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14 レイニ:くたびれた仕事のあとには

最近、仕事が終わるのが遅い。

夜もしっかり更けたころに、自室へ戻るくらいには片付く。

何やってんだろうな。

机の上に乱雑に重ねられた書類を、その気なしにパラパラとめくっては、吐き気がして指で弾いた。

ドサドサと山積みの書類が雪崩を起こして落ちていく。

やれやれ明日誰かにやらせよう。

一層疲れた気分になって立ち上がると、崩れた山の下から1冊の本が出てきた。

そういえばと思いだす。

祖父か父の本らしく教会の本だったので、気になってずっと読もうと思って出しておいたんだった。

庶務に振り回されて存在すら忘れていた。教会の本を引きずり出すと家に載っていた別の本がさらに雪崩を起こしていく。

まあいっかと、そのままにして本を広げた。

教会の成り立ち、四つ羽の竜の紋章。教会の汚染のとり方などなど。

ん?

手が止まった。

印があった。

忌みの印だ。この国では使わないけれど、忌み嫌われているのは同じだ。こればかりは世界で共通らしい。学院でも同じような扱いだった。

でも教会は違うらしいようなことが書いてある。

「汚染を封じ込めるもの。噴出を防ぎ、周囲への被害拡大を防止する…。」

文章をなぞって読む。

そういえばと引き出しを開けて奥からボロ布を取り出す。

いつぞやサイの店で見つけたやつだ。

女はあのとき倒れた男から出てきたように見せかけていたが、実際は女の持ち物だろう。

広げて見ると本にあったのと全く同じ形だ。

見ながら別のものを思い出していた。

似てるな。

ダリルの教えで、ごく一部しか知られていないが、あるものとなんとなく似てる。嫌われるものは形が似るのか。

布を本に挟み込んで机の奥深くに本ごと隠す。

もう遅い。

机の周りは荒れたままに部屋を出た。もう城内で歩き回る人もおらず、自分の歩く足音が静けさの中に響いている。

昼間、ティドーに話をしたが、結局彼は教会員を連れてこなかった。

どうなってるんだろう。

そんなことをぼんやりと考えながら城の中を歩いていた自室に戻るには青の塔の外側に沿うようにある階段を使うことができる。


海が見えるので気持ちが良いのだが、月がたまたま雲に隠れているのか、今夜の空は暗く静かな夜だ。

風に乗って混ざる海の音が心地いい。

ふと視界の端に何かが見えた気がした。

こんな時間に誰かいるとは思えず、周りを見渡す。

ふと下を見ると、木々の間から青白い光が漏れている気がする。あそこには何もなかったはず…。

はっとして蒼の塔を足早に降りた。

二階ぐらいまでくると、面倒なので手すりから庭へと飛び降りる。

久々にこちらに来たが、誰も手入れをしていないとはいえ、木の茂り方や草が乱れてとても城内とは思えない状態だった。

これはなかなかひどい。

昔の面影はなく、城内の一部とも思えない。草を踏むようにして歩く。

確か、聖堂はここだったはず。

木々の間をすり抜けて進むが、夜ということもあってか一層濃い闇の中で先がよく見えない。

しかしこの闇の奥に何かが溶け込んでいくような、引きずり込むような、静かで不思議な風が流れていく。

自分の住処の一角なのに不思議な気分だった。

まるで初めての場所を歩く気分で足音を忍ばせて近づく。

闇の中で時折、かすかに光るものがある。目がおかしくなったのかと思ったが、やはりさらに先のほうで何かが瞬いている。

これが塔の上から自分が見たものだったのかもしれない。

夜目に慣れてくると、自分の周りの木々や草木が見えてきて、瞬いている原因へと向かった。

地面から光があふれているのかと思った。

暗い中でそこだけ妙に明るいから目が慣れず周りがよく見えない。

しばらくするとようやく目が慣れてきて、じつは自分の目の前にとコケとツタに覆われ半壊した石の壁があるのわかった。

半壊した聖堂だった。

その聖堂の崩れかけた石壁から明かりが漏れていた。

特に明るかったのは壁と地面の間にある穴だった。塔から見えていたのは聖堂の屋根あたりだろう。地面からは光が明滅しながら、漏れだしている。

こんな状態だとは聞いていなかった。


かがみこみ、奥へと入ってみる。

中は空洞という感じだった。

折れた梁と柱が支え合って、奇妙な空間を作っていた。

そして外よりも明るかった。

それよりも、注意を惹きつけるのは、床の真ん中で倒れていた人だった。

見て一目でわかった。

