石油王になりたい
「猫……?」
開口一番に怒られなかったことに明らかにほっとした様子の二人と、心外だと笑う佐藤。消えかけた湊の疑問に答えたのは鈴木だった。
「店長はここら一帯の猫ちゃんたちのまとめ役なんだ。毎朝店長と猫ちゃんのミーティングがあるんだけど、その後はあそこの段ボールに潜って遊ぶことが多くて……今回は意図せず命を救うことになったみたいだけど」
「ミーティング……」
佐藤が頷く。湊はもう一度外を見た。ガラス面の外には、潰れた段ボールの山。猫たちがそこで遊んでいるというあるはずのない記憶を思い出した気がして、湊はなんだか途端に申し訳なくなった。こう見えて根は良い子なのである。
「すみません……僕の不注意のせいで……」
尻すぼみになっていく湊の声に、佐藤は眉根を下げた。そして優しい声で、包み込むように彼に言い聞かせる。
「君が謝ることはないさ。無事で何よりだよ。……まぁ、どうしてあそこから落ちてきたのかは気になるけどね」
そこで湊は自分が名乗りすらしていないことにやっと気がついた。慌てて話しだそうとして、しかしその前に鈴木が口を開く。
「と、とりあえず私飲み物とか持ってきます。ほらこの子も混乱しているでしょうし、ずっと寝ていたから水分を取るべきだ。何のジュースが良い? 高橋君と店長はいつもの店ですよね」
頷く高橋と、助かるよと微笑む佐藤。
湊は非日常が起こっていたせいか喉の渇きを感じていなかったが、鈴木の言う通りだとオレンジジュースを頼んだ。
鈴木が立ち去ると、束の間沈黙が下りた。しかしすぐに佐藤が湊に向き直る。
「それじゃあ、話をしよう。まずは私たちのことを軽く、ね」
「それは」
高橋が思わずと言った様子で何か言いかけて、佐藤を見て黙る。
その姿に湊が佐藤を横目に捉えると、彼女は変わらず口角を上げて湊を見ていた。目が合ったことに慄く湊をよそに、高橋はそれ以上何も言わず、下を向いている。
佐藤は口を開いた。
「ここは、『あずまや』という店だよ。まあやってることは何でも屋だね。それと……予想はしていたかもしれないけれど、私たちは三人とも邪神だ。高橋は死神、鈴木は疫病神で、私は貧乏神」
そして、佐藤は黒猫、鈴木は狐に姿を変えられることができ、先程のように驚いたり怒ったりと感情が昂るとその面影が出てしまうのだという。
「さっきのミーティングって、本当に猫集会のことだったんですね……」
「そうだよ。高橋にだけはそういった特性が見つかっていないけれどね」
最後に質問はあるか聞いて口を閉じた佐藤に、湊は首を振りかけて、俯く。
言ってもいいものかと迷って、決意したように顔を上げた。
「どうして、僕を助けたんですか」
「ほう」
佐藤は面白そうに眉を上げた。
「最初に君を見つけたのは鈴木だから私が処置したわけではないけれど……強いて言うならまあ、そういう運命だったんだろうね」
佐藤は事もなげに言い切ると、一息分間を開けて続けた。
「そもそも、我々が何かしなくても君は生きていたよ。だから恨むべきは……段ボールの上に落ちたことと、打ちどころが良かったという事実、かな」
湊は目を見開いた。彼のたった一言から、そこに滲むわずかな苛立ちを感じ取った佐藤に驚いていた。
そんな彼を黄色の瞳で見て、佐藤は質問はそれだけかと尋ねるように首を傾げた。
湊が思わず俯くと、高橋を一瞥してから佐藤が続ける。
「それで、君はどうして落ちてきたんだい? 不注意だと言っていたけれど……」
「ああ……ええと、会社の面接を受けに行った帰りに、ビルの屋上から夕日を見ていたら柵が壊れて……」
湊は既に混濁していた記憶を頭の中で整理することができていたが、流石に馬鹿正直に「夕日が全て忘れさせてくれる気がして見ていました」などと世迷言を言うわけにもいかず、要点だけまとめて話した。
そう、そもそもなぜ湊が無気力になって街中を歩いていたかと言うと、だ。
端的に言えば面接をすっぽかした。それだけが要因ではないが、それがきっかけとなって、湊はもう全てを投げ出したいような気持ちになっていた。
◆
高校を卒業してから、バイトの貯金で一人暮らしを始めて早一か月。
学びたいことも無かったので進学はしなかったけれど、やりたいことがあるわけでもない。
なんならば働きたくない。三億円が欲しい、石油王になりたい。
そんな戯言を言っている間に周りはそれぞれの道を歩もうとしているのに、暇な時間を過ごしていいわけがないという焦燥感。
逆に何かをしなくてはという気持ちだけが逸って空ぶっている感覚。
求人サイトを眺めてはため息を吐く日々。
こういうのは悩んでも堂々巡りだと知っているから、日々を浪費する焦りに気づかないふりをしていた。
そんな中で、百トンはあるであろう重い腰を上げてやっと始めた就活。
それから二か月ほどたった今日は初めて書類審査が通った会社の面接の日だった、はずだった。
実際は、面接は前日だったのだが。




