塔を出ると、ちょうど後宮と聖堂が真正面に見える。機能しなくなった後宮と腐ちて半壊した聖堂だ。これを見ると忌々しさと僅かな後悔を感じる。

最後までカリウスは穏便な方法を望んでいた。

彼と血のつながりのない皇后に、彼の父は傾倒し、彼を生んだ母に寂しい思いをさせていたのを知っていたとしても、皇后をないがしろにはしたくないといっていた。理不尽な思いをしていないはずがないのに、皇后その人を恨んだりはしていなかった。

自分も皇后その人を腹立たしく思うことはなかった。美人ではなかったが不思議と気を許せる感じにさせる、独特な人だった。

誰が悪かったのか。

誰もが悪くないわけがないのは知っている。

でもそう思わざるを得ない。

私たちはカリウスを失った。

そしてこれほどの穢れをため込み、この国は傾きかけ、どこへ向かおうとするのかも見えないほどに迷走している。

『信頼してる』

カリウスの言葉が響く。

自分には国を良くする義務がある。

聖堂に背を向けると、塔を降りて城門へと向かう。

皇后が、つまり教会から人が来たという話は町中であっという間に広まったらしい。

どうやら相当目立つ装いで明らかに女とわかり、皇后候補である証拠をちらつかせたというから、何という馬鹿なんだろうと思う。

しかし教会員が来たというのは都合が良かった。以前から準備していたものが、ようやく役に立たつ。

城門を抜け、街に降りる。

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