昨日の女だった。

灯りのせいで会った時よりも青白い肌をしている。

長い髪が、風にあおられるように床の上で緩やかに舞っていた。相変わらずかわいい。

聖堂内を見渡す。

この人が掃除でもしたのか、中央の床の部分は奇麗にがれきが除かれ端に寄せられている。

何かで拭いたのか埃っぽさがなくなり、清浄な空間というと少し大げさだがそんな感じだった。

あらわになった床が、床の下から青く光る何かであふれ、部屋全体を明るくしていた。

ただの明かりではないのは一目瞭然で、明るさが何もしていないのに強くなったり弱くなったりを繰り返している。

その中で、彼女は奇麗な顔で気持ちよさそうに眠っている。

小さな寝息が聞こえた。

何かあって倒れたわけではなさそうだ。それにしてもこの顔いろの悪さはここの部屋の明るさのせいなのか、他の要因なのかわからない。

ほおにかかる髪を指先でそっととると、そのままほおに触れてみる。

ひんやりとしたほおは女性というには、少しあどけなさを感じさせる。

白い肌に整った顔立ちが、今にも壊れてしまいそうなはかなさがある。自分が触れたら今にも砕けてしまいそうな。

かわいい。

いくら見ても可愛いな。

思わず見とれていると、ん、と小さな声を出して、彼女が顔をしかめる。

起こしたかと思って指を離したとき、彼女と目が合った。

静かにこちらを見ていた。ただ寝ぼけているだけなのかもしれないが、あの白い瞳でこちらをじっと見ている。

「祝福が…」

彼女のつぶやきになんだと思う間もなく、さっと彼女の焦点が合い、大きな目がより一層大きく見開かれる。


彼女が勢いよく体を起こし、後ろに飛び退った。

部屋の明るさが、さっと引いていく。

先ほどのような煌々とした明かりはなく、ようやくお互いが見える程度に部屋は照らされた。

「悪い。驚かせた」

彼女は顔を手で隠し壁際まで下がっていく。

壁際といってもそんなに広くない。

それよりも下手にがれきに触れると倒壊しそうなのが心配だった。

彼女の緊張が空気越しに伝わってくる。

「俺はレイニ。レイニ・クラウス。昨日、街であった…というかあの時は悪かった、驚かせて」

彼女は何も答えない。

「どこかにつきだしたりするつもりはない。ただ少し話がしたいだけだ」

かなりの間をおいて彼女がつぶやくように言った。

「…話って」

緊張した語調だが、少し話す気になったらしい。

「そうだな出身地とか?」

相手のあっけにとられた表情が手の隙間から見え、顔を隠せていないことに気づいたのかさっと手で顔を隠す。

可愛いな。いちいちしぐさや表情がかわいい。

「君のことが知りたい」

「他に聞くべきことがあるでしょう。」

怒っているようだ。

真面目だな。

やってることとまるで違うのに、相手は真剣そのものだ。面白くなってくる。

「例えば?」

「た、例えば…? なんでここにいるかとか。」

「じゃあ、なんでここにいる?」

「…。」

説明しようと手ぶりを交え、それができず、すごく困った顔をしてる。こんなんで潜り込もうなんて隠密には不向きだな。

「別にいいよ。俺が知りたいことじゃない。」

困ってたくせに、俺が言うとまるで意外だったと言わんばかりの空気になる。

来た理由をある程度知っているだけに面白い。

もうしばらく自分のことは伏せておくことにする。

「代わりに部屋明るくってできる? さっきより暗い。」

「…嫌です。」

できないとはいわないことに驚きつつ、聞いた。

「なんで嫌なの?」

「ではなぜ明るくしたいのですか?」

「顔が見たい。」

「私はみせたくありません。」

即返事することが不思議だった。

まあこんな忍び込むなんてことをしていたら、普通は顔を見せたくないだろうけど。

「そういえば、昨日も顔隠してたけどなぜ? 可愛いのに。」

相手が緊張するのがわかった。

部屋がぱっとあかるくなり、また薄暗くなっていく。

「そそそそういうことは違う人に言ってください。」

「誰? 特に言う人いない。」

「い、いるでしょう。奥さんとか彼女とか、そういうこと言われて喜ぶ人が。」

「いない。」

「じゃあ、か、からかってるんですね。」

「からかってない。なんでそんなこと思う?」

不思議だった。このあまりにうぶな反応も正直すぎるところも。

「だってそんなこと言われたことない…」

言って彼女は顔を手で隠す。

動揺が手にとるようにわかる。静かに近づくと顔を覗き込む。

彼女は自分の顔が覗き込まれたことに気づくと部屋がぱっと明るくなった。

