042.フレイル・ブレイブ・フレイムス
巨人族の衛兵グレゴリーとアニニスの兄弟は、再会の喜びに身を寄せ合って泣いている。
「おめぇら、創司に感謝しろよ。オレまで泣けてきたわ」
ヤムキンら衛兵たちも旧知の仲であるグレゴリーに再会し涙ぐんでいた。
ちなみに、おれはまだ幻覚に溺れておらず、目の前の兄弟やアデル、ヤムキンら衛兵たちがゴブリンに見えてしまうようなことはなかった。
どのタイミングで幻覚が発動するのか検証していかねばならない。
ふいに、むさくるしい巨人の兄弟の傍らに、エルフ族の少女が突っ立てるのに気づいた。
数秒してそれが、あのロケットペンダントの写真に写された少女ーー、クレアに間違いないことを確信し、おれは彼女に歩み寄る。
「いってくるよ」
アデルも察したのだろう、頷いていた。
◆
悪魔に憑かれた哀れなエルフのおっさん。トラッパの町を破壊し尽くしたが運よく死人は出なかった。
「あんたがクレアか。おやじさんから頼みごとをされてる」
クレアの透き通るような瞳の奥で、驚愕、失望、真実を知りたいという葛藤が揺らめいていた。
話は多少、マイルドに、それでいて核心部分はぼかさず娘、クレアに伝えた。
クレアは父の形見であるペンダントを握りしめ涙の滴をこぼす。巨人男たちのそれよりも煌めいていて宝石みたいだった。
グレゴリーの兄貴、アニニスがクレアの肩を抱く。事情は聞いていたようだった。クレアはそっと頷くと、おれに感謝の言葉を述べた。
「まだ終わりじゃない。あんたを無事に外へ連れて帰ってはじめて約束が果たされる」
おれはクレアに「仮死薬」を一粒渡した。これを飲めば一件落着。
なのに、
「私はここにいる皆と脱出したい。なにか手伝わせて」
ルビーみたいな輝きと硬度を保ったような瞳が語りかけてくる。父親の代わりに他の誰かを、ここから救い出したいのだと。
「仕方ないな。やばくなったらこれを飲んでくれ」
妥協の言葉に満足したのか、クレアはすんなり「仮死薬」を受け取った。
「ありがとう、無茶はしないから安心して」
その笑顔はどこかアデルと似通っていた。素直すぎる少女は時として命を投げ売りにする。クレアが実際やばくなったら、おれが彼女を眠らせるつもり。
「信じてる。おやじさんの遺志をむだにするな」
満面の笑みをおれに投げかけてくれたが、本人に聞いたところ例に漏れず、おれも醜いゴブリンに見えるらしい。残念。おれのハンサムな顔が彼女には見えていないらしい。
罪な幻覚。罪なダンジョン。陰鬱な洞窟。おれは勇者になるべき男だ。こんな問題、さっさと解決させなければならない。
とはいえ、やはり怖くないといったら嘘になる。
そこかしこに咲く薄紅色の目玉の花ーー、魔草がおれの恐怖心をあざ笑うかのようにして小刻みに揺れている。
「ゴブリンだ」
衛兵の誰かが叫ぶ。仲間内で「ゴブリン」と呼んだ場合、それは本物を指す。
「またかよ、ちくしょう」
誰かが叫ぶ。
洞窟の岩場をよじのぼり、おれらの頭上に落ちてきた小柄な怪物の群れ。ゴブリン。
醜悪な形相に致死性の唾液。噛みつかれる寸前で四神剣を振り回した。
俊敏な動きでゴブリンはそれをかわし、おれに噛みつこうとする。
そこかしこで似たような光景が繰り広げられ、アデルもグレゴリーもヤムキンも、アニニスやクレアも各々に襲いかかるゴブリンと格闘していた。
「くそ、くそ」
おれは四神剣を奮う、斬撃を飛ばす。
炎の筋がおれの空回りを軌跡として描いた。当たらない。ゴブリンの牙がトラバサミのように噛み合う音が耳元で鳴り響く。
ふいに、ハゲマッチョを思い出す。
この世界に来てすぐに襲いかかってきた悪魔憑き。やつはゴブリンではないが、猛獣を思わせる、知性や駆け引きなしの直感だけで襲いかかってくるその様相がこのゴブリンたちと似通っていた。
「ひぃ」
おれはできるだけ小さく悲鳴を漏らす。誰にだってトラウマはあるだろ。
【ケケケ…フィアフル…】
魔草の目玉と目がかち合った。
しばらくして視界が真っ黒に染まり、それが無くなると驚愕の光景が広がった。
ゴブリンが増えている。
正確に言うとアデルもグレゴリーも、ヤムキン、衛兵たち、アニニスにクレア…仲間たち全員がゴブリンに見えた。
幻覚がはじまっちまった。
おれは震えながら四神剣を構え、エリーザやイザベルたちと夢の中で練習した技の構えに入る。
『いい?これは臆病な心をもつ創司くんだからこそできる技…勇敢な人間には慢心がつきまとう。一方、失う恐怖を人一倍感じるあなたなら、覚悟の上でそれを撃つことができるはず』
魔女たちには、バレていた。
彼女たちはそれをこう名付けた。
『フレイル(臆病な)、ブレイブ(勇者)が放つ炎の斬撃だからーー、こういう技名はどうかしら』
「フレイル・ブレイブ・フレイムス!!!!」
ハゲマッチョとだぶるゴブリンめがけて、四神剣に纏わせた炎の魔法攻撃を、おれは繰り出した。
恐怖も、幻覚も、ゴブリンもみんな消えちまえ。
これまでに見たことのない強烈な火柱が洞窟の闇を切り裂く。