顔が真っ赤なのがわかった。肌が白いから余計にわかりやすい。

このひとは本当に初めてなんだと思った

そういうふうに人からいわれるのが。

「あなたは可愛いよ」

「わわ私は…!」

言うなりこの狭い空間で立ち上がろうとする。彼女が倒れかけた木材に手をつくと木材がぐらりとかしいだ。

「あぶな」

頭上の崩れかけた梁にぶつかりそうになる。

とっさに彼女の頭を腕でかばい、ついでにひきよせる。

部屋の中で木材が崩れ盛大な音を立てる。

埃が舞い上がり、梁のいくつかが壊れて自分にあたるが、すでに崩れかけていた家屋だからそんなに大したことはない。

「大丈夫?」

相手は何も言わない。

「怪我した?」

彼女は頭を横に降ってこたえる。

「…ご、ごめんなさい」

「なんで君が謝る?」

「だってケガはあなたのほう…」

心配そうな顔でこちらを見上げていた。

自分の肩に大きな木材がのっている。

それを見たせいか、涙目でこっちをみていた。

可愛い。

「…痛くないですか?」

あまりに見とれてて、自分に聞かれていることに気づかなかった。

「ああ、問題はない」

実際肩は痛まなかった。

ただこのまましばらく見ていたいし、べったりしていたいだけだったけれど、そういうわけにもいかない。

自分の上にある木材を片手でつかむと、持ち上げて下におろす。

また、ひどい音を立て埃が舞い上がった。

けほけほと彼女がせき込む。

どさくさに紛れて肩を抱いているが肩が細くて小さい。この国の女とは大違いだ。

「大丈夫?」

声をかけると、彼女が小さくうなずいた。

彼女の髪や服に積もった埃をはたいて落とす。

埃が収まると聖堂の壊れた屋根から月明りが差し込んだ。

彼女が空を見上げると、彼女の顔がよく見えた。

長いまつげが、白いあの不思議な目に影をおとしていた。

青白い頬はそのままで陶器みたいだった。

真正面から目が合った。

「帰る?」

彼女がはっとして俺を押しのけるが、狭すぎてあまり押し返せない。それに気が付くと、手で顔を隠し言う。

「なんで助けるんですか?」

「きみに興味がある」

「興味って、こ、こんな怪しい人をほっとくなんて。」

こんな正直でわかりやすい怪しい人は見たことないけど。

「じゃあ、名前教えて。」

「は? 名前、ですか?」

「俺は教えた。名前がわかったら捕まえやすい」

いぶかしむように考え、何度かこちらをみやりながら小さく答えた。

「…黒雪です。」

捕まりたくないだろうに、足がつきやすいものを残すことになるという矛盾に複雑な顔で名前をいう。真面目だなあ。

「変わった名前だね」

「あだ名のようなものです。」

「いや、あなたみたいに黒から縁遠い人はいないと思うから」

それには何も答えない。

「触っていい?」

やはり何も言わない。

髪を一房手に取りいう。

白い色の柔らかい髪。

「そんなことないです」

声が小さくて震えてる。

その髪を指で絡めるように触れる。

我慢の字が頭にちらつく。

はっきり言って会話の中身はどうでもいい。

このままこの人に触れていたい。そのための時間稼ぎならいくらでもしたかった。

「誰かいるのか?」

外から声がした。

彼女がはっとして身をすくめるのがわかる。

見つかるわけにはいかないよな。

事情を知っている身としては、無駄に困らせたくなかった。

「そうだ。なんでここにいるか今度教えて。」

「はい?」

いきなり過ぎてぽかんとしている。

「だからまたここにきて。明日とか」

「何を言って…」

「俺が出たら少ししてからここを出れば大丈夫だから。」

彼女の言うことをすべて無視して言うと、一歩後ずさって道を作る。

「これからのことは貸しね。」

唐突すぎてわからない様子の彼女の額にキスをした。

「それでこれでチャラ。」

顔を真っ赤にしている彼女を置いて、崩れた木材をかいくぐり外に出た。


聖堂のがれきの向こうに警備兵が歩いているのが見えた。

兵たちが音があったから警備できたようだ。

「どうした?」

暗闇から出ると兵士たちがぎょっと驚く。

「陛下、いま物音が。それにこの…」

「わかった。とりあえず問題ない。俺が様子見にきて崩した」

「ですが…」

「俺が言ってる。戻れ」

いうことを聞かない兵たちにいらつきを隠せずにいうと、彼らは一様に緊張感を走らせその場を去った。

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